顧客の離脱とそれを防ぐための顧客離脱予測(Churn Prediction)と離脱防止オペレーションについて
顧客離脱:すべてのビジネスにおける重要なテーマ
すべてのビジネスには、顧客がいます。そして、特殊なビジネスを除き、ほぼすべてのビジネスにおいて、顧客の離脱は悩ましい問題です。
新規顧客を獲得するよりも既存の顧客を維持する方が簡単であり、コストがかからないことがほとんどです。Forresterは、既存顧客の維持コストは新規顧客獲得コストの5分の1以下だとレポートしています。また、顧客維持率をわずかに向上させるだけで、利益が大幅に改善する可能性もあります。顧客離脱が5%減るだけで、利益が15%改善されるという例もあります。
顧客が離れていく前にリテンションを行うことは、一度離れていった顧客に再び戻ってくるよう働きかけるよりもはるかに簡単です。顧客との長期の関係、そしてロイヤリティは、すべてのブランドが目指すものです。これを達成するためには、顧客が離脱するメカニズムを理解し、そうならないように様々な努力をすることが求められます。
顧客が自社のビジネスから離れようとしていることをどのように知るのか。また、手遅れになる前にどのように手を打つのか。この記事では、顧客離脱の初期指標のモニタリング、顧客離脱の可能性の予測、そして、そのリテンションの方法について考察します。
顧客離脱の定義
顧客離脱とは、顧客が自社の製品やサービスの利用をやめてしまうことです。全体としての顧客離脱率は、ある期間に失った顧客の数を、その期間の初めに持っていた顧客の数で割ることで算出できます。ですが、そもそも何をもって離脱と捉えるか、どのような離脱を問題とすべきかというのは、自社のビジネスの目的や状況に照らし合わせて考える必要があり、なかなか容易ではありません。
例えば、顧客が明示的に口座を解約する、ユーザーアカウントを削除する、という関係を絶つケースがあります。これは、「絶対的な離脱」です。それに対して、顧客がそのような公式のステータスを変更はしないものの、自社との関わりを絶ったり、距離を取ったりする、「相対的な離脱」あるいは「推定的な離脱」が存在します。つまり、離脱には程度が存在する、ある種のスペクトラムになります。0%の絶対的な離脱なし、から、100%の絶対的な離脱の中でのどの程度のレベルの離脱を掴みたいのかを決めておく必要があります。
もちろん、そのようなレベルを決めるためには、期間に対する考え方を明らかにしておくべきです。ある日用品では、2週間ほど購入が続かないだけで顧客が離脱しつつあると分類したほうが良い可能性がありますが、ホテルの場合は何ヶ月も、自動車会社の場合は何年の期間も踏まえて、離脱を判定したほうが良い場合もあります。(驚くべきことに、Facebookは3日ログインしていないユーザーを離脱可能性があるユーザーと識別しています。)
そして、離脱は原因の観点でも分類されます。例えば、悪い顧客体験が原因で自社の利用をやめてしまう等、何か具体的な原因がある場合は「反応的離脱」と呼べます。対比的に、具体的な原因はないが、エンゲージメントから徐々に遠ざかっている場合は「衰退的離脱」と呼ぶことができるでしょう。

これら、離脱を構成する軸・観点が存在します。これらの中でどこが自社の改善にとって捉えたい、あるいは捉えるべき「離脱」になるのか。その領域を識別して初期の仮説としての離脱の定義を行い、関係者と共有しておくことが重要な出発点となります。
顧客離脱の初期指標の収集
そのように補足したい顧客の離脱の定義がある程度できたら、次に指標について考えます。顧客離脱においては、通常、見るべき初期指標があります。
初期指標としては、ビジネスにおける様々なセールスに関わる指標の低下(リピート購入の減少、購入金額の低下、ポイントカードの不使用等)や、カスタマージャーニーにおける顧客の体験(CX)に関するシグナルを使うことが大切です。直近の来店回数が減り、最新のショッピング後のNPS(ネット・プロモーター・スコア)が減少した顧客は、離脱の可能性が高くなります。
さらにカスタマージャーニーにおけるCXをより適切に把握するためには、顧客満足に関連する項目のフィードバックを得て、指標化できるようにしておくことです。これにより、購入時やサポート後のフォローアップ等、カスタマージャーニーにおける満足度の測定を行い推移を可視化して、どのポイントで不満を持っている人がいるかを把握し、その顧客をフォローするための計画を立てることができます。
そして、カスタマージャーニーの各時点(例えば、問い合わせ、商品の購入、配送の申込み、受け取り、クレームの申し立て、等)における体験の満足度を計測し、その動きを分析します。
