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二本を映す未来の鏡。韓国とフィリピン。

※1万文字を超える大作になってしまった。前編・後編に分けようかとも思ったが、面倒なので一つのエントリーとして公開することにした。

はじめに——なぜこの二国を見るのか

ホルムズ海峡が事実上閉ざされてから、まもなく1か月になる。

日本にいると、まだどこか他人事のような空気がある。ガソリンは補助金のおかげで177円台。多少空きが目立つ部分もあるが、基本的にスーパーの棚にはまだモノはある。テレビのニュースは「令和の石油ショック」と煽るけれど、実生活で切迫感を覚えている人はまだ少ないだろう。

だが海を隔てた韓国とフィリピンでは、すでに景色がまるで違う。工場が止まり、航空便が飛べなくなり、検察が石油元売りに踏み込み、全国規模の交通ストライキが起きている。

この二国を追いかける理由は単純だ。どちらも日本と同じ「中東の石油に生命線を握られた国」であり、備蓄の厚みが日本より薄い分だけ、危機の進行が速い。彼らの「今日」は、日本の「来月」になり得る。いわば先行指標だ。

以下では、両国で何が起きているのかをできるだけ具体的に整理し、最後に「日本がその時間軸のどこにいるのか」を重ねてみる。


韓国——「4月危機説」と静かに止まり始めた工場

ナフサが来ない

韓国は原油の約70%をホルムズ海峡経由で輸入している。石油化学の原料であるナフサに至っては、輸入分の54%がホルムズを通っていた。その54%が、いまゼロだ。

3月20日、封鎖前に出航した最後のタンカー「イーグル・ヴァルール」が韓国に到着した。以降、海峡経由の新規原油は1バレルも届いていない。ホルムズ付近で足止めされている韓国向けタンカーは7隻。積載量は合計で韓国の約1週間分の消費に相当するが、動けない。

石油化学企業のナフサ在庫は、通常わずか2週間分しかない。昨年、中国の安い石化製品に市場を食われて業績が悪化し、各社は在庫を極限まで絞っていたからだ。

そしてその2週間が、もう尽きかけている。

麗水産業団地で何が起きたか

3月23日、全羅南道・麗水(ヨス)の国家産業団地で、LG化学のNCC(ナフサ分解設備)第2工場が止まった。年間80万トンのエチレンを生み出していた巨大プラントが、原料が来ないという理由で、静かに眠りについた。

LG化学だけではない。ロッテケミカルは本来4月18日に予定していた麗水工場全体の大規模保全を3週間も前倒しし、3月27日から止める。「在庫があるうちに計画的に停止しておこう」という判断だ。麗川(ヨチョン)NCCはプロピレンの生産を停止し、顧客にフォースマジュール(不可抗力)通知を送った。

TV朝鮮の記者は産業団地から中継し、こう伝えた。「各種の化学製品の原料になるナフサの輸入が止まり、実際に工場の稼働を停止したところが出てきて、半導体分野の原材料需給も非常事態になっています。」

ここで押さえておきたいのは、石油化学の停止が「石油」と名のつく製品だけの話では終わらないということだ。エチレンが止まれば、プラスチック容器、合成繊維、塗料、接着剤、化粧品の原料が止まる。プロピレンが止まれば、不織布や食品包装が止まる。朝鮮ビズは「ナフサ供給逼迫で中小企業に生産停止危機」と報じ、毎日経済新聞は「エチレン不足で船舶の厚板加工にも影響。バイオ・化粧品まで一波万波」と見出しを打った。上流の栓が閉まると、下流の無数の蛇口から水が出なくなる。

日本ではどうか。3月14日時点で製油所の稼働率が69.1%まで落ち(紛争前は80%超)、三井化学が大阪・千葉でエチレンを減産、三菱ケミカルが茨城で同様に減産を開始した。出光は石油製品の供給量削減を発表している。つまり日本は今、韓国の「3月上旬」にいる。韓国で工場が止まり始めた「3月下旬」に相当する局面は、日本では4月下旬〜5月に来る計算になる。

製油所——30年ぶりの価格統制と検察の家宅捜索

韓国の石油精製能力は日量約301.5万バレル、世界第5位。SKエナジー、GSカルテックス、S-Oil、HD現代オイルバンクの4社が担う。中東依存度はS-Oilが約94%と突出して高く、SKイノベーションが約65%、HD現代オイルバンクが約50%。

