正しいことを言うだけでは、人は救えない
うちの夫、たまに「キツいな〜」と思うことを言うんですよ。
例えば、わたしが落ち込んで泣いているとき。
「泣いたら疲れるだけやで」
もちろん、それはそうですね。
でもどうしても泣きたくなるくらいつらいことって、あるじゃないですか。
そういうときは、疲れてもいいから泣きたいんです。
涙には浄化作用もあることですし。
どうしても書けなくなったときは、
「書けないんやったら、書こうとしなくていいねん」
これもそうなんですけど…
どうして書けないのか、原因を知りたいときありますよね。
そんな一般論?正論?で片付けて欲しくないときがあるんですよ、やっぱり。
夫は粗い「ザル」で何でも掬っている感じ。
夫婦と言っても違う人間なので、考え方が違って当然なんですけどね。
相性が悪いだけなのかもしれません。
でもザルの目では掬えないような、細かい感情のひだが繊細な人にはあるんですよね。
正しい事でも思いっきりぶつければ他人を傷つけることがある、というのはもっとみんなに認知されるべき。
— 藤野智哉@精神科医 (@tomoyafujino) June 28, 2026
言ってることが正しくても言い方で相手を傷つけたらそれはもう正解ではないんですよね。
— 藤野智哉@精神科医 (@tomoyafujino) July 7, 2026
ここで先生がおっしゃっている「正しいこと」と、夫が言っていることは少し違うとわかってはいます。
でも、夫の言葉に傷つくことは実際あります。
何でも1+1=2にはならないんですよね。
1+1が0になったり、時にはマイナスになることもある。
数学的にはそれは間違いだけれど、人間の感情って何でも綺麗に答えが出るものじゃないですよね。
実はわたし自身にも、正論で人を傷つけてしまったことがあります。
ある人がわたしの尊敬している人のことを茶化したんですよね。そこで
「尊敬している人のことをそんな風に言わないで欲しい。
やはり言われたらいい気がしない」
と少しきつめに言ってしまったんです。
その言葉は間違いではないけれど、それこそが正論ですよね。
もう少し柔らかく伝えるべきでした。
わたしの言い方、まさに正義感を振りかざしてました。
その人とはそれ以来、ご縁がなくなってしまいました。
当時は自分の言ったこと、間違いではなかったと思っていたんですけど、やはり言い方に問題があったのは確か。
こういうときは、細かいザルでゆっくりと相手の気持ちを丁寧に掬い上げてから、自分の気持ちを伝える必要があると思います。
自戒も込めて。
正論は、ときに必要です。
でも、それ以上に大切なのは、その言葉が相手の心にどう届くか。
みなさんも一度、自分の「伝え方」を振り返ってみませんか。
もしかすると、自分では気づかないうちに、正しさで誰かを傷つけてしまっていることがあるのかもしれません。
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