さようなら、資本主義(モデルチェンジ)を否定したバイク
まえがき
こちら…というかいつもそうですが、このNoteは筆者の独断と偏見、イデオロギーに満ち溢れておりますので、内容について相当バイアスがかかっている点を予めご了承ください。
また、いつもに増して冗長な内容となっており書き始めの想定を大幅に上回るボリュームとなってしまいました。申し訳ございません。
(チャッピーに相当量添削させております)
とりあえず折角なので、愛すべき、そして偉大なるスズキ聖遺物の軌跡をここで振り返っていきましょう。
スズキV-Strom650が生産終了しました(結構前だけど)。
22年の歴史に幕
2003年の初代発表以来、22年に渡って販売されたスズキの名車『V-Strom650』が、昨年(2025年)をもって生産終了しました。

こと日本においては、長らく「ミドル排気量」そのものへの無理解や、そもそもアドベンチャーバイク不人気も相まって、不遇な時代が続いた車種でした。
初代は正規販売されず逆輸入のみ。しかし2代目の途中からは継続して国内正規販売が行われ、特に3型(2017-)はADV人気の高まりもあって、それなりにヒットしていた印象があります。
それにしても、基本的なパッケージをほとんど変えないまま22年間販売され続けたというのは、他メーカーで考えてもかなり稀有な存在ではないでしょうか。
もちろん現在は事実上の後継車種も販売されています。しかし、それでも一抹の寂しさを禁じ得ません。
何せ国産車どころか、世界全体を見渡しても「水冷90°Vツイン」という存在自体が、もはや絶滅危惧種ですから。
なお、エンジンを共有するSV650/Xも同じく販売終了。スズキの“645cc水冷Vツイン時代”そのものが、ここで一区切りを迎えたと言っていいでしょう。※(2026年に後継車種SV-7GX発売で延命確定しましたすみません)
世界中で愛されたVツイン
このバイクを語る上で外せないのが、「海外市場で異様なほど愛されている」という点です。

欧州や北米では、初代登場以来SV650と共に非常に高い評価を受け続けており、その人気たるや、同型エンジン搭載車だけで累計20万台以上売れたとも言われるほど。
レビュー記事やインプレッションも海外発のものが圧倒的に多く、しかも内容はほぼ肯定的。
それも単なる“優等生評価”ではなく、「このバイクが好きだ」という熱量込みで語られているものが非常に多いのです。
さらに興味深いのが、プロのレビュー以上に“実ユーザー”からの支持が異常に厚いこと。
Youtubeのコメント欄、Reddit、StromTrooperを始めとした海外フォーラムでは、今なおV-Strom650について毎日のように議論が交わされています。
「このバイクで○○まで旅した」
「20万km超えた」
「事故ったけど走って帰れた」
「結局またV-Stromに戻ってきた」
そんな思い出話と共に、このバイクへの賞賛が延々と語られている。
それを読んでいるだけで、同じバイク好きとして妙にほっこりしますし、「ああ、本当に愛されているバイクなんだな」と実感させられます。
アルペンマスター V-Strom650
V-Strom650を語る上で欠かせないのが、ドイツのMotorrad誌による名物企画『アルペンマスターズ』です。