3月9日、国際原油がバレル100ドルを突破した日に、李在明大統領は約30年ぶりとなる「石油最高価格制度」——つまり燃料の価格上限——の導入を表明した。13日から施行され、ガソリン卸売上限は1,724ウォン/L、軽油は1,713ウォン/L。同日、ナフサにも輸出制限が拡大された。

だが価格統制だけでは世論は収まらなかった。3月23日、ソウル中央地検がSKエナジー・GSカルテックス・S-Oil・HD現代オイルバンクの4社と韓国石油協会に対して家宅捜索を行った。容疑は「燃料価格の恣意的な引き上げまたは据え置きにおける共謀」。有事のさなかに、国のエネルギー供給を担う元売り全社に強制捜査が入るのは異例中の異例だ。李大統領が「石油価格談合には一罰百戒の処分を」と語った直後のことである。

日本ではまだこうした局面には至っていない。ガソリン補助金の再開(3月19日)で全国平均177.6円/Lに抑えられているが、補助なしの試算では282円/L前後。韓国のように補助金が限界に達し、価格統制と取り締まりに踏み込む段階は、日本では5月以降に想定される。

半導体のアキレス腱——ヘリウム

石油化学だけではない。韓国が使うヘリウムの約65%がカタール産だ。半導体製造のリソグラフィ装置冷却やウェハのリーク検査に不可欠なこのガスは、カタールのLNG処理施設の副産物として生産されるが、戦争でLNG処理自体が止まりかけている。

Korea Timesによれば韓国チップメーカーの備蓄は約6か月分。ただしこれは平時の消費ペースでの計算で、世界中の半導体メーカーが同時に代替調達に走っている状況では、6か月はもっと短くなる。Fitch Ratingsは「長期化すれば半導体製造へのテールリスクが顕在化する」と警鐘を鳴らした。

政府の対応——教科書的なエスカレーション

韓国政府の動きを時系列で見ると、危機がどう段階的に深まっていくかの「教科書」になっている。

3月9日に価格上限を表明。13日に施行し、ナフサ輸出制限も発動。18日にUAEから2,400万バレルの優先供給を確保(ただし出荷時期未定)。同日、原油供給途絶警戒レベルをレベル2に引き上げ。24日、大統領が「省エネ12項目」を発表——「シャワーは短く」「充電は昼間に」「洗濯機は週末に」。石油消費量上位50社に使用削減を要請。25日、公共部門150万台にナンバー末尾制の車両規制を厳格適用。3月末までに25兆ウォン(約166億ドル)の補正予算を国会提出。中身は消費者向け現金クーポン、脆弱世帯向けエネルギーバウチャー、企業への資金繰り支援。

電源構成の切り替えも急ピッチだ。整備中の原子炉5基を5月までに前倒し再稼働。今年閉鎖予定だった石炭火力3基の延命を検討。LNG日量消費69,000トンの最大20%削減を見込む。

そして水面下では、2022年の対ロ制裁以降止めていたロシア産原油・ナフサの輸入再開が検討されている。制裁に加わった韓国が、ロシアに手を伸ばさざるを得ないところまで来ている。

日本の今の立ち位置は、この時系列でいえば「3月19日にガソリン補助金を再開し、3月26日から国家備蓄8,000万バレルの放出を始めた」段階。韓国が3月下旬に入った「省エネ呼びかけ→車両規制→補正予算」のフェーズは、日本では4月下旬〜5月にずれ込むだろう。ただし、裏を返せばそこまでの猶予しかない、ということでもある。

韓国の「限界」はいつか

韓国の石油備蓄は政府1億バレル+民間9,000万バレル=約1億9,000万バレル。IEA基準では「208日分」とされるが、この数字には大きなカラクリがある。韓国の製油所は年間原油輸入量の約52%を石油製品として輸出しており、この輸出分を含んだ名目値にすぎない。実消費ベース(日量約290万バレル)で計算すると、約65日分だ。Reutersは「2か月持たない可能性がある」と報じた。タンクやパイプラインの中にはあるが、取り出すことのできないデッドストックを勘案すればもっと少ない可能性がある。

