2024年、ワイン業界人として生きた日々のまとめ
年始なので2025年について考えています。
そして、2025年について考えるにあたって、まずは2024年についてまとめておこうと思いました。
▶ 昨年は有料記事で書きました。今年は全文公開。
周りのみなさんから、「ますちゃんの今年は、激動だったね~」と言っていただく2024年。いや、まあ、それでいうとあたしの人生、激動じゃないときはないんだけども(根本的に落ち着きがない)、今年は今年でやっぱりおもしろかったし、一生思い出に残る1年だったので、記念碑的な意味も込めてここに書き記しておこうと思います。
ああ、はやくまっとうな人間になりたい。
2023年12月|ワインか、心理か
さかのぼること、2024年のちょっと前。このときの選択が、2024年に歩む道を決めたといっても過言ではありません。
この頃、本当にたまたまですが、まったく違う方面からふたつのお話をいただいていました。ひとつが「心理士としての新しい職場」、そしてもうひとつが「店舗での間借りバー営業」でした。
かたや心理士のほうは、わたしのプロフェッショナルとしての領域でした。そもそも慣れてる分野だし、ある程度の価値を生み出せる自信もある。環境もそう悪くなさそうでした。そしてなにより、時給がいい(¥4000/h)。もちろん継続的な研修や勉強は必要だけど、当時の状況を考えてもこのうえなくありがたいお話でした。
ところが同時期、とあるお店の店主からもうひとつのお話をいただいていました。それが「店舗に空きスペースがあるから、そこを改装してワインバーをやりませんか」というもの。2023年に『自分のお店を持ちたい』という夢を見つけたわたしにとっては、渡りに船というか、まさに願ってもないお申し出でした。
地球上ではみな平等に、1日24時間、1週間は7日が過ぎていきます。というわけでこれらのお話、どちらもは同時に選べませんでした。そして、ここでどちらを選ぶかによって、わたしの未来の角度が少しだけ変わってしまう、明らかにそういう意味をもつ選択肢でした。
わたしの心は、「楽しい」を選びました。心理士の仕事を蹴り、ワインバーの開業を選んだ未来。ようし、わたしの人生、いっちょそっちがわに舵を切ってみようじゃないか。

2024年1月|わたし、間借りのお店やります
新年早々友人宅でワインを飲みすぎ、記憶を飛ばしながらスタートした2024年。フゥゥ~↑↑ なんだか、今年も楽しくなりそうだぜぇ…!

間借り営業を選びはしたものの、お店の店主と話し合い、そのお話自体はいったん保留となりました。
でも、「ワインバーを開く」という方向に舵を切ったことで、はっきりと見えて来たことがありました。それは、『べつに、どこでだって、どういう形でだって、やろうと思えばできるじゃん』ということ。
すでにわたしは2023年に『練習』という形でバー形態のイベントを数回開催していました。あれを、今度は継続的な形にする――うん、できるな。
そうと決まれば、あとはもろもろの調整です。まずはワインの仕入れ先。長年お世話になっている酒屋のソムリエを呼び出し、ビール片手に宣言しました。
「あたし、週1でバー営業をやろうと思います。ワイン卸してください」
これが『シューイチバー』のスタートライン。そのときすでに作っていた名刺を渡すと、ソムリエはそれを眺めながら「雇われのほうが絶対楽なのに…」と呟いたのでした。

2024年2月|シューイチバー、スタート
というわけで、2月から週に1度の間借り営業、いわゆるシューイチバーをスタートさせました。
毎週金曜日の夜、場所は四谷三丁目の怪しいビルにて。大した広告も看板も出さず、集客はおもにXとInstagramのみでしたが、それでも毎回さまざまなお客さまにお越しいただいたと思います。

毎回、誰が来てくれるのか、どんな夜になるのか、ドキドキしました。でもそれ以上に、お越しいただいたみなさまとのお話がとにかく楽しかった…!
いろんな方に会うことができましたし、ここで出会っていまだに仲良くしてるお客さまや友人、たくさんいます。いい場所に育ったし、「わたし」に会いに来てもらえる場所を持つことの楽しさと価値を知りました。

