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人生と向き合った先にあった、栃木市の地域おこし協力隊という選択

30代になり、あらためて自分の人生と向き合う中で、「本当に自分がやりたいことは何なのか」を何度も何度も考えました。迷い、立ち止まりながらも、自分なりにたどり着いた答えが、栃木市の地域おこし協力隊という選択でした。

約10年間続けてきた民間企業でのキャリアから、地域活動というまったく異なるフィールドへ踏み出す決断は、決して簡単なものではありませんでした。それでも、覚悟と信念を持って、地域おこし協力隊という道に応募しました。

背中を押してくれた二つの出来事

なぜ地域おこし協力隊になったのかをお伝えする前に、私の背中を強く押してくれた大きな出来事を二つ共有させてください。

一つは、2025年4月に訪れた鹿児島県・知覧。

知覧特攻平和会館の後に訪れた知覧茶屋での一枚

永遠の平和を願って建てられた「知覧特攻平和会館」には、第二次世界大戦末期の沖縄戦において、特攻という人類史上類を見ない作戦に身を投じた陸軍特別攻撃隊員たちの遺品や関係資料が展示されています。

そこに残されていたのは、家族や大切な人を想い、懸命に生きようとした「ひとりの人間」の記録でした。写真、手紙、言葉の一つひとつが、私の胸に突き刺さりました。

彼らの人生は、決して長くはありませんでした。それでも、その限られた時間の中で、誰かの未来を想い、行動したという事実は、今を生きる私にとって、とても重く、そして大きな問いを投げかけてきました。

そして、もう一つの大きな出来事が、2025年12月に訪れたポーランドです。

アウシュヴィッツ強制収容所の死の壁。収容所では、複雑な感情とともに、「いまを生きる意味」を強く、深く考えさせられました

ポーランドでは、決して目を背けてはならない歴史と向き合う一方で、いまを生きる私たちが歴史から何を学び、それをどう行動につなげていくのかが強く問われていると感じました。

旅の中で訪れたアウシュヴィッツ強制収容所。ホロコーストの舞台となったこの場所では、ユダヤ人の約75〜80%が、到着後すぐに命を奪われたといわれています。

収容所を訪れると、そこには遺体を焼いていた焼却炉、大量虐殺が行われたガス室、義足や義手、切り取られた髪の毛の山、無数の眼鏡、そして被収容者が当時の様子を描いたイラストや写真が展示されていました。

中には、ユダヤ人が命をかけて密かに撮影した写真もありました。そこには、ガス室へと連行される女性たちの姿が写し出されていました。

それらを目の当たりにした瞬間、これまで経験したことのない感情が胸に込み上げてきました。複雑な感情とともに、「いまを生きる意味」を強く、深く考えさせられました。

当時、私はまだこの世にいませんでした。それでも、「この歴史をどう受け止め、どんな未来を生きていくのか」という問いが、重く、深く、私の心にいまも残っています。

この二つの経験が、なぜ地域おこし協力隊という選択につながったのか

知覧とポーランド。

時代も場所も異なる二つの土地で、私が共通して感じたのは「過去は、過去のまま終わらせてはいけない」という想いでした。

極限の状況の中にあっても、誰かを想い、未来を願い、行動した人たちが確かに存在していたという事実が、私の人生の歩みの背中を押してくれました。

これまでの私は、民間企業で働き、目の前の業務に全力を注いできました。その経験に後悔はありません。学んだことも、本当にたくさんあります。

ただ、知覧とポーランドでの経験を経て、私の中には大きな変化が生まれました。

過去を過去のままで終わらせるのではなく、長い年月をかけて受け継がれてきた地域の伝統や文化、歴史、そしてそこに生きる人々の想いを大切にしたい。その素晴らしさを、未来へとつないでいく力になりたい。そう思う気持ちが、日に日に強くなっていきました。

地域おこし協力隊という存在は、すぐに結果が出るものではなく、時には正解のない問いと向き合い続けることもあると思います。

私にできることは、決して特別なことではありません。それでも、地域に暮らす方々の声に耳を傾け、ともに悩み、ともに考え、自分にできることを一つずつ積み重ねていく。

その先にこそ、未来につながる地域の姿があると信じ、私は地域おこし協力隊という道を選ぶ決断をしました。

これから大切にしたい姿勢

栃木市の地域おこし協力隊に着任してから約2週間が経ちましたが、日にちを重ねるごとに、栃木市という町への愛着が深まっています。それは、私の周りにいる方々のおかげです。本当に感謝しています。

重要伝統建造物群保存地区に指定されている嘉右衛門町

町を歩いていると、住民の方々がやさしい表情で挨拶を交わしてくれます。2012年に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された嘉右衛門町をはじめ、歴史を感じる町並みが今も大切に守られています。自然豊かな風景が広がっているのも、この町の魅力の一つだと思います。栃木市を知れば知るほど「こんなに魅力的な場所なんだ」という想いが強くなっています。

この町の良さを、もっと多くの方に知ってもらいたい。

私は栃木市に移住してきた立場ですが、移住者だからこそ、この町が長い時間をかけて大切にしてきた歴史や伝統、文化、そしてここで暮らす人々の想いに、敬意を持って向き合っていきたいと思っています。

一つひとつの出会いを大切にしながら、精一杯活動していきます。

さいごに

地域おこし協力隊の任期は、最大で3年間です。

これから先、きっとたくさんの出会いがあり、喜びがあり、時には思うようにいかないことや、困難な壁に直面することもあると思います。

それでも、その一つひとつの経験が、振り返ったときに「かけがえのない財産」になるのではないかと思います。

町の方々と一緒に、土6トンを力を合わせて運んだときの集合写真。蔵を活用した民泊施設が2026年にオープンする予定です

この町で過ごす日々。出会った人たち。心を動かされた景色や、地域に息づく想い。そして、栃木市が持つ魅力。それらを、自分の言葉で、丁寧に記録していきたいと考えています。

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栃木県栃木市での暮らしや、地域おこし協力隊の活動内容はInstagram(k_masa18_)で発信しています。農家さんへの取材、農ある暮らし、地域おこし協力隊通信、読書会の様子などを投稿しています。

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