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ようこそ!フォーチュンカフェへ 2nd☕第9話 まずは、一人に 〜コロンビア ウォッシュド〜

その字幕は、ほんの一拍だけ、早かった。

十二月下旬の少しだけ暖かい日。
あるテレビ局の前の広場。

昼どきになった。
そこを通る人の流れが少しだけ変わる。
広場の後ろには、大きなテレビ局の建物。

入り口の前には、おなじみのアニメキャラクターの銅像が並んでいる。
子どものころから、画面の向こうで何度も見てきた顔だ。

そして、ガラス越しに大きなヴィジョン。
昼の番組が流れていた。
音は聞こえないが、字幕ははっきりと見える。

しばらくすると、昼休憩の時間になった。
局の中から人がぱらぱらと降りてくる。
弁当袋を下げた人。
スマホを見たまま歩く人。
手ぶらのまま、足取りだけが速い人。
短い休憩時間に急かされたようにさっさと歩いていく。

ヴィジョンの前で立ち止まる人は、ほとんどいなかった。
画面は大きい。字幕も見える。
それでも、人は止まらない。
その流れの脇に、白い小さな移動カフェが停まっていた。

〈Fortune Café〉

珈琲の香りは控えめだった。
近づいて、ようやく気づくくらい。
強く呼び止める香りではない。

カウンターの中で、こと葉がカップを並べている。
修一は、その隣で器具を整えていた。

昼休憩の終わりが近づいたころ、一人の男が足を止めた。
首から社員証を下げている。
ネクタイは少し緩んでいる。
肩に仕事の重みが乗っているように見えた。

「珈琲、いいですか。」

声は落ち着いていた。

「はい。」

こと葉は、男の顔をじっと見ていた。

「少し、お疲れのようですね。」

「わかりますか?」

「『お顔』にでていますよ。」

「はぁ。」

男は力なく返事した。
こと葉は、優しく微笑む。

「今日は、すっきりしたのはいかがでしょうか?」

こと葉は、豆の入った容器を示した。

「コロンビア ウォッシュド。雑味が少なくて、クリーンな味です。
余分なものをできるだけ省いて、大事なところだけが残る感じ。」

説明に迷いがなかった。

「じゃあ、それで。」

こと葉は黙ってドリップを始める。
湯が落ちる音は小さく、広場の足音に紛れた。
柔らかい匂いが広がる。
出来上がった珈琲は、澄んだ色をしていた。

男性は一口飲み、少し間を置いて息を吐いた。

「……ちょうどいいですね。」

評価というより、確かめるような言い方だった。

男性はカップを手に、ヴィジョンの前へ進んだ。
字幕が流れている。

修一も、何気なく視線を上げる。

一行。
次の行。

――あ。

字幕を追う修一の目が、ほんの一瞬追いつけなかった。
読めなかったわけではない。
ただ、一拍遅れたように見えた。

男性は、その「間」を感じ取ったようだった。

画面は先へ進む。
男性は、修一に尋ねた。

「少し、字幕早かったですか?」

「あ、いや読めなかったわけじゃないんですけど、『あっ』って思ったらもう次の字幕が出ていて。」

修一は、急に聞かれたので驚いた。

「……少し、早いとき、ありますよね。」

自分を振り返るような声だった。
言葉を探したが、うまく見つからなかった。
男は続ける。

「全部、正しく字幕にしようとすると、追いつけないことがあって。」

修一は、この男の仕事が分かったような気がした。

男は続ける。

「だから、削るんです。でも、削りすぎると今度は分かりにくくなったり、面白くなくなったりする。このあたりが難しいんですよね。」

「……確かにそうですよね。」

修一は、男の言葉にうなずいた。
誰にとっても「ちょうどいい」ものを作るのは、簡単ではない。
便利にしようとすればするほど、誰かが置いていかれることもある。

男は、ヴィジョンに映る字幕を見ながら、続けた。

「だから、最近は……まず、一人を思い浮かべるようにしてるんです。」

修一は、黙って聞いていた。

「この人なら、どうだろう。この速さで追いつけるかな、とか。この言い方で、伝わるかな、とか。」

男は、少し照れたように笑った。

「それで全部うまくいくわけじゃないんですけど……不思議と、迷いが減るんですよね。」

その言葉を聞いたとたん、修一の頭の中でこの二ヶ月の旅で経験したことがゆっくりと混じり合ってきた。
こと葉が、少し離れたところで二人を見ている。

「よかったら。」

こと葉は、いつもの箱をカウンターの上に置いた。

「ことばみくじです。」

男は一瞬だけ迷い、それから一枚引いた。
紙を開く。

そこには、こう書かれていた。

『まずは、一人にちゃんと寄り添う。』

男は、その言葉をしばらく見つめていた。
声には出さない。
ただ、深く息を吐いた。

「……ああ。やっぱりそうか。これでいいんだ。」

短い声だったが、どこか軽かった。

「ありがとうございます。」

男は紙を丁寧に折り、ポケットにしまった。
そして、こと葉と修一に軽く頭を下げ、局の建物へ戻っていった。

編集室に戻ると、いつもの光景があった。
モニター。
キーボード。
画面の隅でせわしなく動くカウンター。
止まることのない時間。

男は席に着き、字幕データを開いた。
さきほどまで悩んでいた箇所に、カーソルを合わせる。

少し削る。
言葉を置き換える。
行数を減らす。

そして、表示時間を確認する。
修一の顔が、ふと頭に浮かんだ。
字幕を追って、一拍遅れた、あの視線。

(あの人が、まず見やすいと思えるか。)

ほんの少しだけ、長くした。
誰にでも、ではなく。
まず、一人。
作業は、止まらなかった。
迷いが、完全に消えたわけではない。
それでも、手は自然に動いていた。

広場では、昼のざわめきが落ち着きはじめていた。
ヴィジョンの字幕は、変わらず流れている。

修一は、その文字を追いながら、今日のやりとりを思い返していた。

「だから、最近は……まず、一人を思い浮かべるようにしてるんです。」

「この人なら、どうだろう。この速さで追いつけるかな、とか。この言い方で、伝わるかな、とか。」

一人を思い浮かべて整えたものが、気づけば、ほかの人にも届いている。

(……そういうことか。)

修一は、はっきりした言葉にはしなかった。
けれど、
今までの旅の中でしてきたこと。
今日の男の言葉。
こと葉の珈琲。
混じり合っていた考えが、一本の線でつながった気がした。

修一は、ふと、クロさんの顔を思い浮かべた。

(……これ、師匠に話したいな。)

師匠は、どんな顔をするだろうか。

夕方、車の片づけをすること葉が修一に声を掛けた。

「修一さん、そろそろ二ヶ月だよね。」

「二ヶ月……?」

「そう、クロさんが、『屋根の修理に二ヶ月かかる。』って修理を始めてから、そろそろ二ヶ月よ。」

「あ、そういえば。」

「ずっと旅していたから、そろそろ戻りたくなってきたし。」

「来週ぐらいまでには、フォーチュンカフェに一旦もどって様子を確認しましょ。」

「は、はい。」

あわてて、車に乗り込んでエンジンを掛ける修一。

「それでは、フォーチュンカフェに向けて出発!」

ミゼちゃんは、ウインカーを軽く瞬かせると、ゆっくりとテレビ局を後にした。

(師匠、どうしてるんだろ。)

流れる都会の光に照らされて、修一はこれまでの旅を振り返りそっと微笑んだ。

(続く 次回最終話)


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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。