さらには、間借りながらいちおう「お店」というテイでしたので、業界向けの試飲会に行けるようになりました。すでにワイナリー勤務はしていて業界人の端くれではあったのですが、ワイナリーではあくまで自分とこのワインを造って売るわけで、試飲会やセミナーみたいなものには大手を振っては顔を出しづらかったんです。
お客さまに売るためだったら、さまざまなワインの試飲会にも堂々と顔を出せる。なるほど、業界人になるとはこういうことか…!と、住む世界がガラッと変わった感覚がありました。

2024年3月|自分だけのお店が持ちたい
それでも、やはり間借り営業にはそれなりの制約もあって――というか、かなりあって、ここでずっと継続していくのはなかなかどうして大変でした。
まず、荷物が重い。毎回グラスをひと箱と、ワインを4、5本+おつまみ用の食材も運んでいました。これを、千葉県からえっさほいさと運び、毎回持って帰ってくる。いや、しんどい。紙皿やお手拭きなんていう小物も同然、毎回かついで往復していました。
さらに、日中はワイナリーで働いて夜は間借りバーという生活だったので、荷物を長時間置いておく必要があり、溶けるものやナマモノみたいなものも持ち運べませんでした。これも結構、できることが狭まります。
そのうえなんたって、(ご存じの方はご存じの通り)借りているビル自体がそもそも怪しい。常連のお客さまたちはそれをネタにしてくれましたが、のちのち、そうもいかないことが出てくるようになりました。
特に顕著だったのが、これまたお世話になってるソムリエがシューイチバーに遊びに来てくれた夜のこと。
ソファの隅でなんとなく縮こまる彼を見て、あ、これは正直ちょっと…どうにかしたいな、と思いました。ここは(仲がいいとはいえ)一流の方を呼べる場所ではない。そんなことはわかっていたけど、わたしがここを「お店」と言い張る以上、お店扱いされるわけでーーはっきり、場所としてのちから不足を感じました。
くわえて店内の座席配置も気になりました。カラオケボックスみたいなお茶の間感、これはこれで楽しくて好きだったんだけど、これだと「ひとりでいたいひと」まではケアできない。バーって、本来は疲れてるときにも使える場所のはずなのに。
これはもう、自分のお店を持つしかない。
と、思い詰めました。思い詰めると、まずは行動に移すわたし(根本的に落ち着きがない)
そもそもシューイチバーは、いずれ実店舗を持つための練習だったわけです。じゃあもう実店舗を探そうじゃないか、と腹を決め、3月後半から実際に新規物件を探しはじめました。もちろん、資金の借り入れについての相談もあわせてです。
この時期は、クリニック勤務、ワイナリー業務、週1のシューイチバー運営、その隙間に試飲会やら物件の内見やらをねじこんでいて、やすみという休みがなく結構大変でした。2024年、最初のピーク。さすがにちょっと体調を崩したりしてました(やりがち)まぁこのあとも、ピークは緩まることなく続いていくわけですが……
ちなみにこれはあんまり言ってないんですが、実は良さそうな店舗もあったんです。場所は平井。かなり悩んだ結果、そこはいったん見送ったんですが、あそこを借りてたら今頃どうなってたかなぁ…と、思うこともあります。まぁそれはそれで、どうにかしたんでしょうけど。あたしのことだから。