産業通商部の楊室長は「緊急需給調整命令の発動と4月の備蓄放出で、NCC稼働停止の危機時期を4月末〜5月に先送りできる」と述べたが、Seoul Economic Dailyは「4月危機説の本当の危機はその後に来る」と分析した。代替調達でなんとか4月を凌いでも、中東重質油に最適化された製油所に米国産の軽質油を流しても効率が落ちる。輸送に40日かかる米国ルートの時間差。ロシア産の制裁リスク。構造問題は5月以降に全部のしかかってくる。

まとめると——ホルムズが閉じたままなら、石油化学は4月下旬に大半が止まり、原油備蓄は5月中旬〜下旬に実消費ベースで残り30日を切り、6月には製油所の稼働が持続不能水準に達する。韓国にとって5月が分水嶺で、6月が崖だ。


フィリピン——崖はもう目の前にある

98%と1か所

フィリピンの石油事情は韓国よりさらに脆い。石油の98%を湾岸地域から輸入し、国内で動いている製油所はペトロン・バターン1か所だけ。かつてあったカルテックスとシェルの製油所はとっくに閉鎖されている。たった1か所で国内需要の40%しか賄えず、残り60%は完成品(ガソリン、軽油、灯油、ジェット燃料)の輸入頼みだ。

そしてその輸入が、止まりつつある。

2月末の開戦以降、フィリピンのガソリンと軽油の価格は2倍以上になった。3月24日の週だけでガソリンがリッターあたり8〜12ペソ(1フィリピンペソは約2.65円)、軽油が15〜18ペソの二桁値上げ。軽油はリッター100ペソを突破した。開戦前は50ペソ台だったのだから、わずか4週間で庶民の生活が根底から壊された。

日本ではまだこの種の価格倍増は起きていない。だがフィリピンは、価格が倍になってもモノが買えるうちはまだ「マシ」なのだ。本当の問題は、カネを出してもモノがない——物理的な枯渇——が迫っていることにある。

残り何日か

3月24日、エネルギー省のガリン長官が燃料の品目別残存日数を発表した。

LPG(調理用ガス)が24日。ジェット燃料が39日。軽油が46日。ガソリンが53日。3月20日を起点に計算すると、LPGは4月13日頃、ジェット燃料は4月27日頃に尽きる計算になる。

紛争前に55〜57日分あった在庫が、たった1か月で45日分に減った。毎日1日分ずつカウントダウンが進んでいるわけではなく、パニック買い・企業の買い溜め・不正転売によって減りは加速する。45日分と言われた在庫が30日で尽きても驚かない。韓国のところでもいったデッドストックも考えると、より少ない量でも不思議はない。

とりわけLPGの24日という数字は切迫している。フィリピンでは調理にLPGを使う家庭が大多数で、これが尽きれば薪や炭への回帰が始まる。ジェット燃料の39日は、マルコス大統領が3月24日のテレビ演説で語った「飛行機が飛べなくなることは十分にあり得る(distinct possibility)」という言葉に直結している。複数の国がフィリピンの航空会社への給油を拒否しており、往復分の燃料を出発地で積まなければならない状況で、長距離便は物理的に飛べなくなりつつある。

日本は石油備蓄254日分(3月20日時点で241日分)。フィリピンの45日分とは桁が違う。だがフィリピンが教えてくれているのは、「崖は突然来る」ということだ。55日分が1か月で45日分になり、LPGは24日分まで落ちた。日本の241日分も、名目値であって実消費ベースではずっと短い(実消費ベースだと4ヶ月分程度しかないという話もある)。そしてパニック買いが始まれば、数字は帳簿どおりには減らない。

非常事態宣言と全国ストライキ

3月24日、マルコス大統領は行政命令第110号を発令し、アジアで初めて正式な「国家エネルギー非常事態」を宣言した。政府が直接燃料を調達する権限、買い占めと便乗値上げの取り締まり権限、食料・医薬品・燃料の配給体制を構築する権限を手にした。有効期間は1年間。

だが怒りは収まらなかった。3月26日——今日——から2日間の全国交通ストライキが始まっている。バス、ジープニー、トライシクル、配車アプリのドライバー、20以上の交通団体が参加する大規模なものだ。要求は明確で、燃料物品税・付加価値税の即時停止、石油価格の引き下げ、運賃値上げ、賃金引き上げ。