これは世界中の様々なジャンルのバイクを集め、アルプスの峠道を舞台に「最強のツーリングバイク」を決める超過酷テスト企画。単純な速さではなく、“総合力”が問われることで有名です。
そして2005年、V-Strom650はその記念すべき初代チャンピオンに選ばれました。
当時の本命はBMW R1200GS。しかしV-Strom650は予選でそれを破ると、決勝でもBMW R1200RTを撃破。ダークホース扱いだったミドルクラスのスズキ車が、まさかの総合優勝を果たしたのです。
もちろん快適性や絶対的なパワーでは大型勢に及びません。
しかし、テストで最大評価を受けたのは
「どんな状況でも、臆することなく、自分の思った通りに操れる」
という点でした。
狭く、急勾配で、路面状況も悪いアルプスの峠道において、“怖くない”“自然に曲がれる”という感覚は何より重要だったのでしょう。
以来、V-Strom650は「アルペンマスター」の異名で語られるようになります。
(参考リンク ①予選 ②決勝)
なぜここまで愛されるのか
このバイクの魅力を一言で説明するのは難しいのですが、あえて言うなら「値札からは想像できないレベルで完成度が高かった」
これに尽きると思います。
つまり、とんでもないコストパフォーマンスバイクだった。
・癖がなく扱いやすい車体
・必要十分どころか十分以上のパワー
・適度な雑味とロマンを兼ね備えた90°Vツイン
・滅多に壊れない頑丈なエンジン
・過剰なほどしっかりしたシャシー
・20年以上作り続けられた安心感
・そして何より“安い”(少なくとも海外では)
この“安さ”は、単なる廉価という意味ではありません。
むしろ逆に、このバイクの価値を押し上げる大きな要因になっていたと思います。
理由は単純で、「ユーザー数の多さに繋がった」からです。
ユーザーが多い。
だから情報が集まる。
カスタムも流行る。
旅の記録も増える。
コミュニティが生まれる。
つまり“文化”になる。
海外SNSを見ていると、V-Strom650はもはや単なる車種ではなく、一種の生活インフラみたいな扱いを受けている節すらあります。
しかも重要なのは、「安いだけのバイクではなかった」ということ。
北米では“安くてそこそこ速い”だけでも売れます。ですがV-Strom650は、目の肥えた欧州ライダーにも高く評価されました。
スズキは正直、ディテールの質感や素材感は“値段なり”な部分もあります。ただし、「走り」と「耐久性」は明らかに値段以上だった。
コストが安くても、“走る体験の価値”だけは絶対に妥協しない。
その思想が、ハンドリング、燃費、日常性能、積載性、長距離適性といった、欧州ライダーが重視する細かな部分にちゃんと現れていた。
だからこそ、世界中で長く愛されるバイクになったのだと思います。
もちろん、欠点が無いわけではありません。
ある意味では、「全科目70点以上」の万能型、器用貧乏タイプ…
何でも出来るが、何か一つで100点を叩き出すタイプではない。
ですが、通勤、通学、買い物、ロングツーリング、キャンプ、峠、タンデム――そういった“日常の全部”を高水準で受け止めてくれる懐の深さこそ、欧州圏ではむしろ積極的に愛された理由だったのでしょう。
なぜ生産終了するのか
理由としてはシンプルで、やはり排ガス規制です。
Euro3→4→5と厳しくなる規制をその都度乗り越え、モデルチェンジや細かな改良で20年以上延命してきましたが、ついに「Euro5+/6」世代には適合させず、生産終了という道を選んだようです。
正直、“できなかった”というより、“しなかった”が正しい気がします。
日本メーカーのバイクは、欧州や日本で規制アウトになっても、規制の緩い北米や豪州では継続販売される例が珍しくありません。
ですがV-Strom650は2026年モデルが北米でも発表されませんでした。
つまり、本当に終了です。
背景として大きいのは、やはり事実上の後継車種が既に存在していることでしょう。
GSX-8系エンジンをベースにしたV-Strom800/DEは2023年に登場。

スズキとしても久々の完全新設計エンジンであり、30年近く使い続けた645ccVツインから世代交代するのは、ある意味当然とも言えます。
ただし、やはり少し引っ掛かる部分もあります。
新型800は“並列2気筒”なのです。
もちろん性能は素晴らしい。実際、V-Strom800は2023年のアルペンマスターにも選ばれています。
ですが、こと「90°Vツイン」という存在そのものにロマンを感じていた側の人間としては、どうしても時代の変化を感じてしまう。
もっとも、完全消滅ではありません。
昨年のEICMAでは、SV650ベースの新型ロードツアラー『SV-7GX』も発表されました。

つまり、あの名機645ccVツインは、少なくとももう少しだけ生き延びるようです。
V-Strom650の思想やアイデンティティは、V-Strom800とSV-7GXへ分家する形で、これからも受け継がれていくのかもしれません。
V-Strom650ってどんなバイク?
さて、ここで改めてV-Strom650というバイクそのものを振り返ってみましょう。
【スペック】
※恐縮ながら2型(2012〜)のもの
・水冷90°V型2気筒 DOHC4バルブ
・645cc
・最高出力:66ps(49kw)/8800rpm
・最大トルク:6.0kg・m(59N・m)/6500rpm
・装備重量:214kg
・燃料タンク容量:20L
・シート高:835mm
・F:110/80R19
・R:150/70R17
数値だけを見ると、現代基準ではそこまで突出したスペックには見えないかもしれません。
ですが、このバイクの恐ろしい所は、“数字に現れない部分”の完成度でした。
ヒストリー
V-Strom650(DL650)が登場したのは2003年。
前年に発売されていた兄貴分、V-Strom1000(DL1000)の流れを汲みつつ、フレームや外観の一部を共有。そして心臓部には、1999年デビューのSV650用645ccVツインエンジンが採用されました。

