老いてみて分かった、せっかく見つけた貴重な気づき
老化というものは否応なしにどんどん進んでいく。それでいて老いても世の中は分からないことだらけである。
ついこの間まで青春の ”ど真ん中” を謳歌していたはずなのに、雨後の濁流のように勢いよく強烈に時は押し流されてきた。今更ながらに思う。これまで自分は何をしてきたんだろう。胸を張って「これだ!」といえるものなんてあるのだろうか。長年浸かり込んできたサラリーマン生活で、確固たるものを得られたと断言できるのか。
思えば社会人デビューを果たしたころ、世間は我々に「新人類」と冷ややかな視線を浴びせかけ、何を考えているのか分からない世代だと蔑んだ。世の中はバブル経済の真っ只中で、日本中はどこも好景気に沸き上がっていた。学生までもが高級ブランドを身にまとい、OLはワンレンボディコンで宝石を鳴らし高級ディスコのお立ち台へ。老いも若きもその恩恵にあやかり、まさに泡の中で狂喜乱舞していた。本当に別次元の日本であった。
若さの絶頂にいた自分も体力にはそれなりの自信はあったが、「24時間働けますか」と問われてもさすがにそれは無理というもの。確かに遊びだけでなく仕事にもそんなエネルギッシュな風潮があった。しかし仕事とプライベートを両立させる、デビュー間もない自分はそれが精いっぱいだった。
だがそんな栄華を極めた時世も長くは続かなかった。
あっさりと泡が弾けると上りに上った高揚感はすっかり鳴りを潜め、そのまま平成も終わりを告げた。かつての夢のような楽園が再びやってくることはなかった。
一方それと並行して、令和となったここまで科学技術が着実に発達してきたのも事実である。医療の進歩は人生を100年とまで言わしめるようになり、電化製品の進化は我々庶民の生活スタイルを大きく変えた。交通インフラの充実は移動距離を大幅に広げ、娯楽の多様化が新しい文化の進展に結びついた。そしていつしか世の中ではすっかりITというものが幅を利かせ、人生の選択肢は格段に広がりを見せるに至った。
時代とともに人間社会は遥かに便利になり、働き方は想像を超えて大きく変わったのだった。
でも、どうしたことだろうか。生活も環境も快適になったはずなのに、恒常的に胸の奥底で満足感を抱くことができない。じっとりとした不安と倦怠感がどっしりと居座っているのだ。
不自由のない毎日なのに、その平凡さに退屈を覚えたりする。いつも「なんか楽しいことはないか」とため息をつき、いやなことがあると酒をあおり現実から逃避する。「たまには美味しものを」と豊かな食糧事情を忘れ、そして今やスマホなしでは生きていけない軟弱な人間になっている。
世の中はどんどん進んでいる。それは大いに結構。だが「生きづらさ」というものが常につきまとい、なかなかそれを振り払うことができないのだ。
惰性に身を任せ自立性に欠ける自分は、逃げ場を探しながら全てを社会のせいにしてきたのかもしれない。便利さが引き立つ一方で世間には膨大な情報が渦巻き、その荒波に飲み込まれたかのようだ。社会とはSNSで繋がっているようで、実は心の深部では誰とも触れ合えていない。
自由な環境ゆえにかえって選択肢が溢れ返り、結果が伴わないと自分の責任として跳ね返ってしまうプレッシャー。
生産性が求められ時間の有効利用が美徳とされる、のり代のないぎりぎりラインの日常。
それなりに年を重ねた自分でも「昔は良かった」なんて言うつもりは全くない。でも「今を楽しめ」といわれてそれを遂行できるかと問われれば、それは全く自信がない。
極端な妄想かもしれないが、たとえば平安時代の人たちの「普通」とはどのようなものだったのだろうか。少なくとも今の時代よりは時間という概念も大まかで、分刻みに追われるということもなく、間(ま)や余白を有意義に感受していたと勝手に想像したりする。山の緑や花の彩り、月の明かりに美しさを感じ、季節の移ろいに時の流れを実感したであろう。
だがどの時代も多分に漏れず、良いことばかりであろうはずはない。
文字や学問に触れられるのは貴族階級のみ。個人の思想や感情を表現できるのは和歌か手紙に限定。平民の寿命は40~50年、今のおよそ半分と言われている。生き抜くために生活時間の大半が割かれていたのも事実だろう。
明治の時代にしても、華族、士族、平民そして女性の不平等は大きく居座っていた。満20歳以上の男子には兵役の義務が課せられた。もちろんラジオ放送も始まっていないから情報の取得にも限度があったし、旅客機なんて飛んでいないから移動にはかなりの時間がかかった。
平安であれ明治であれ、不自由な境遇や理不尽なしきたりは随分とあっただろうし、その時代に与えられた状況の中で他人との競争に打ち勝たねばという息苦しさもまとわりついたはずだ。
それに比べこの令和の世はどうだろう。
身分に階級があるわけでもないし、住むところも職業の選択も規制されない。戦争に駆り出されることもなければ、恋愛や結婚も自由にできる。昔の不治の病の多くは克服されてきたし、食べ物や生活用品は潤沢に揃っている。
あきらかに今は堅苦しい慣習も少なければ、生活レベルも格段に向上した。それなのに芯の部分では満たされていない。どこかに逃げ出したい自分がいたりする。