2024年4月|六本木でやりません?
4月。2024年のわたしを決定づける、ふたつの奇跡みたいな出会いがありました。
ひとりめは、今は神楽坂でTOROMBAを開業されているサトウさん。
物件探しについてSNSでぼそぼそ呟いていたあたしを見かけて、「もしかして新規店舗探してますか?自分が間借りのお店を出る予定があるから、次、やりません?」と連絡をくださったのでした。
いやいやいや、そんなことある?
実はこの時点でサトウさん、お会いしたことがありませんでした。つまりサトウさんにとってあたしは見ず知らずのどこの馬の骨かもわからない女。いやいや、そんな親切な声かけます普通??(失礼)
というわけで直接会いに行って、話を聞きました。それで、それまでまったく考えていなかった(というか、いったん選択肢からなくなっていた)間借り営業の可能性が再浮上しました。
なるほど、間借りなら内装工事なんかもいらないからすぐにスタートできるし、ひとまず、大金を借金する必要がない(この時点で、少なくとも500万、願わくば1000万くらいの借り入れを考えてました)。そもそも、飲食業ド素人なわたしにワインバー経営が合ってるかどうかもわからないうえ、なにせわたしは貯金がない女で有名だ(最悪だ)。自転車操業でも「今」できることからやれるほうが、わたしの現時点での生活水準にはあってる――

そうやって悩んでいる最中、これまた偶然ですがもうひとりの方に出会います。中野で『旅の連れ』というワインサロンを開いている、女性店主のせなさんです。たまたまお客さんが少ない日にお店にうかがったこともあり、いろんな話をしました。将来ワインバーを開業したいこと、現在週1で間借り営業をしていること、そして、実は六本木での間借りをやらないかと、声をかけていただいていること…
「いいじゃん!バー楽しいよ、やろうよ!」
それがせなさんの軽やかな答えでした。楽しいよ、って、今あたしがいちばん欲しい言葉だった。だってあたしは、「楽しい」を選んでここにいるんだから…!
それでもまだ、「飲食の経験がなくて自信がない」とのたまうわたしに「だったら、良かったらうちで働きませんか?」という声までかけていただいたのでした。
ふつうさあ、そんなの社交辞令かと思うじゃん。違うんだな、これが…

2024年5月|お料理修行と、シューイチバー閉店
こうして六本木での間借り営業を譲り受けることを決め、お店の開店準備に入りました。オープンは7月予定。それまでに、いくつかやらなければならないことがあります。
特に、わたしにとってプレッシャーが大きかったのがお料理でした。
もとはといえば、ワインがメインのワインバーのイメージで、カウンターのみの小さな店舗を探していました。ところが、譲り受けた店舗がかなり広く、ワインの提供だけでは間が持ちそうにありませんでした。さらに、実際に収支の計算をしてみると、ワインだけでは黒字化することが難しそうだったこともあります。そう、飲食店経営で「生活」しようとすると、わたしの生活費分までまかなえる収入が必要なんです(貯金もないし)
しかしわたし、料理には自信がないんですよ。というか、実はもともと作るのは嫌いでもなかったんですが、ワイン界隈には料理上手が多いこと、それをアイデンティティにされている方が多いことから勝手に引け目を感じており、「わたしは料理は苦手ってことにしとこう」と、自分のSNS上での立ち位置を決めちゃってたんです。今さら、急なキャラチェンジができない。
というわけで、愛媛で料理メインのワインバーを開いている業界の先輩、青野さんに相談しました。青野さんにお声をかけたのは、料理についての堅実な下地をお持ちで(わたしがド素人なので、学校に通っていたなどひととおりの基礎知識のある方にお願いしたかった)、そのうえでお店を経営し続けられているという「現場の実際」もご存じの方だったから。
青野さんは「プロじゃないなら、プロのように見える料理を出せばいい」と言い、基礎なんかはすっ飛ばして、ワンオペでまわせる料理、おうちでは出せない特別感のある料理を中心にそれはもうじゃぶじゃぶと、湯水のように、あらゆるレシピを教えてくださいました。今考えても本当にありがたい、いや、あり得ないことです…