労働連合KMUは非常事態宣言を「構造的問題を無視した表面的な絆創膏」と切って捨てた。一方で財界は宣言を支持。社会が真っ二つに割れている。

日本ではまだこのレベルの社会的動揺は起きていないが、フィリピンの経緯を見ると、「価格が倍になり → 政府の対応が遅いと批判が噴出し → 非常事態宣言 → それでも足りないとストライキ」というエスカレーションは驚くほど速い。開戦から非常事態宣言まで24日、ストライキまで27日。1か月かかっていない。

同盟国の苦渋——ロシア産原油の初輸入

この危機の深さを何より象徴する動きがある。フィリピンがロシア産原油の初輸入を進めていることだ。

フィリピンはアメリカの太平洋における最も緊密な同盟国の一つであり、南シナ海で中国と対峙する最前線だ。その国が、米国の制裁対象であるロシアから石油を買おうとしている。駐米フィリピン大使はReutersに「イラン・ベネズエラ産を含め全選択肢を検討中」と語り、ワシントンとは制裁免除の交渉中だという。石油がなければ国が立ち行かない。同盟関係より国民の生活が優先される——その一線を、フィリピンはもう越えつつある。

フィリピンの「限界」はいつか

品目ごとに見れば、LPGは4月中旬に物理的に枯渇し、ジェット燃料は4月下旬に航空便停止が現実化し、軽油は5月上旬にトラック輸送・漁船・農機が止まり、ガソリンは5月中旬に一般市民の移動が制約される。韓国の「5月が分水嶺、6月が崖」より約1か月早い。フィリピンの「限界」は4月中旬から品目ごとに順次到来し、5月には社会機能の維持そのものが危うくなる。


両国以外で起きていること——危機はアジア全域に広がっている

韓国とフィリピンだけの話ではない。Reutersが3月16日にまとめた包括記事によれば、アジア全域で製油所・石化プラントの減産・停止・フォースマジュール宣言が連鎖している。

インドでは3億人以上が使うLPGの供給が壊滅的に逼迫している。LPG輸入の90%がホルムズ経由で、封鎖後にわずか2隻しか通過できていない。デリーでは6か月の赤ちゃんを抱えた母親が4日連続で配給所に通ってもボンベを入手できず、グジャラート州モルビの世界第2位のタイル製造拠点では670工場中450が操業停止。LPGボンベの闇市場価格は900ルピーから4,000ルピーに跳ね上がり、トラックからの窃盗事件も起きている。

スリランカは2022年の経済危機の記憶が生々しいまま、再びQRコード制の燃料配給と週4日制勤務に追い込まれた。登録サイトはアクセス集中でクラッシュし、南部の観光地ではホテルの予約が消滅。計画停電が本格化し、病院すらディーゼル自家発電に頼る状態だ。

バングラデシュは3月8日から燃料配給制を導入し、大学をオンライン化。5時間のローリング停電を実施中。国営肥料工場5か所中4か所が操業停止。ガソリンスタンドのオーナーは治安悪化を理由に全国閉鎖を警告している。

カンボジアでは全国6,300か所のガソリンスタンドの約3分の1が3月中旬に閉鎖。政府が2,000か所を「燃料隠匿の疑い」で調査に入った。ベトナムと中国が精製品の輸出を制限したため、シンガポール・マレーシアからの代替調達を模索しているが、そのシンガポールの製油所自体がExxonMobil(稼働率50%以下)、SRC(60%)と大幅に減産している。供給元が干上がりつつあるのだ。

パキスタンは4日制勤務、学校2週間閉鎖、政府の燃料配分50%カット。ハイオクガソリンは200%値上げという凄まじい数字が出ている。ミャンマーはナンバー奇数・偶数による隔日給油制。エジプトは3月28日からショッピングモール・レストラン・カフェの営業を毎日21時まで(金・土は22時まで)に制限し、ビルボード照明を全面停止。ニュージーランドではエア・ニュージーランドが5月初旬までに約1,100便を欠航(影響旅客44,000人)、ジェットスターもオーストラリア〜NZ便を削減している。

