【わが子の未来をのぞく、6年間の物語】桜丘中学校:白すぎるブレザーと、私の6年間 ― 桜丘で見つけた「本当の自分」
こんにちは。わが子の幸せを願い、日々中学受験という高い壁に一緒に立ち向かっている保護者の皆さま、本当にお疲れ様です。
偏差値、大学合格実績、施設、カリキュラム……。 膨大なデータを集めれば集めるほど、「この学校の制服を着たわが子は、どんな顔をして6年間を過ごすんだろう?」と、ふとした瞬間に想像してみたことはありませんか?
数字やパンフレットの言葉だけでは、お子さまが実際に教室で笑い、悩み、成長していく「体温のある日常」まではなかなか見えてきません。
そこでこの記事では、AIが分析した校風や教育環境、そして在校生たちのリアルな声を土台にして、入学から卒業までの「6年間の成長ストーリー」を描き出しました。
読み進める際は、ぜひ今、目の前で一生懸命に机に向かっているお子さまの姿を、この物語の主人公に重ね合わせてみてください。
合格はゴールではなく、素晴らしい物語の始まりです。 データだけでは決して見えてこない、わが子の「未来の笑顔」を、一足先にのぞいてみませんか?
桜丘中学校(共学校)
陽葵(ひまり)の場合
白すぎるブレザーと、私の6年間 ― 桜丘で見つけた「本当の自分」
入学前の不安:数字のレッテルと、まだ見ぬ「私」
「ねえ、本当に行けるんだよね? 私」
鏡の前で、まだ少し肩幅が合っていない紺のブレザーを羽織りながら、私は自分自身に問いかけた。返事はもちろん、ない。
私の名前は陽葵。小学校の頃は、自分でも言うのは少し恥ずかしいけれど、クラスのムードメーカー的な存在だった。ダンスを習っていて、運動会の応援団長もやった。明るくて、友達も多くて、勉強だって塾のテストで名前が載るくらいには得意だった。
でも、中学受験の結果は、私の期待通りにはいかなかった。第一志望には届かず、私の進学先は「桜丘中学校」に決まった。
正直なところ、合格をもらった瞬間はホッとした。でも、塾の先生からもらった「日能研R4偏差値=40」という数字が書かれた資料を思い出すたび、胸の奥がチクッと痛んだ 。
「偏差値40の学校って、どんな子が通うんだろう」
「私は、もっと上の学校に行けるはずだったのに」
そんな失礼な考えが、頭をよぎることもあった。ネットで調べると「お得校」とか「コスパ最強」なんて言葉が並んでいるけれど、当時の私にはそんな大人の事情はどうでもよかった 。ただ、自分の価値がその「40」という数字に決められてしまったような気がして、怖かった。
お母さんは、「陽葵にぴったりの学校だと思うよ。ICTも進んでいるし、何より雰囲気が明るいじゃない」と言ってくれる。でも、私は素直に頷けなかった。
私の性格は、明るいけれど、一度落ち込むとどこまでも沈んでしまう「波」がある。小学校の卒業式が終わってから、私はその「沈んでいる時期」の真っ只中にいた。
「王子駅から徒歩7分。明治通りを歩くんだよね」 何度もパンフレットの地図をなぞる。飛鳥山公園のそばにある、都心だけど緑が多い場所 。
「ダンス部、あるかな」 資料をめくると、あった。活発に活動しているみたいだ。少しだけ、心が動く。でも、すぐにまた不安が覆いかぶさってくる。
「友達、できるかな」
「勉強、ついていけるかな」
「ていうか、私、この学校で笑っていられるのかな」
新しい制服は、驚くほど真っ白なシャツと、しっかりした生地のブレザーだった。それを着ている自分を鏡で見ても、まだ他人事のようにしか思えなかった。
入学式まであと一週間。私は、塾の教材を全部段ボールに詰め込んだ。もう「数字」を追いかける毎日は終わりだ。でも、次に何を追いかければいいのか、12歳の私にはまだわからなかった。
ただひとつ、確かなこと。それは、王子駅に向かう京浜東北線の電車に、私はもうすぐ乗らなきゃいけないということだけだった 。
入学直後の戸惑い:iPadと、12歳の「個」の始まり
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