顧客離脱傾向の初期分析と対応
カスタマージャーニーにおける顧客の体験を全体的に把握したら、それとリピート回数や、ロイヤリティプログラムの使用状況、他取得可能なデータと組み合わせて、分析していきます。すると、それらの結果からまずはジェネラルな傾向を得ることができるでしょう。例えば、「問い合わせをしてきた顧客の中で満足度が低い若い人が離脱をしやすい」「入会から1年以内で月々の利用額が3000円未満のお客様は退会しやすい」「ネガティブレビューを3件続けて書き込んだ顧客は高い確率で離脱する」みたいなパターンを発見するとします。
このような発見された傾向に対し、まずは初期対応を行います。1番目のパターンの例では、問い合わせ対応において満足度を下げてしまうようなトリガーがないかを確認し、改善点があったらそれを改善します。また、若い方向けのユーザビリティが足りないのではないかということもあるかもしれません。3番目のパターンでは、ネガティブレビューが放置されるということが問題ということもありえます。カスタマージャーニー上のポイントをそのような視点で点検し、直せるところを直していくというアクションがとれます。
トリガーが内部ではなく、外部にある場合もあります。例えば、競合によるプロモーションや値下げ、あるいは、景気に代表される経済環境の変化等です。このような外部トリガーを見つけることは内部よりも難しいですが、発見することができたら、同じく値下げをする、別のプロモーションを実施する、不景気を意識した商品をリリースする等で対処することも可能です。
そのような初期分析の結果でひとまずの改善を一通り終わらせたら、どのように離脱傾向が変わるかを見ます。ある程度改善が見られることになると思いますが、ケースによっては、それでもある割合で離脱してしまう現象が残るかもしれません。ここにおいては、より一歩踏み込んだ対策をとっていくべく、一人ひとりの顧客の離脱可能性を予測する機械学習モデルの構築に入っていき、その予測と連動した防止施策をとっていく段階に入ります。
顧客離脱の予測モデル構築
以前、需要予測の記事を書きました。自社内のシステムと連携し、取得可能なデータをできる限り活用していき、精度を高めていくことが肝であることを述べています。記事内でも言及していますが、需要予測の技術はコア技術であり、様々なものに応用されます。そのうちの一つが顧客離脱の予測になります。
さて、場合によっては競合の動きをクローリングしていくこと等もしながら、取得可能なデータを駆使し、潜在的な離脱に関するファクターを特定します。そして、特徴量を設計して機械学習モデルを構築、予測を行っていきます。
ここで、今までも言及した顧客離脱予測で主として活用可能なデータを並べます。
顧客の基本データ: デモグラフィック(基本属性)(年齢、性別、職業、年収、家族構成等)、ジオグラフィック(地理情報)(住所、勤務地、利用交通手段等)、サイコグラフィック(心理的属性) 、ライフスタイル等
セールスに関わるデータ: 購入金額、リピート回数、購入カテゴリー数、カテゴリー間の購入金額、製品属性、支払手段(クレジットカード、キャッスレスペイメント等)
顧客体験に関わるデータ: 来店回数、Webサイト閲覧回数、回遊率・滞在時間、コミュニケーション・問い合わせ履歴、問い合わせ対応にかかった待ち時間、NPS
顧客のエンゲージメントに関わるデータ: ニュースレターの開封率、キャンペーン・プロモーション参加率、アプリのダウンロード・利用率、ポイントカードの使用率、クーポンの使用率
顧客のフィードバックデータ: VoC、アンケート回答、回答率、レビュー(ポジティブレビュー、ネガティブレビュー)
競合のデータ: 価格、広告、キャンペーン、プロモーション、新商品
マクロデータ: 金利、失業率、経済成長率、季節的影響
すべてのデータが手に入ることは極めて稀ですし、多くは欠損値が存在します。そのようなケースにおいては、データ拡張の手段もあわせて考慮します。
顧客離脱予測のモデル構築においては、アンサンブルラーニングの各種法(GBT、XGBoost、Random Forest、カテゴリ変数に向いた Catboost 等)が使われることが比較的多いです。多くはブラックボックス的な手法になりますが、分析上、「どうしてこの顧客は離脱可能性が高いと判断されたのか」というようなモデルの説明可能性が欲しい場合においては、深さがそれほどではない決定木を用いてモデル構築を行うということもあります。また、顧客離脱予測は短期での予測と長期での予測(あるいは離脱可能性顧客の識別)でモデルを使い分ける、複数のモデルを前提としたやり方もあります。