中国は国家発展改革委員会(NDRC)がガソリン・軽油・航空燃料の精製品輸出を全面禁止した。国内は大規模備蓄と再エネで他のアジア諸国より余裕があるが、世界最大の精製企業Sinopecが3月の処理量を計画比60〜70万バレル/日削減。中国が輸出を止めたことで、これまで中国から精製品を買っていた東南アジア各国の蛇口がもう一つ閉まった格好だ。

要するに、「代わりに買う先」自体がどんどん減っている。韓国もフィリピンも、UAEやロシアやASEAN域内から代替調達を試みているが、売ってくれる相手も自分の国の分を確保するのに必死なのである。


日本はいま、この時間軸のどこにいるのか

ここまで見てきた韓国・フィリピン・その他の国々の状況を、日本に重ねてみる。

備蓄の厚みという「時間の貯金」

日本の石油備蓄は国家+民間+産油国共同で約241日分(3月20日時点)。韓国の208日分(名目値)、フィリピンの45日分と比べれば圧倒的に厚い。3月26日から国家備蓄8,000万バレル(約45日分の国内需要に相当)の放出も始まった。この備蓄の厚みが、日本に「時間の貯金」を与えている。韓国が今日直面している局面に、日本が明日いきなり放り込まれることはない。

だが、貯金はいつか尽きる。

製油所——すでに韓国の「3月上旬」にいる

日本の製油所稼働率は3月14日時点で69.1%。紛争前の80%超から急落し、コロナ禍の2020年並みの水準に沈んだ。出光興産は石油製品の供給量削減を発表し、三井化学は大阪・千葉でエチレンを減産、三菱ケミカルは茨城で減産に入っている。

韓国では3月上旬に「製油所が減産を検討」と報じられ、3月下旬に石油化学プラントが実際に止まり始めた。日本の現在地は、韓国のこの「3月上旬」に相当する。つまり、ここから4〜6週間後——4月下旬から5月にかけて、日本でも石油化学プラントの本格停止が広がる可能性がある。

日本のナフサ在庫は約4か月分とされるが、これは「4か月間は今の生活を維持できる」という意味ではない。ある物流メディアはこう指摘している。「在庫とは問題を先送りするための時間を金で買ったものだ」。4か月という数字は、代替調達が軌道に乗るまでの猶予であって、それ自体が解決策ではない。韓国の石油化学企業が「2週間分」の在庫で回していた結果どうなったかを見れば、4か月分あるうちに何をするかが問われていることは明白だ。

価格——補助金が覆い隠しているもの

日本のガソリン全国平均は3月23日時点で177.6円/L。3月19日に再開されたガソリン補助金のおかげだ。だが補助金なしの試算では約282円/L。つまり今の価格は、政府が1リッターあたり100円以上を肩代わりすることで成り立っている。

韓国はこの段階をすでに通り過ぎた。補助金では追いつかなくなり、3月13日に30年ぶりの価格上限制度を導入。それでも足りず、検察が元売り4社に家宅捜索に入った。日本が同じ道をたどるとすれば、補助金の財政負担が限界に達する5月頃に、何らかの直接的な価格統制の議論が始まってもおかしくない。

いま日本で177円という数字を見て「まだ大丈夫だな」と思っている人は多いだろう。だがその177円は、見えないところで巨額の税金が燃えていることで成り立っている。韓国の経験が示しているのは、補助金はいずれ壁にぶつかり、その壁の向こうには価格統制、取り締まり、配給制という、まったく別の風景が広がっているということだ。

社会の空気——まだ「平時」の日本

フィリピンでは開戦から27日で全国交通ストライキに至った。韓国では大統領が国民に「シャワーを短くしろ」と呼びかけ、企業にナンバー制で車を使うなと命じている。インドでは赤ちゃんを抱えた母親が4日間ガスボンベの行列に並んでいる。

日本にはまだこの空気がない。「令和の石油ショック」はテレビの中の出来事で、一部品薄になっているものもあるらしいが、スーパーの棚にはまだモノがあり、ガソリンスタンドには韓国・フィリピンほどの長大な行列がない。それは備蓄が厚いからであり、補助金が効いているからであり、そして「まだ1か月しか経っていない」からだ。