ちなみにここでピンと来た人は、かなりのスズキフリークです。
「同じ車体に排気量違いエンジンを載せる」という構成、実は後のSV1000/SV650にも通じる、当時のスズキの定番手法でもありました。
ただし少しややこしいのが、V-Strom650はSV650から派生したように見えて、実は登場タイミング自体はV-Strom側の方が少し早いという点。
つまり…
TL1000 → V-Strom1000
SV650 → V-Strom650
という流れではあるのですが、SV1000とV-Strom1000もほぼ同時期の存在であり、実態としては“TL1000の血統から枝分かれした兄弟”みたいな関係性だったりします。
……比較的どうでもいい話ですが、こういう変な系譜を追い始めると止まらなくなるのがスズキの怖いところです。
話を戻しましょう。
V-Strom650は、発売直後から非常に高い評価を獲得します。
求めやすい価格。
扱いやすいエンジン。
異様に自然なハンドリング。
そして何より、滅多に壊れない。
結果として欧州と北米を中心に世界中でヒットし、長く愛されるロングセラーバイクになっていきました。
初代モデルは細かなアップデートを繰り返しながら、2010年まで販売が継続されます。
特に2006年モデルではABS追加やECU周辺の改良など比較的大きなアップデートが行われており、海外では“実質1.5世代”のような扱いを受けています。
実際、欧州中古市場でも06〜モデルはいまだに人気が高いようです。
そして2011年。
V-Strom650は第2世代へ進化します。

外観をリファインしつつ、エンジンはグラディウス用ユニットをベースに改良。シャシーも見直され、さらに6kgの軽量化まで達成しました。
つまり“キープコンセプト”ではあるのですが、実際はかなり真面目にブラッシュアップされています。
そして2013年、ついに日本国内でも正規販売が開始。
さらに2015年には
■スポークホイール
■クチバシフェンダー
■アンダーガード
などを追加した上位グレード『XT』も登場しました。

ただ、当時の日本ではまだADVブーム前夜。
今でこそアドベンチャーバイクは完全に市民権を得ましたが、当時のV-Stromはどちらかというと“変わり種”扱いで、商業的に大成功とは言い難い存在でした。
その代わり、値段はめちゃくちゃ安かった。
結果として「値段に対する内容がおかしい」という、いつものスズキ現象が発動していた記憶があります。
そして2017年。
V-Strom650は3度目にして、最後のモデルチェンジを受けます。

基本構成はそのままに、先行して登場していたV-Strom1000譲りの外観デザインへ刷新。
さらに
・トラクションコントロール
・ローRPMアシスト
など、現代的な電子制御も追加されました。
もっとも、電子制御と言ってもかなり控えめです。
「大幅なコストアップの要因にならないよう、必要以上に電子制御まみれにしない」という、ある意味スズキらしい絶妙な塩梅だったようにも思います(推測だけど)。
また、この3型への移行が比較的早かった背景には、欧州環境規制「Euro4」の存在も大きかったのでしょう。
排ガス規制への対応も含め、細かな部分には割と手が入っています。
その後、2020年にはさらに厳しい「Euro5」へ移行。
V-Strom1050が大幅刷新される一方で、650は基本構成を維持したまま延命され続けました。
そして2025年。
さらなる規制強化「Euro5+」を前に、22年の歴史へ幕を下ろすことになります。
22年間変わらなかった本質
【エンジン】
V-Strom650最大の核と言えるのが、この645cc水冷90°Vツインです。
元を辿れば1999年デビューのSV650用ユニット。途中何度も改良を受けながらも、基本設計自体はほぼ変わらないまま使われ続けました。

このエンジン、元々はTL1000で培われた“スポーツVツイン”のノウハウが色濃く反映されています。
ただしTLのようなピーキーさはなく、全体としては非常に扱いやすい。
しかし実際に走らせると、Vツイン特有のサウンドを伴いながら、中速域からは「本当に650ccか?」と思うような太いトルクで前へ出る。
しかも環境によってはリッター25km/L近い燃費まで叩き出す。
そして何より壊れない。
10~20万km超え個体も珍しくなく、“超過走行距離でも普通に生きてる”ことで有名なエンジンです。
現代では90°Vツインそのものが希少種になってしまったこともあり、このエンジンに対して妙な信仰心を抱いているスズキヲタクも少なくありません。
……はい、私もその一人です。
【シャシー】
そして、V-Strom650をV-Strom650たらしめている最大の要素が、このシャシーだと思っています。