このあたりにおける作業に関しては、データサイエンスの作業ステップを解説した記事も参考になるかと思います。
離脱予測の偽陽性(False-Positive)
補足として、離脱予測モデルの問題点について触れます。離脱予測の問題点の一つは、他の機械学習モデルの適用と比較して、モデルに偽陽性(False-Positive)が多く見られることです。例えば、ある顧客が次の購入に遅れただけなのを、離脱可能性として識別してしまう可能性があります。
このような偽陽性は、以降の防止施策の実施の対象になってしまうことから、離脱防止にかかるコストを押し上げる要因になります。そこで、データの種類や量が十分かどうかに加えて判明している離脱顧客のデータ(正解データ)も十分にあるか、データの分散の具合が本番のデータと比べて適切かどうか等も確認しながら、モデルのチューニングを行っていくことが大切です。
顧客離脱の防止施策の設計
モデルを構築し、予測ができるようになったら、どのようにその予測結果を離脱防止の施策へとつなげていくかが次のステップになります。
しかし、これが意外と難しいタスクになります。例えば、証券会社での例を考えてみます。ある顧客が口座を解約して離脱する可能性が高いと予測されたとします。それを見て、慌てて顧客担当の部署が、お客さんに連絡をとったところ、「わざわざ電話ありがとう。もらった電話で悪いんだけど、実はやめようと思っているんだ」と言われてしまったりします。あるポイントでの絶対的な離脱可能性が高いと予測される顧客はどのようなアクションをとったとしても離脱してしまうのだというケースです。
つまり、離脱予測に対してリアクティブに対応を行っていくのではなく、どの時点でどのような防止策を行っていくべきかという、カスタマージャーニーに基づいたオペレーションの設計を行い、離脱防止の予測と防止施策を回していくことが必要になります。
また、顧客によってどのような防止施策が有効なのかの違いがあることにも注意します。どのようなキャンペーンやインタラクションが最も効果的か、どのコミュニケーションチャネルが有効か等の検討をします。
離脱防止マネジメントの実施
一人ひとりの顧客の離脱可能性を予測し、それに基づきアラートがあがった顧客を離脱防止オペレーションの対象顧客としてフラグを立て、離脱可能性グループに含めます。
例えば、満足度をスコアリングした結果、特定の顧客に対して離脱の可能性が高まった場合、その顧客を顧客離脱防止策を要する顧客として、モニタリング対象に設定します。
徐々に離れていくような衰退的離脱の顧客に関しては満足度や特定の閾値での発見が難しいケースもありえます。その場合は、既に離脱している顧客の属性データや行動データに似ている顧客を発見し、要ウォッチの顧客として離脱可能性グループに含めます。
そして、離脱可能性グループに含まれる顧客とのコミュニケーション・インタラクションを実施します。クーポンを発行したり、個別カスタマイズされたサービスを用意する等です(防止施策の例については後述)。それらアクションの反応も確認していき、離脱可能性グループから顧客が脱するようにマネジメントしていきます。ここで反応の結果によっては、モデル構築や防止施策の設計をやり直すことも必要です。迅速に実施したアクションとその反応から学んでいき、アジャイルに対応していくことが重要です。
このような離脱防止マネジメントにおいては、定量的なKPIによるオペレーション管理が奏功します。例えば、離脱の可能性が80%に到達した大口顧客からの問い合わせ等のチケットはすべて12時間以内に解決する等です。そして、苦情であったらそれは解決されているか、問い合わせだったらその質問に適切に答えられているか、という対応の品質チェックも管理の中に織り込まれているとなおよしです。
そして、このようなマネジメントをしていく中で、根本的な自社の改善策も探していき、改善を行っていくことが大切です。
離脱防止施策の例
具体的な離脱防止施策の例として以下のようなものがあります。どれも従前から行われていた普通の顧客とのコミュニケーションであり、何も特殊なものではありません。予測および防止施策結果のモニタリング、それらを包括した離脱防止マネジメントと効果的に組み合わさることで、その価値を最大化できます。
アフターフォローのコミュニケーション: 前に購入した商品の使い勝手はどうか等のフォローアップとして連絡をとります。顧客に自分が大切にされていることや、一人ひとりを大切にしている自社の姿勢を理解してもらいます。
