知らない街の人柄に、忘れ得ぬ温かみを授かった
「残念! 富士山が全く見えない」。
そんな失望をも払拭する、居酒屋のおばあさんと息子さんと思われるお二人との、いまだ忘れられない出会いの話である。
今から十年以上前のこと。
ふと富士山が見たくなり、たまたま出張で関東に出向いた流れで、1日休みを付けて山の麓の街に向かうことにした。
他にも寄りながらバスを乗り継いでの旅だったので、目的地に着いたときにはもう日も暮れかかっていた。
昔から一人旅が好きで、時間が取れたらふらりと出るのが常である。
新しい土地に行くと、そこの風情と匂いを味わいながらあてもなく闊歩する。喧噪を感じながら街並みを見やる。地元の美味しい肴を求め、店の門構えから鼻を利かせ暖簾をくぐる。いつもながらのこの行動は、すっかりからだに染みついていた。
この日も例に漏れずしばらく散策した後、こじんまりとして小奇麗そうな、それでいて決して高くはないであろう、小料理屋に近い居酒屋が目に留まった。
引き戸を開けると中は思った通りの情緒が漂い、良さげな空気が五感から感じ取ることができた。
出迎えてくれた老婦人は、物腰が柔らかく柔和な趣がにじみ出ている。
しかしながらその笑顔の奥にある、少し申し訳なさそうな心情がすぐに分かった。
「ごめんなさい。このあと団体の貸し切りが入っていて。30分程でしたらよろしいですが」。
見るとテーブルや座敷には既に皿や箸が準備されている。
しかたがない。こちらも飛び込みだ。ビール1杯でもいいかとカウンターに腰を下ろし、名物の焼きそばを注文した。
目の前には包丁を握っている息子さんとおぼしき男性がいて、準備の傍ら優しい口調でもてなしてくれた。
なんて居心地の良い店なんだろう。明らかにこれはお二人の人柄が醸し出す空間である。
これから始まる宴会を前に慌ただしく準備をしながら、突然現れた一人客に丁寧な気配りを欠かさない。まさにおもてなしの心がそこにはあった。
「よろしかったらどうぞ」。
皿が空になった頃合いを見計らって、老婦人が温かい緑茶を出してくれた。
新茶の季節の香り高いその一杯は、つかの間の滞在でありながら、心の隅まで十分に幸福感を満たしてくれた。
ほんのわずかな時間だったが、とても快いひと時を過ごしたのだった。
翌朝、参拝を終えて商店街を散歩していると、店の前のお二人が笑顔で話しかけてくれた。
「今日もあいにく富士山が見えなくて、残念ですね」。
と気の毒そうに掃除の手を止められた。昨日の会話を覚えていてくれたのだ。
確かに山を見るという願いは叶わなかった。でもお二人の人柄に触れられただけで、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
平凡で小さな旅行の中に、生涯忘れることのない喜びを得ることができたのだった。
きっとまたここに来よう。そう固く心に決めた。
今度はゆっくりと、お二人に会いに。山はそのついでで。