メインフレームはアルミツインスパー。
しかも、よくある廉価バイク的な“鋳造お皿フレーム”ではなく、昔のレプリカ/SSよろしくプレス・押し出し中空パイプ材の溶接と、かなりしっかりした構造をしています。
(注:最近のヤマハよろしく、スズキもアルミ鋳造フレームは良く使っていたのでそれ自体を否定するものではないです)
フレーム単体で見ると、「本当にこれ100万円以下の量販ツーリングバイクか?」とちょっと引くレベル。
V-Strom650のハンドリングの良さは、この“過剰気味に本気なフレーム”がかなり大きく効いているのではないでしょうか。
初代で1000との共用設計(これはSVにも通ずる)だったことが好走してミドルクラスらしからぬ贅沢なシャシー構成になりました。
今思えば、ユーザー側からするととんでもなくラッキーな話だったのではないでしょうか。
現代のバイク業界は完全に“パラツイン+鋼管フレーム時代”です。
並列2気筒をストレスメンバー化し、必要最小限のスチールフレームで成立させる。
これはもう、良い悪いではなく現代バイクの超標準設計と言っていいでしょう。
しかも最近のパラツインは本当に良く出来ています。
270°クランクによってVツイン的な鼓動感やトラクション感も再現され、性能面でも不満は少ない。
さらに鋼管フレームも、設計技術や解析技術の進歩によって、軽量かつ十分な剛性を実現しています。
つまり、決して“退化”している訳ではありません。
むしろ「必要最小限のコスト、材料で最大限の性能を引き出している」点において合理性としては、完全に正しい。
なのでアルミフレームやVツインにロマンを感じるような発言をすると、「時代遅れ」「懐古主義」と総ツッコミを受けたりもします。
……まあ、それも分かるんです。
分かるんですが。それでも、やっぱり思ってしまう。
バイクって、趣味の乗り物なんですよ。
効率だけでは語れない。
感情や感覚、“好き”で選ぶ乗り物だと思うんです。
だから、現代では“無駄”とされる構造に、どうしてもロマンを感じてしまう。
90°Vツイン。
アルミツインスパーで必要以上に頑丈なシャシー。
そういう“合理性だけでは説明できない部分”に、妙なエモさを感じてしまうのです。
……ほぼ個人の感想ですがorz
ただ実際、V-Strom開発陣もシャシーには相当苦労したようです。
2代目国内発表時、開発者インタビューで「V-Stromで最も苦労したのはシャシー開発だった」と語られていました。
(まぁエンジンはTL/SVのそれありきだったので、それの開発に全てかかっていたともいえる)
特に初代1000では相当苦戦したらしく、そのノウハウを活かして650では理想的なバランスを実現できたとのこと。
その結果として、“誰でも自然に乗れるハンドリング”が生まれたのでしょう。
もっとも、モデル中期には「MCしても全然変わらないバイクに失望感もある」として海外雑誌メディアに皮肉られたりもしていました。
初代から8年以上大きく変わらず、2代目も中身はキープコンセプト。
そりゃ言われます。
ですがスズキは、そんな評価も尻目に、結果的に2025年までこのパッケージを擦り続けました。
面白いことに、2020年代頃からは逆に「20年以上ほぼ変わらず作られている=完成されている証拠」
として、海外SNSではむしろ賞賛されるようになっていきます。
そして気づけば、
■全年式だいたい同じ
■壊れない
■中古が大量にある
■しかもめっちゃ安い
という理由から、“中古を買え”と積極的に勧められる始末。
新車を売りたいメーカーからすると、割と本末転倒です。
つまりV-Strom650は、
「完成度が高すぎる」
「耐久性が高すぎる」
「進化が緩やかすぎる」
が故に、“買い替え需要を生みにくい”という資本主義的矛盾を抱えてしまったバイクでもあったのです。
そして私は、ここにV-Strom650最大の面白さがあると思っています。
■変えられなかったのか
■変えたくなかったのか
それは恐らく、両方だったのでしょう。
発売当時のスズキは、今思えばかなり“過剰”でした。
売れるか分からないミドルADVに、アルミフレーム。
90°Vツイン。
妙に本格的なシャシー。
合理性だけで考えれば、もっと簡素にも出来たはずです。
しかし、あえてそこにコストと時間…つまり『本気』を掛けた。
そしてリーマンショック以降、業界全体が合理化へ向かう中で、結果的にその“過剰設計”が二度と再現できないものになってしまった。
だからV-Strom650は単なるロングセラーではなく、「あの時代のスズキ」を象徴する聖遺物みたいなバイクだったのではないか――そんな風に思ってしまうのです。
完成された機械は変わらない。未完成の思想は進化をやめられない。
1908年、アメリカのヘンリー・フォードは、世界で初めてベルトコンベヤーによるライン生産で低コスト自動車の大量生産に成功します。