こうして5月は、日夜料理修行に励みました。引き続き若干睡眠も削りがちでしたが、もうね、…しょうがないよね。どうせ言ったってきかないんだから(あたしが)
そしてわたしの初めての「お店」であったシューイチバーも、5月末で閉店と相成ったのでした。楽しかった、ありがとうシューイチバー!
2024年6月|バーテン修行
お料理修行をこなし、シドニーワイン旅を挟んでから、中野の旅の連れにて1ヵ月限定のバーテン修行がスタートしました。そう、本当に働かせていただくことになったのです。
お昼の仕事は続けたままなので、昼間はワイナリー勤務か心理士、そして夜は中野のバーで働いて終電帰り、という日々が続きます。働くね〜!
バーテン業務のなかではいろいろと、本当にいろいろと、学ぶことも感じ取ることもたくさんあったわけですが、この時期のわたしにとってすごく良かったのが、この当時の旅の連れはいわゆる本当にワインバー、ワインがメインで、お料理があんまり出てなかったことでした。
それでもお客さんは引きも切らずにやってくるわけです。平日だろうが関係なく満席になる。何よりも、せなさんとのおしゃべりを楽しみにやって来られるわけですよ。なんならワインはついで、くらい。
あ、これ、できるんだ、と思いました。
もちろんそれがどんなに難しいことか、せなさんの人柄、バーテンとしての高い力量、経営者としての踏ん張りとかが背景にはあるんだけれども、それでも今、目の前で繰り広げられている光景、これこそが、あたしがやりたかったことじゃないか、と。
この時期に、豪徳寺のワインステーション+のご夫婦からかけてもらった言葉も大きかった。いつのまにか『いろいろ、ぜんぶ、完璧にやらなきゃ!』と息巻いていたわたしに、「いきなり無理しないほうがいいよ」と話してくれました。「みんな、マイコちゃんに会いに来るんだから。それが大事なんだから」
だからといって方針をすぐに変えられたわけではなかったけど、開店前にわたしが本当にやりたかったことを思い出せたことは、その後の運営のなかでわたしを支えることになりました。
今考えてもこの1ヵ月間は、今年1年を象徴するハイライト。本当に幸福な毎日でした。

2024年7月|やどり葉オープン
こうして7月、やどり葉がオープンしました。

オープン初日のことは…なんというか、思い出しても申し訳ないというか…バタバタしちゃってもう、ほんとに…なんというか、お恥ずかしい……
あとから思えばこうできたなとか、半年やってみてわかることはたくさんあるんですが、でもこう、あのときに全力でバタバタできたからこそ、その後のいろんなことの調整がつけられるようになったというか…ただの言い訳です!
とにかく、本当に、いろんな方に助けてもらった最初の1ヶ月間の営業でした。
なかでも、マグナムボトルをはじめ何本もワインを提供してくださった(そして実際に注ぐ係もやってくださった)あきもとさんと、料理が切れかけたピンチのときにご飯を送ってくれた青野さん、おふたりへのご恩は忘れません。おかげで初月の収支は無事に黒字になり、その後突如としてやってくる休業期間の資金的・精神的な支えとなりました。あれがなければ、わたしの人生1回詰んでた。
もちろんいちばんは、来てくださったお客様たちのあたたかい見守りのおかげ。忙しかったし、ますます睡眠時間は削れていったけど、とにかく楽しい毎日でした。

でも、なんだろう、体調が…?
なんとなく、悪い気がするような、しないような…?
いや、忙しいから当たり前だよね。ホルモンバランスも崩れているような気がするけど………?
こうして、まさかの妊娠が発覚するわけです。37歳の誕生日の、すぐあとでした。
2024年8月|妊娠発覚、ワインバー休業
アッハッハ!そんなことある?(真顔)っていうタイミングでの妊娠。
いや、だってあなた、結婚して10年まったく音沙汰もなかったじゃない。まさかのこのタイミングで??
などと笑っていられたのは最初のうちで、8月に入るとつわりによる体調不良が押し寄せ、絶望しました。いやー、とにかく元気がなかった。
あたしほら、普段元気じゃないですか、わりと。あと、なるべくひとには親切にするようにしてるので、なんていうか、ありがたいことに親しみを感じてくださっている方がたぶんいてくださって、いろんな方々から祝福や励ましや心配のお声をかけてももらったんですね。
が、そのー…ほんとこの時期、なにを言われてもダメで、丁寧な返信やリプライを返す気力もなく、そもそも返せていない返信もたくさんあったし、なんとか返せてもつっけんどんというか、不機嫌な感じというか、実際にそうだったわけじゃなくシンプルにただ体調が悪かっただけなんですが、うっかり無礼を働いてしまった方もいた、かもしれません。なんていうか…そのー…すまん(軽い)