他の商品をレコメンドする: ある特定の商品を購入された顧客は、別の商品もあわせて購入することで、満足度が高まるケースがあります。いわゆる協調フィルタリングや機械学習モデルを用いた手法で、勧めるべき商品情報を識別し、顧客に提供します。
クーポンを発行する: ディスカウントクーポンを発行することで顧客のリピート購買を喚起します。ただどのような商品ジャンルやサービスのクーポンが惹きつけるか、いくらのディスカウントがいいか等は、顧客個人の嗜好や価格感応性に依存します。顧客の好みを理解しながら、上記のレコメンドソリューションとも組み合わせてダイナミックにクーポンを発行できるようにします。
パーソナライズされたニュースレター: 通常、ニュースレターには、その時期のおすすめ商品・サービス、割引情報、自社のニュース等が掲載されます。このニュースレターをパーソナライズしていき、上記で示したような顧客の嗜好を踏まえたおすすめ情報の提供、ディスカウントクーポンの紹介をします。またパーソナライズするのはコンテンツだけではありません。例えば件名もパーソナライズ対象です。すべての顧客に同じ件名ではなく、顧客の好みや傾向によった共感される件名へと変えていきます。そして、それぞれの顧客にとってはニュースレターを受け取るのに最適な時間帯があります。顧客のロケーション、属性、ビヘイビアに基づいて、顧客にとっていいタイミングでニュースレターも送信します。
パーソナライズされたチャネル: 後述のゼロパーティーデータにも関連しますが、パーソナライズの対象には手段も含まれます。メールではなく、SNS、あるいは、LINE等のメッセンジャーサービスという手もあるでしょう。デジタルが隆盛の時代ですが、電話でのフォローアップや紙でのDMの方がよいという顧客もいます。顧客の好みに応じた手段も考慮した施策を実施します。
ゼロパーティーデータを踏まえた離脱防止施策
プライバシーに配慮したデータ活用の中で、顧客のゼロパーティーデータの提供を受けていく試みが昨今注目を集めています。ゼロパーティーデータとは、Forresterが2018年11月に提案した用語で、ユーザーがブランドに対して積極的に提供したいと考える自身の好みや希望、意向に関するデータです。これはユーザーが「個人情報を守りたい」と考える一方で、「企業やブランドに自分の希望を理解してほしい」とも思っていることに基づきます。
ゼロパーティーデータは、どの顧客にどのような離脱防止施策が有効になるのかを検討する際に有用です。顧客が企業やブランドに伝えてくる嗜好は、「電話でのコンタクトはいやだけど、メールのコンタクトはOK」「資産運用に関する情報は何でも欲しい」「自分のことはいいので将来のことを考えたい」「色の中では緑色がスキです」「商品説明はわかりやすさ、シンプルさが一番」「どんなサービスも他の人の評価を並べて判断したい」等、その種類は多様です。そのような好みの情報や傾向を、アンケートや簡単なミニゲーム等、様々な手段によって顧客から自己申告をしてもらい、それを活かして顧客コミュニケーションやインタラクションのカスタマイズを実施していくことで、顧客とのつながりをより強いものへと変えていくことが肝要になってきます。
復帰事例の分析
離脱した顧客が戻ってきたというケースはとても貴重であり、離脱防止施策検討の重要なインプットになります。可能であれば、顧客に復帰したきっかけについて何らかの形でアンケートを行います。それが例えば、自社の何らかのマーケティングやコミュニケーションによるものであったら、それらを離脱防止施策に反映します。
また、一方で、競合の失点やセレブによる予想外のエンドースメント等、外部環境の追い風が判明したら、顧客離脱防止強化だけでなく、新規顧客獲得のチャンスともなりえます。マーケティング施策へ機動的に反映する等、機会を逃さないようにしましょう。
終わりに
以上、顧客の離脱と、その予測、そしてそれを防止するためのオペレーションについて概観しました。
顧客の離脱はすべてのビジネスにとって重大事であり、顧客のリテンションや離脱の防止は、収益改善の大切な柱です。
ますます複雑化するVUCAな時代において、シンプルなソリューションで顧客離脱がすべて抑止されるような万能な解決策は存在しません。顧客とのコミュニケーション・インタラクションを通し、そのエンゲージメントや関心の変化を捉えながら顧客体験を改善して、自社の競争力を日々高めていく。そうした地道な努力の結果を経てこそ、顧客との長期の関係、そしてロイヤリティは達成されていきます。理解し、理解してもらい、共に歩き、常に改善をしていく。長いジャーニーの果てに見る、顧客との強いつながりは、あなたのビジネスの未来をも支える基盤となるでしょう。