『モデルT』と呼ばれたこの車は、実用性の高さと、何より大量生産によって実現した価格の安さにより爆発的に普及し、生産終了する1927年までに累計1500万台以上が販売されたと言われています。
モデルTは、必要十分な性能を備えた“完成された”実用車でした。
そして興味深いことに、その基本設計は生産終了までほとんど変わりませんでした。
しかし、ライバルメーカーの台頭、そして市場への普及による“飽和”は、フォードにある決断を迫ります。
より優れた新型を出し、ユーザーに買い替えを促す。
――そう、「モデルチェンジ」です。
数年単位で現行モデルより優れた後継商品を投入し続けることで、市場に新しい需要を生み出す。この仕組みは自動車業界だけでなく、資本主義社会におけるあらゆる工業製品の基本構造になっていきました。
もちろん、その競争は多くの技術革新(イノベーション)も生みました。
バイク業界でも同様です。
特に80〜90年代のレーサーレプリカブーム、そして2000年代のスーパースポーツ全盛期においては、短いスパンでモデルチェンジが繰り返され、その度に性能は飛躍的に向上していきました。
ただ、ここで一つ思うのです。
近年の“進化”は、本当にユーザー体験そのものを向上させているのか? と。
もちろん電子制御や安全装備の進歩そのものを否定したいわけではありません。実際、恩恵を受けている人も大勢いるでしょう。
ですが近年のバイクを見ていると、スマートフォンの新機能のように
「それ、本当に必要だったのか?」
と感じる場面が少なくありません。
モデルチェンジとは本来、“より良い体験”を生み出すための進化だったはずです。
しかし現代では、
■生産合理性
■利益率の向上
■規制対応
■商品サイクル維持
そういった“メーカー側の都合”が、進化の主要因になっている場面も増えているように感じます。
そして、ここが重要だと思うのですが――
モデルチェンジとは、本質的には「現行モデルが未完成である」ことを前提に成立する仕組みです。
今後改良する余地がある。
弱点がある。
次世代で進化する余白がある。
だからこそ、新型を出し続ける意味が生まれる。
逆に言えば、本当に完成度の高い道具は、大きく変わる必要がありません。V-Strom650は、まさにそういうバイクだったのではないでしょうか。
20年以上ほぼ同じ思想、同じパッケージで売られ続け、それでも世界中で愛された。
しかも皮肉なことに、耐久性が高すぎる。完成度が高すぎる。中古市場も豊富。
だからユーザーが新車に乗り換えない。
本来メーカーにとって理想であるはずの“完成度”が、逆説的に「買い替え需要を生まない」という資本主義的矛盾を起こしてしまったのです。
優れた「製品」ではあるが、売り手側からして良い「商品」ではないバイク
それはV-Strom650だったと言えるかもしれません。
(これはスズキの他のバイクにも言えるかも…次項にて)
良い商品は売り上げを上げる面で株主やメーカーの役員には喜ばれるかもしれません。ですがユーザーが求める、ユーザーから評価を得られるのは圧倒的に『良い製品』の方ではないでしょうか。
ミレニアム前後に栄華を極めたスズキのエンジニアリング
ここまでV-Strom650に焦点を絞って語ってきましたが、ここで少し視野を広げ、当時のスズキというメーカーそのものについて触れていきたいと思います。
22年間、本質的なモデルチェンジをほとんど行わなかったV-Strom650ですが、実はスズキの大型ラインナップには、こうした“走る化石”のようなバイクが数多く存在しています。
しかしそれは、単なる古臭さではありません。
むしろ90年代後半〜2000年代中盤にかけて、スズキが異様な熱量で作り上げた“遺産(レガシー)”を、令和の今なお使い続けている――そう表現した方が正しい気すらします。
■V-Strom1050