幸せとは何なのだろうか。
いったい何のために働いているのだろうか。
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ある休日いつもと変わりなく、ぼんやりとテレビを眺めていた。曜日と時間である程度の生活習慣が染みついていたりするものだ。画面の中では「せっかく〇〇に来たんだから」と地元の人に好みの店を紹介してもらっている。別に初めて観たわけではない。もう何年も前から放送され、いつも翌日からの通勤の憂鬱さを抑えながら目にしていた番組である。
美味しいものを求めて闊歩している出演者に、この日も相変わらず地元の人が捕まっている。だけどマイクを向けられている人たちは皆、いつもそうだが、満更でもなく何かしら嬉しそうに映っている。テレビに出られているという高揚感があるのかもしれないが、自分の生活地域に来てくれたこと、そして土地の美味しいものを分かってもらうことに喜びを感じているように見受けられるのだ。
そういえば、これに似た光景に思い当たる節がある。
海外からの旅行者が日本に来て喜んでいる姿を見ると、傍から見ているこちらもなんだか嬉しいものだ。日本の良き風習や日本人の立ち居振る舞いに感銘を受けたという記事を読めば、普段自国の伝統に見向きもしないのに誇らしげな気分になったりする。なるほど、自分も自宅に来客があると、あたり前のようにもてなしの気持ちが湧いてくる。せっかく来てくれたんだから、楽しいひと時を過ごしてもらいたいと思うものである。
そうなのだ。せっかく縁があって場所や時間を共有されるときは、楽しんでもらいたいし、味わってもらいたいし、感動もしてもらいたい。これは誰しもが抱く感情である。
逆の立場もしかりで、有益そうなものが目の前にせっかくあるのなら、ただ見過ごすのではなく有効に活用した方が良いではないか、と思うのである。せっかくセミナーに参加するんだから何かを学んだ方が有意義だし、せっかく気の置けない友人がいるんだから悩み事の相談で頼った方が良い。
「せっかく」とは、「せっかく~だから」と前向きな気持ちに飾られる言霊(ことだま)だったのだ。目の前にある状況の中で可能性のある芽を選び出し、自分なりに充実した形に作り上げるものなのだ。けっして「せっかく~したのに」というマイナスではない言葉だったんだ。
遅ればせながら、今更こんなことに気がついたのだった。
そして自分の中のあらゆる基準のようなものが完全に一転した。
せっかくこの土地に住んでいるんだから、ここの美味しい食べ物を堪能しよう。
せっかく日本にいるんだから、この国の文化に触れてその素晴らしさを再認識してみよう。
せっかくこの地球に生まれたんだから、もっと世界に目を向けていろんな民族や自然について学んでみよう。
同じ日本でも、物質的に及ばない平安時代に生きていた人や、しがらみに縛られて自由が希薄だった明治の人にも、それぞれの時代でさまざまな 「喜び」 や「幸せ」 というものがあったはずだ。その時代その限られた環境で、それでも心の豊かさは充実していたに違いない。
今自分は、良かれ悪しかれ、令和に生きている。
蛇口をひねればきれいな水が簡単に出てくる。
スイッチ一つで部屋は明るくなり、温度も調節できる。
スーパーに行けば大抵のものが苦労もなく手に入れられる。
科学技術の発達で、生活が便利になり移動は簡素化され、通信や情報の獲得が格段に進化した。
周りには本が潤沢にあり、教育も当たり前に受けることができるし、表現だって規制されることはない。
治安が決して悪いわけでもなく、さらには戦争や紛争のない平和が保たれている。
少なくとも、自由と平和は保証されている。
そして何よりも、今日を生きることができている。
息苦しい世の中かもしれない。でもこんなにも恵まれている世界をどこか忘れてしまってはいないか。せっかくこの時代に生きているんだから、やりにくい社会だと嘆くのではなく、与えられた今のこの時代を、この場所を、謳歌すればよいではないか。
この国、この時代に生きていると、全て当たり前で何ら不思議なものではないかもしれない。しかしどこかの、あるいはかつての誰かが願っても叶わなかった日常に、自分たちは生かされているのだ。ほんの少しでもいい、この国の恵みとこの時代の自由を「平凡だけど特別なこと」であると思えたら、そして感謝の念を抱くことができたら、それこそが幸せを享受することに結びつくのではないだろうか。
「せっかくなのに」ではなく「せっかくだから」という発想に立てば、生き方も裕福になるし、幸福感も得られるはずだ。
老いていく自分の中に、「せっかく」によって出会えた「気づき」が生まれた。これを有意義に育みながら、年をとることに悲観するのではなく、年輪を重ねていくことに楽しみを見出そう。
令和という時代に、地球という星の日本という国で、縁があって今の会社のこのチームの頼もしい人たちに巡り合えた。
せっかくだから前を向いて新たな未知の世界を満喫していけば良い、いやそうしていくべきだ、と改めて感じ入るのであった。