それでも、この時期にかけてもらったすべての言葉がのちにじわじわ効いて、やすむ時間をたっぷり取ったり、無理をしないようになれたので、結果的にこの時期に声をかけてくれたすべての方が、わたしと、わたしのお腹の子の命を守ってくれたと思っています。いちばんしんどかった時期にお声をかけてくださったみなさん、本当に、心から、ありがとうございました。
ワイン業界人としては、ワインが美味しく思えなくなったことに一番傷つき、そして困り果てていました。ワインバーを復活しようにも、ワインを見ると気持ちが悪い。「飲みたい」と思えないので、お客さまに提供できるエネルギーも沸いてきません。あれだけ毎日飲んでいたのに…と、はっきりショックを受けました。これはもういったん休むしかない…ということで、無期限の休業を宣言したのでした。

2024年9月|ワインバー復活!…できない
が、まあ、焦りはつのるもので…。
つわりってびっくりするくらい、回復してる実感がないんですよね。日々、おなじくらい調子が悪い。今日も悪けりゃ、あしたも悪い。今までのどんな体調不良よりもしんどかったです、せっかちなわたしには先が見えなくて。
休業を決めたとき、9月からはスタートできるかな、という算段でした。8月後半にベトナムから夫が戻って来た頃に、いったん調子が上向き傾向になったこともありました。うんうん、この感じで回復していけば、9月にはイケる。
ところが、そのあとからがまた長かった。調子は行ったり来たり…というか、ずっと低空飛行。
焦りました。もう一生、お店の再開なんかできないんじゃないかと思いました。とにかく早く前のように戻らなきゃ、前のわたしに戻らなきゃ。でも体調はずっと変わらないし、なによりもどうしても、ワインが飲みたくならない…。
そんななか、9月の頭に六本木のお店に行きました。できれば再開したいと思っての決行でした。その後、3日間寝込んだことで、ようやく諦めがつきました。
こりゃもう、しばらく無理だ。
だったらいっそ遠くに行こうと、広島と福岡の実家に帰省したのがたぶんよかった。帰省中、明らかに体調が上向きになり、帰省後にいったん体調を崩したのち(いったんは崩す)、今度こそめきめき回復。このあたりでようやく、「もう、前の自分にはもう戻れないんだ」ということを本格的に受け入れたのでした。だってお腹のなかにひとがいるんだもの。前と同じようになりたいとか、そもそも掲げる目標がミスってんのよ。

こうしていろんなことに諦めをつけ、さらに大事の大事をとって、復帰は10月からと決めました。もう、前みたいにいくつものタスクを同時並行はしない。なによりも今いちばん優先すべきは、お腹の子のいのちと、それを宿している、あたしのからだとこころなのだから。
2024年10月|やどり葉リスタート
こうして静かにリスタートしたWineBarやどり葉。時短で、営業日も減らし、1週間ごとの営業案内。お客さまもゆっくり細々と通ってきてくださり、これは本当に助かりました。
印象的だったことがありました。再開後にいちばん体調が悪かった日、たまたまノーゲスになったんですね。これが、シューイチバーから含めたすべての営業のなかで、唯一のノーゲスデイでした。おかげでこの日は、早く帰ることができたんですよ。
なんだかスピリチュアルな響きになるんですが、「この場にいること」が祝福されているときって、こういうことが起きるんですよね。偶然みたいな感じで、ちょうどいいことが起こる。この場を大切に思ってくれてるお客さまたちとの、阿吽の呼吸だったと今でも思っています。
ちなみに、あれだけ練習したお料理は、ほとんど提供しなくなりました。(もちろん体力のリソースさえあればもっといろいろやりたかったんだ、本当は)ワインがメインの、ワインバー。それでもいいよと言ってくれるお客さまたちが、ここから先のやどり葉とわたしを支えてくれました。
今思えばそれでもまだまだヨボヨボだったし、体調がよくない日もあるにはあったんだけど、それでも、なんとか、ますたやここに復活を宣言!