だが韓国だって、1か月前には同じだった。開戦直後の3月上旬、KOSPIは暴落したが日常生活に目に見える変化はなかった。それがわずか3週間で、工場が止まり、検察が動き、大統領が省エネを懇願する事態になった。フィリピンに至っては、開戦24日目で非常事態宣言だ。

この速度感を、日本は過小評価すべきではない。

時間軸の重ね合わせ

これまでの情報を整理して、韓国・フィリピンの時間軸を日本に重ねるとこうなる。

韓国の「3月上旬」(製油所減産検討・石化企業が在庫を注視)→ 日本の今(3月下旬)。製油所稼働率69%、石化減産が始まった段階。

韓国の「3月下旬」(石化プラント本格停止・ナフサ枯渇が顕在化)→ 日本の4月下旬〜5月。ナフサ4か月分の在庫が効いている間は凌げるが、代替調達がうまくいかなければこの時期に本格的な停止が広がる。プラスチック容器、包装材、合成繊維、塗料、接着剤など「石油とは関係なさそうな」製品の品薄が消費者レベルで体感され始める。

韓国の「4月〜5月」(備蓄の急速な取り崩し・配給制議論・民間車両規制)→ 日本の6月〜7月。補助金の財政負担が限界に近づき、直接的な消費抑制策——ガソリンスタンドの営業時間制限、購入量制限、ナンバー制など——が現実の選択肢になる。

フィリピンの「4月中旬〜5月」(品目別の物理的枯渇・航空便停止・社会機能の危機)→ 日本では備蓄の厚みによりここまでの事態は当面回避できるが、ホルムズ封鎖が半年以上続けば年末〜2027年にかけて類似の局面に入る可能性がある。


このまま開かなかったら——日本の時間軸をもう少し先まで伸ばしてみる

ここまでの「重ね合わせ」は、韓国の数週間先までを日本に当てはめたものだった。だが読者が本当に知りたいのは、もっと先のことだろう。「このままホルムズが開かなかったら、日本はいつ"限界"を迎えるのか?」という問いだ。

答えを先に書いてしまう。食料を含む社会機能の維持が困難になるのは、最短で今年の秋。餓死者が現実の可能性として浮上するのは、年末から来年にかけてだ。

遠い話に聞こえるかもしれない。だが韓国の専門家が「4月末には本当に原油が途絶える」と言ったのは、ほんの3週間前のことだ。あの時も「まだ先の話」だった。それが今、目の前に来ている。

以下、月ごとに見ていく。

4月下旬〜5月——「棚の歯抜け」が始まる

丸善石油化学と三井化学がすでに4月後半のナフサ輸入入札を取りやめた。つまり業界自身が「4月後半以降、原料が届く保証はない」と認めた形だ。ナフサ在庫は現在約4か月分あるが、輸入ゼロの状態で使い続ければ、5月には残り1〜2か月分にまで縮む。

この頃、複数のナフサクラッカーが保守前倒し・減産に入る。韓国でLG化学やロッテケミカルが3月23日前後に止まったのと同じ構図だ。

影響は「石油」という名前がつかないモノに出る。プラスチック容器、食品トレー、ラップ、ペットボトル、合成洗剤、化粧品の原料、そして医療用プラスチック——注射器、点滴バッグ、使い捨て手袋。ドラッグストアやスーパーの棚に「歯抜け」が目立ち始めるのが、この時期になる。

同時に、ガソリン補助金の財政負担がいよいよ重くなる。韓国は3月13日に価格上限制度に切り替えた。日本でもこの頃「補助金を維持するか、価格統制に移行するか」という議論が政治の表舞台に上がるだろう。

6月〜7月——「燃料をめぐるルール」が変わる

3月末から放出が始まった国家備蓄(初回約8,000万バレル=約45日分の国内需要)が底をつき、2回目の放出判断を迫られる。代替調達として期待される米国産シェールオイルは、日本まで30〜40日かかる。しかも日本の製油所はアラビアンライト系の中質油に最適化されているため、軽質のWTI原油では精製効率が落ちる。カナダ産重質油は安いが、パイプラインが1本しかなく、主な客は米国だ。代替がすんなりハマる話ではない。

ガソリンスタンドの営業時間短縮、1回あたりの購入量制限、ナンバー末尾による給油日の限定——韓国が3月25日に導入した「5日制」のような直接的な消費抑制策が、日本でもこの頃に現実味を帯びてくる。

