無垢の終焉 ~叔母と僕の秘密~ 第25話 虚無の中の光
夜の帳が静かに降りていた。
窓の外の闇は濃い。
部屋の灯りだけが、無人島で助けを求める人の焚き火のように、淡く揺れている。
その下で私は、囚われた囚人のように膝を抱えていた。
彼――啓介様が、帰り支度をしていた。
シャツの袖を通し、鞄を手に取る。
その何気ない仕草ひとつが、胸をえぐるほど痛い。
「……帰ってしまうんですか。」
唇からこぼれた声は、かすれていた。
啓介様は振り返らず、淡々と答える。
「母さんが戻って来いっていうから。」
当たり前の理由。
なのに、心臓が締めつけられる。
声を出すだけで、涙が溢れそうになる。
首筋に乾いた愛液の首輪。
子宮の上にまだ残る黒い文字。
そのすべてが、彼に従う証なのに――命令した主は去ろうとしている。
(どうして……こんなに……苦しい……)
足音が玄関に近づくたび、心が裂けていく。
最後の一歩を踏み出せば、もう二度と戻らないのではないか――そんな恐怖に囚われる。
ドアノブに手をかけた彼が、ふいに立ち止まる。
振り返り、ゆっくりと近づいてきた。
その影が私を覆い、耳元に低い囁きが響いた。
「……終わりじゃない。はじまりだよ。」
甘く、鋭く、胸の奥に杭を打ち込むような声。
その一言が、絶望に沈みかけた私の中で鎖となった。
扉が閉じる音。
静寂。
*
ひとり残された部屋。
さっきまで二人でいた空気が、嘘のように消えていく。
シーツに残る匂いだけが、かすかな現実を示していた。
「……あぁ……」
声を出した途端、涙がこぼれ落ちる。
なぜなんだろう。
こんなに悲しい。
胸の奥にぽっかりと無数の穴があき、そこから冷たい風が吹き抜けるようだった。
ほんの数時間前まで、あれほど熱く、あれほど満たされていたのに――
今は、虚無しかない。
ベッドに体を投げ出す。
首筋を指でなぞる。
そこに残る見えない首輪を確かめるように。
子宮の上に刻まれた黒い文字を見つめる。
「啓介様に従います。」
シーツに顔を埋める。
彼の残り香に、下腹部がひくひくと疼いた。
首筋を撫でると、見えない首輪が再び締まるようで、息が止まりそうになる。
「……ご主人様……」
呼んだ瞬間、股間から愛液がじわりと溢れた。
虚しさと欲望が溶け合い、私は自らの指をゆっくりと沈めてしまう。
(いないのに……従ってしまう……)
子宮の上の文字をなぞる。
「啓介様に従います。」――その烙印を触れただけで、腰が震え、絶頂の波がこみ上げた。
愛液に濡れた指を抜いた瞬間、虚無の冷気がそこに入り込み、余計に切なくなる。
それでも繰り返さずにはいられなかった。
虚無の闇の中の一筋の光。
(わたしは、啓介様に従うと決めた。)
そう思うと、少しだけ心が軽くなったような気がした。
『……終わりじゃない。はじまりだよ。』
耳の奥に残る啓介様の声を反芻する。
*
深夜。
時計の針が、やけに耳につく。
昨日まで隣にあった体温がない。
枕の片側が、冷たく乾く。
胸の奥から、どす黒い虚無がゆっくりと這い上がってくる。
孤独が、身体の隙間すべてに入り込み、内側から軋ませる。
「啓介様……」
声に出しても、返事はない。
返ってくるのは、闇の中に沈む自分の声だけ。
そのたびに、涙が頬を伝う。
枕に滲む染みが、広がっていく。
明け方。
窓の外がかすかに白んでいく。
白くにじむ寝室。
夜明けの白い光がカーテンを透けて差し込む。
それが首筋の“見えない首輪”に反射するようで、私は思わず身を竦めた。
新しい一日が始まるのに、心は闇の檻に閉じ込められたままだ。
(……終わりじゃない。はじまりだよ……)
彼の声が、胸の奥でかすかに蘇る。
(つづく)
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。