2024年11月|やどり葉、週3日の通常営業へ
営業時間をもう少し伸ばして、営業を続けます。
とはいえ、昼の仕事もあわせて14時間勤務、とかはもうやめました。昼がある日は、昼の仕事だけ。バーをあける日は、バー営業だけ。普通だな。そして、全部で週休2日は取れるようスケジュールも調整しました。今のわたしの体力で、12月いっぱいまで営業を続けられるスタイルがこれでした。
ちなみに11月は新居への引っ越しもあったので、実際はそっちの準備も大変でした。さらに夫の仕事が過去イチ激務化しており、それもあって生活はまったくままなっていませんでした。なんだかうまくいかないよねー、人生って!それでも生きていくしかないんだから、オトナって大変だ…
やどり葉の終わりも見えていたので、いろんなイベントを企画しはじめたのもこの頃です。アンディさんのご厚意で実現できた「カリフォルニアワイン会」もそう。そして、「おへやピクニックデイ」と称してお子さん連れのご家族をやどり葉にお迎えしたのも、サヨナラを見越したイベントでした。
ちなみにこの子連れデイ、わたし的にはちょっと思い入れがありました。
そもそもこどもをさずかる前から、わたしのマインドはこどもフレンドリーではあったんですが(もともとこどもの専門職ですし)、やはりワインバーという体裁上、お子さんがいるおうちとそうではないお客さまが同席するのは、お互いに気を遣うかな…と思っていたのが正直なところ。
でも、自分も妊婦として酒場への行きづらさ、寂しさを味わっていたこと、こころにも元気が出てきて、先輩ママたちの話を聞ける余裕が出てきたこと、なんならもっと大きい人生計画のなかには、親子のサポート事業も視野に入れてることを思い出して、今、あたしが自由にできる「場」があるうちになんかできたらいいな~と思ってたら、ちょうどいいタイミングで、こどもが生まれたばっかりの後輩から連絡があったんですよ。先輩のワインバー行きたいです〜、って。いやもう、神様見てるでしょ?あたしのこと。
じゃあ、いっそ子連れデイを作っちゃえ!と企画したのが、このイベントでした。いや~、よかった。こどもたち、本当に自由に楽しく過ごしてくれました。家族で仲良くしてるお友達ともひさしぶりにゆっくり会えたりなんかして。営業後に散らかった、折り紙の可愛さよ…

2024年12月|SAYONARAやどり葉
というわけで、なんとかやどり葉閉店月間までたどり着いたのでした。
12月の中頃までは本当に元気で、働いて体力も戻ってきてたし、「1月も営業いけたんじゃないか?」なーんて思ってましたが、後半になるにつれだんだんお腹が張るようになり、いっきに立ち仕事がつらくなりました。正直、最後のほうはちょっとギリギリだった。土曜日のイベントの翌日は、バッテリー切れで昼まで寝てました。

ワイナリーのほうも、どう調整したってある程度のちから仕事がやってきてしまうので、ちょっと早めに納めました。2023年3月からの、1年9ヶ月。長く働けたわけではなかったけれど、本当に濃く、学びが多く、充実した期間でした。わたしの業界人としてのアイデンティティは、「ワイナリー勤務」からスタートしたんだと、これからも胸を張って答えます。
やどり葉での最後のイベントには、激務の夫も引っ張り出しました。ワイワイ盛り上がったイベントのあと、店の片付けをしながら夫がふと「マイちゃんさあ…なんかの才能あるよ。またお店、やったらいいよ」と呟きました。
これは才能じゃなく、単なる努力だ。そうは思うけど、お客さまとともに築き上げた絆を、いちばん近くにいる家族がそんな風に言ってくれたのは、嬉しかった。
だから、「またね」って言うことにしました。本当は、もう戻って来ないつもりでした。いったんやってみたから、もう、充分かなって。でも、カウンターのこちら側にいることを、天職だ、と思う瞬間が確かにあった。だから、いつになるか、どんな形になるかはわからないけれど、いつかまたカウンターのこちら側に戻って来よう。そういう未来を描きながら、「わたしのお店」とサヨナラしました。
ありがとう、いつかどこかで、また会おう。そう願いながら。