そして物流が縮む。NHKは3月17日の時点ですでに「トラック輸送会社が燃料確保に苦慮」と報じているが、6〜7月にはそれが本格化する。冷蔵トラックが動かなければ、魚も肉も野菜も届かない。コンビニとスーパーの「歯抜け」が常態化し始める。

8月〜9月——「241日分」の幻想が剥がれる

複数の分析(LiveDoor、LOGISTICS TODAY、エネがえるなど)が「8月頃に原油備蓄が実質的に枯渇する」シナリオを提示している。「241日分あるのになぜ8月で?」と思うかもしれない。

からくりはこうだ。241日分という数字は「現在の消費量がずっと続く場合」の机上の計算であり、精製能力の低下を織り込んでいない。製油所の稼働率が60%、50%と下がっていけば、原油があってもガソリンやナフサに変換できない。備蓄タンクに原油は残っているが、それを製品にする能力が先に干上がる——という逆転現象が起きる。韓国・フィリピンの項でいった通り、デッドストックもあるのでもっと速く尽きる可能性もある。

さらに、241日分のうち相当部分は「民間備蓄」、つまり石油会社が法律で保有を義務づけられている在庫(法定70日分)であり、これを崩すには政令が必要で、政治的にも実務的にも一気には使えない。

この時期、離島、過疎地、高齢者世帯から先に「食べるものが届かない」「冷房が動かない」状態が広がり始める。8月の猛暑と重なれば、熱中症による死者が急増する。物流の縮小は病院への医薬品供給も直撃し、インスリン、透析液、抗がん剤——「止めたら人が死ぬ」物資の不足が、紙の上の数字ではなく病院の現場で起き始める。

10月〜年末——秋の収穫が「来ない」

ここが最も怖い。

日本の食料自給率はカロリーベースで38%。しかも、国内で作っている分の農業自体が、燃料(トラクター、ハウスの暖房、乾燥機)と輸入肥料に完全に依存している。東京大学の鈴木宣弘教授は「石油と肥料の輸入が止まれば、日本の実質的な食料自給率は数%に落ちる」と試算している。

5月は田植えの季節だ。そこで燃料と肥料が足りなければ、苗は十分に植えられず、植えても育たない。その結果は、10月の収穫量として数字に出る。

仮に収穫量が大幅に減り、かつ輸入食料も物流の途絶で入ってこなくなれば、2026年末から2027年にかけて、日本国内で餓死者が出る事態は「可能性」ではなく「確率」の問題になる。最も脆弱なのは、生活保護受給世帯、年金のみの高齢者世帯、離島や山間部の住民だ。

もちろん、ここまで最悪のシナリオを書いてきたが、強調しておきたいのは、これは「何もしなかった場合」のタイムラインだということだ。外交的解決でホルムズが開けば、この時間軸は一気に無効になる。代替輸送路が確立されれば、大幅に後ろにずれる。政府が早期に配給制と需要抑制に踏み切れば、備蓄の持ちは伸びる。

だが「何もしなかった場合にどうなるか」を知っておくことには意味がある。韓国とフィリピンは、まさにその「何もしなかったわけではないが、間に合わなかった」ケースをリアルタイムで見せてくれているのだから。


おわりに——棚にモノがある今日という日

この記事を書いている3月26日、フィリピンでは全国交通ストライキが始まり、韓国ではLG化学の工場が止まり、インドでは母親たちがガスボンベの列に並んでいる。

どれも、1か月前には想像もしなかった光景だ。

日本はまだ「猶予期間」にいる。備蓄が厚い分だけ、時間がある。だがその時間は無限ではないし、時間があるうちに何もしなければ、韓国やフィリピンが踏んだ同じ轍を、同じ順番で踏むことになる。1〜2か月遅れで。

彼らの経験から学べることは多い。価格統制はどの段階で導入されるのか。省エネ要請はどう受け止められるのか。石油化学プラントが止まると何が消えるのか。社会の怒りはどのタイミングで噴出するのか。そして政府は、同盟関係や制裁よりも国民の生活を優先せざるを得なくなる瞬間が来ること。

韓国とフィリピンは、日本の未来を先に見せてくれている。その映像から目を逸らさないことが、いまできる最も実用的な備えだと思う。


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