【第3章】 -俺が親の呪縛から解き放たれるまで-:闇の中に、光が差し始めた瞬間
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🎮 あなたが開いているのは【第3章】です。
はじめから物語を読みますか?
▶ 序章:「親の呪縛」から解き放たれるまで
すでに前章をお読みの方、もしくは
ドラマを途中からでも楽しめちゃうタイプのあなたは、
このまま【第3章】をお楽しみください。
高校を卒業してからの俺の人生は、いよいよ“本格的な社会との接触”が始まる。 だが、いざ振り返ってみると——その記憶は自分の感情とは裏腹に、思った以上に“空虚”だった。
それだけ、当時の俺は“生きている感覚”を失っていたのかもしれない。
高校を卒業した俺は、システムエンジニアとして社会に出た。 配属された職場は、想像以上に冷たく、攻撃的な空気に包まれていた。
そこにいたのは、ただ自分の地位やプライドを守ることに必死な大人たち。 何を聞いても「自分で考えろ」の一点張り。右も左もわからない新人には、あまりに過酷な環境だった。
唯一、隣の席にいた優しいおじさんだけが俺の心の支えだった。 けれど、その人は入社から1年後、病気で亡くなってしまった。 その瞬間、俺は職場という場所から“心の居場所”を完全に失った。
家に帰っても、相変わらず親父は健在だった。 彼女と出かけたことに文句をつけられる日々。自由はどこにもなかった。
そんな生活が限界を迎えたのが24歳。 俺はストレスで心と体を壊し、適応障害と診断された。
眠れない夜が続いた。布団に入っても眠れず、ようやく眠りにつけるのは朝7時ごろ。 運動しても、どれだけ疲れても、眠れないものは眠れなかった。
心はもう、限界を越えていた。
そのまま退職し、別の仕事に就いたが、そこでも社長からモラハラを受け、4か月で退職することになる。
ようやく落ち着いたのは、再び選んだIT関係の職場だった。 そこには、高圧的な人間はいなかった。初めて「穏やか」という感覚に触れた。 その空気に救われて、今も続けられている。
けれど、俺の人生に安堵は長く続かない。 ある日突然、親父から「出ていけ」と言われ、実家を追い出されることになった。 お金はなかった。頼れる場所もなかった。
そんな中、友達が声をかけてくれた。 数か月間、その友達の家に居候させてもらい、そこから母親に助けを求めた。 30万円を工面してもらい、別の友人とルームシェアを始めた。
だけど、気持ちはずっと沈んでいた。 休職していたときと同じくらい、いや、それ以上に辛かったかもしれない。
親父から解放されたはずなのに、自分自身を見失っていた。
自分を守るために“感情”を押し殺してきた代償として、 自分が何を好きで、何に喜びを感じて、何をしたいのか——まるでわからなくなっていた。
そして、自分が嫌いだった。 鏡を見るのが嫌だった。生きている意味も、よくわからなかった。 だから、「死にたい」と思うことが当たり前になっていた。
でも、そんな俺の人生に小さな光が差し始める。
きっかけは三つ。
ひとつは、職場の信頼できる上司の存在。 厳しさの中に“本物の愛情”があった。
もうひとつは、たまたま誘われた飲み会で出会った二人の存在。 中でも、後に“兄貴”と呼ぶようになるその人は、何度も酒を酌み交わし、俺の話を否定せずに聞いてくれた。
そして最後に、自分から踏み出した一歩。
「どうせ死ぬなら、やりたかったことをやってからにしよう」 そんな気持ちで始めたのが、キックボクシングだった。
中学生の頃からK-1を見て憧れていた。 本当はもっと早くやりたかった。 でも親父の反対で、ずっと諦めていた。
ようやく掴んだ、自分の意志で選んだ“初めての戦い”。 その衝動が、少しずつ俺を“自分自身”に引き戻してくれた。
ここまでが、俺が変わり始めるきっかけだ。 次の章では、俺がどうやって“人生を取り戻していったか”を綴っていく。
続き【第4章】:https://note.com/mashu_life_story/n/ne5edbaff97db
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https://note.com/mashu_life_story/n/n8abdda507244
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── まっしゅ
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