神は自分の心の中に存在する|シロクマ文芸部
「祈ることをやめよう」ある日わたしはそう決意した。元々無宗教だし神様なんていないと信じていたから何の問題もないはずだ。
早速神社仏閣に詣でることを一切やめた。どうして神なんていないと思っているのに、初詣に行くのか分からない。墓参りも控えて故人の魂が成仏するのを願うだけにした。祈りと願いは異なるものだ。何があっても祈るものかと、わたしは頑なに祈ることを拒んだ。
娘の出産が控えていたが母子ともに健康に産まれてきてくれたら、とただ願うだけにした。息子も大学受験を控えて落ち着かない毎日だったが、彼の合格を願うにとどめた。
そんなある日わたしは駅の階段の最上段を踏み外し、そのまま下まで転げ落ちてしまった。痛みがひどいあまり起き上がることもできず地面に倒れ込んだ。しかし誰一人としてわたしを介抱してくれる人はいない。そのとき思わず
「助けてください!」
と心の中で強く祈ってしまったのだ。祈ることをやめたのではなかったのか。慌てて駅員さんが駆け寄って声をかけてくれた。
「どうされましたか?」
結果的に救急車で病院へ運ばれる羽目となった。その道すがらも信仰心など欠片もないくせに
「大事になりませんように!」
と誰かに祈っている自分がいた。わたしは一体誰に祈っているのだろう。神も仏も信用するのをやめたのではなかったのか。
病院に着くなり安心したわたしは眠りに落ち、夢をみた。ブッダなのかキリストなのか、はたまた全く関係ない人物なのか分からないが初老の髭の生えた男性が夢の中に現れ
「たとえ信仰心がなくても、神というものは誰の心の中にも宿っているんだよ」
とわたしを優しく悟した。
ハッとして目覚めると、家族が勢ぞろいしてわたしを囲んでいた。
「美香、赤ちゃんは大丈夫?」
「裕翔、大学はどうなった?」
気がつくとわたしは子どもたちに向かってまくし立てるように尋ねていた。
「お母さん、今はまず自分のことを心配して。わたしも裕翔も大丈夫だから」
優しく話す美香のほうに目をやりながら、わたしはわたしの心の中の神に誓った。
「祈ることをやめることをやめます」
それ以来わたしは他の誰でもない、わたし自身の心の中に存在する神に祈りを捧げるようになった。そして毎日自分と向き合う日々を送っている。
仏教やキリスト教を信仰するだけが祈ることではない。人はみなそれぞれ己の心の中に神を宿らせている。自分自身と誠実に向き合い、嘘偽りのない自分の心を大事にしていくこと。それもひとつの信仰なのではないかと、わたしは今思っている。
こんなサイトもありましたので、よろしければぜひ。わたしも似たような経験をしたので腑に落ちるところが多かったです。
↓↓↓
小牧部長、よろしくお願いいたします。
#私の作品紹介
#神
#心の中の神
#祈ること
#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん
#ショートストーリー
いいなと思ったら応援しよう!
いつもありがとうございます。いただいたお金は書籍代やノート類等、執筆のために使わせていただきます。そして、たまーにおいしいもの食べます!