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無垢の終焉 ~叔母と僕の秘密~ 第25話 虚無の中の光

夜の帳が静かに降りていた。
窓の外の闇は濃い。
部屋の灯りだけが、無人島で助けを求める人の焚き火のように、淡く揺れている。
その下で私は、囚われた囚人のように膝を抱えていた。

彼――啓介様が、帰り支度をしていた。
シャツの袖を通し、鞄を手に取る。
その何気ない仕草ひとつが、胸をえぐるほど痛い。

「……帰ってしまうんですか。」

唇からこぼれた声は、かすれていた。

啓介様は振り返らず、淡々と答える。

「母さんが戻って来いっていうから。」

当たり前の理由。
なのに、心臓が締めつけられる。
声を出すだけで、涙が溢れそうになる。

首筋に乾いた愛液の首輪。
子宮の上にまだ残る黒い文字。
そのすべてが、彼に従う証なのに――命令した主は去ろうとしている。

(どうして……こんなに……苦しい……)

足音が玄関に近づくたび、心が裂けていく。
最後の一歩を踏み出せば、もう二度と戻らないのではないか――そんな恐怖に囚われる。

ドアノブに手をかけた彼が、ふいに立ち止まる。
振り返り、ゆっくりと近づいてきた。
その影が私を覆い、耳元に低い囁きが響いた。

「……終わりじゃない。はじまりだよ。」

甘く、鋭く、胸の奥に杭を打ち込むような声。
その一言が、絶望に沈みかけた私の中で鎖となった。

扉が閉じる音。
静寂。

ひとり残された部屋。
さっきまで二人でいた空気が、嘘のように消えていく。
シーツに残る匂いだけが、かすかな現実を示していた。

「……あぁ……」

声を出した途端、涙がこぼれ落ちる。
なぜなんだろう。
こんなに悲しい。
胸の奥にぽっかりと無数の穴があき、そこから冷たい風が吹き抜けるようだった。

ほんの数時間前まで、あれほど熱く、あれほど満たされていたのに――
今は、虚無しかない。

ベッドに体を投げ出す。
首筋を指でなぞる。
そこに残る見えない首輪を確かめるように。

子宮の上に刻まれた黒い文字を見つめる。

「啓介様に従います。」

シーツに顔を埋める。
彼の残り香に、下腹部がひくひくと疼いた。
首筋を撫でると、見えない首輪が再び締まるようで、息が止まりそうになる。

「……ご主人様……」

呼んだ瞬間、股間から愛液がじわりと溢れた。
虚しさと欲望が溶け合い、私は自らの指をゆっくりと沈めてしまう。

(いないのに……従ってしまう……)

子宮の上の文字をなぞる。
「啓介様に従います。」――その烙印を触れただけで、腰が震え、絶頂の波がこみ上げた。
愛液に濡れた指を抜いた瞬間、虚無の冷気がそこに入り込み、余計に切なくなる。
それでも繰り返さずにはいられなかった。

虚無の闇の中の一筋の光。

(わたしは、啓介様に従うと決めた。)

そう思うと、少しだけ心が軽くなったような気がした。

『……終わりじゃない。はじまりだよ。』

耳の奥に残る啓介様の声を反芻する。

深夜。
時計の針が、やけに耳につく。
昨日まで隣にあった体温がない。
枕の片側が、冷たく乾く。

胸の奥から、どす黒い虚無がゆっくりと這い上がってくる。
孤独が、身体の隙間すべてに入り込み、内側から軋ませる。

「啓介様……」

声に出しても、返事はない。
返ってくるのは、闇の中に沈む自分の声だけ。

そのたびに、涙が頬を伝う。
枕に滲む染みが、広がっていく。

明け方。
窓の外がかすかに白んでいく。
白くにじむ寝室。
夜明けの白い光がカーテンを透けて差し込む。
それが首筋の“見えない首輪”に反射するようで、私は思わず身を竦めた。

新しい一日が始まるのに、心は闇の檻に閉じ込められたままだ。

……終わりじゃない。はじまりだよ……

彼の声が、胸の奥でかすかに蘇る。

(つづく)

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