あたらしい年、2025年に向けて
2024年は、たくさんの方にわたしを愛していただき、そして、わたしも愛することができた1年でした。楽しい、大好き、幸せ。そんな感情をたくさん、めいっぱい感じた1年間。いつだってひとには恵まれているけれど、こんなにもダイレクトな愛を実感する年もまた、なかなかないと思います。貴重で、大切で、抱きしめたいくらいに愛おしい1年間でした。
さて年が明け、お昼の医療職だけちょびっと残しつつ(生活のため)、ワイン業界人としてのお仕事はいったん完全に納めました。ワイナリー勤務からスタートした業界人生活、このあとどんな未来に繋がるのかは皆目見当がつきませんが、「楽しい」を選んだ先の未来です。きっと、楽しいことが待ってるに違いありません。
妊娠は、ただいま8ヶ月目を迎えております。3月の出産までは元気いっぱい動けるぞ!…というわけでもなさそうで、身体はどんどん重くなり、家のなかの移動さえも億劫、今は新しい生活スタイルに向けて、日々昼寝をむさぼりながら模索を重ねているところーー
そうそう、できれば1月から2月にかけて、お世話になったみなさんにご挨拶にうかがいたいな〜と思ってます。あのお店も、このお店も、あのひとにも、このひとにも会いたい。ワインは飲めないけど、本当に大事なひととはワインがなくたって会いたい。とはいえ、今の活動限界が1日5時間くらいなので、なんとかひとりひとり、お会いできるといいんだけど…みんな、もうまとめてうちに来ない?
そして3月以降は、いったん子育てに専念します。あたしはキャパが小さいし比較的不安が高いので、いっぱいいっぱいになることはもう、目に見えている。いやもう、こんなにも目に見えることってないぞ、というくらいは目に見えてる。みなさんも覚えておいてください。なるほど、いっぱいいっぱいとはこういうことか!ってなります。ほんの数カ月後には…
ワインへの復活はお腹のひとのいろんなこと次第ですが、いろいろ条件が整えば夏くらいには復活…できるといいなぁ。どうかなぁ。「復活したら一緒にワイン飲もう!」と言ってくれたお友達、ママ友として声をかけてくださってる業界の先輩たちのおかげで、未来にちょっとだけ希望をもってお店を閉じることができました。ここで育まれたご縁はこの先も続いていくし、新しいスタイルのわたしになっても、まだまだワインとは付き合っていけるんだ…っ!
という感じで、まとめてはみたもののなんの抱負も定められそうにない2025年ではありますが、今年は「受け入れる/ゆるす/諦める」ことを目標にしたいと思います。
なんて消極的!!!
…というわけではなく、自分でコントロールできない事象に対する耐性の低いわたしが、さらには、もっとも苦手な「予定の変更」ばかり起きる子育てに踏み入れるにあたっての、合言葉みたいなものです。受け入れよう、ゆるそう、そして、諦めよう…
積極的に受動的になる、意志を持って流される、そういう1年を頑張ろうと思います。積極的な消極化、と呼んでもいいかもしれません。思い通りにならないこととどうやって折り合いをつけていくか。そんなことにぶつかる年になりそう。
でもできれば……1度でもいい、旅に出たい。これは、先の見通しが持てない今の唯一具体的な「目標」です。ワインのある場所がいいなあ…!
なにはともあれ、まずは無事にお腹のこどもが育ってくれることを願いつつ、引き続き夫婦二人三脚で頑張っていきたいと思います。
2024年、noteを読んでくださったみなさまありがとうございました。どうぞ2025年も、なにとぞよろしくお願いいたします!

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