言わずと知れた650の兄貴分。
先に書いた通り、650とほぼ並行開発で2002年にデビューしました。
そのエンジンは、1997年に登場したスズキの名(迷)車 Suzuki TL1000S の系譜を受け継ぐものです。
ちなみに2013年頃まではシャシー構成も650にかなり近いものでしたが、後に専用アルミフレームへと刷新されています。
同時期にレース界を席巻した Honda VTR1000系のVツインは既に消滅して久しいですが、スズキだけはこの90°Vツインを実に約30年近くも大切に使い続けています。
2025年に弟分の650が生産終了した一方、1050はEuro5+対応まで受けて延命。
この事実だけでも、スズキがこのエンジンにどれだけ愛着と信頼を持っているかが分かる気がします。
元々TL1000は、Ducatiに対抗するVツインスポーツ、そしてSBK制覇を狙って生まれたマシンでした。
しかし結果としては、販売面でもレース面でも成功したとは言い難い存在でした。
……とはいえ、その魂は消えていません。
エンジンは形を変えながら今も生き続けています。
余談ですが、同系エンジンを搭載した Bimota のマシンがSBKで勝利したこともあり、TLプロジェクト自体が完全な失敗だったわけではないのです。
■GSX-S1000シリーズ

はい、私の愛車でもあるGSX-Sシリーズです。
元々は「GSR」の名で展開されていたスズキのストリートファイターシリーズで、筆者自身も過去にGSR750へ乗っていました。
そしてこのシリーズ最大の特徴は、エンジンです。
現行GSX-S1000に搭載されるエンジンは、2005年式 Suzuki GSX-R1000 の系譜を色濃く受け継いでいます。
いわゆる“K5エンジン”。
SBKを制し、「最強のリッタースーパースポーツ」とまで言われた時代の名機です。
実際、2005〜2008年頃のGSX-Rシリーズはレース実績、市販車評価ともに凄まじく、まさに黄金期でした。
さらに遡ると、このK5系エンジンの原典は2001年式の初代GSX-R1000。
しかもその初代R1000自体、当時のGSX-R750エンジンをベースにボア・ストロークアップしたものです。
つまり現在のGSX-S1000のエンジンは、設計思想レベルまで遡れば90年代半ばのGSX-R750へ辿り着く。
令和最新の大型ネイキッドでありながら、中身は90年代スズキの狂気と情熱を受け継ぐ“古代兵器”なのです。
■GSX1300R 隼

言わずと知れた、“世界最速”を手にしたスズキの象徴。
そしてある意味、「見たまんま」のバイクでもあります。
1999年の初代登場以来、現行3代目に至るまで、基本パッケージは驚くほど変わっていません。

3代目開発時には、ターボ化や完全新設計なども検討されたと言われています。
しかし最終的には、初代の思想そのものが踏襲されました。
つまり隼とは、
「完成されすぎていて、大きく変える理由がない」
という、極めてスズキらしい存在なのです。
V-Strom650以上に“原典”を保ち続けている、メガスポーツの王にしてスズキ最大のレガシーと言えるでしょう。
■当時のスズキの凄さと、そのレガシー
ここまで挙げた車種の多くは、90年代後半〜2000年代前半に開発され、中盤まで猛烈な勢いでブラッシュアップされてきたものです。
そして当時のスズキは、本当に“ガチ”でした。
MotoGP 優勝
Superbike World Championship 制覇
AMAでGSX-Rが無双
Suzuki Hayabusa が世界最速でギネス認定
Suzuki TL1000S が“近代最後のWidow Maker”(未亡人製造機)扱いされる
……など、枚挙に暇がありません。
日本では既にバブル崩壊後の不況に突入し、バイクブームも終わりつつあった時代。
にもかかわらず、スズキはまるで80年代〜90年代前半の熱狂を引きずるかのように、妙に本気なバイクを作り続けていました。(なんでなん?)
世界最速を作る
最強のGSX-Rを作る
SBKで勝つ
ついでに謎機構(ロータリーダンパー)を生み出す
後に各社が真似するデュアルスロットルを作る
……などなど。
今振り返ると、「商業合理性」だけでは到底説明できない開発があまりにも多い。
ある種のオーバーエンジニアリング。
あるいは、技術屋の狂気。
そういうものが、確かにあの頃のスズキにはあった気がします。
スズキのレガシーと生きる
現在、GSX-S1000を愛車とする筆者。
生活環境の変化もあり、以前ほど自由には乗れていません。
それでも、このバイクを大事にしたいと思っています。
なぜならGSX-S1000は、単なる最新バイクではなく、“在りし日のスズキ”を色濃く残したマシンだからです。
以前別記事でも書きましたが、筆者にとって“アガる”バイクとは、単なる性能や見た目だけではありません。
そのマシンが背負っている「物語(ストーリー)」込みで好きになっているのです。
そして最近ずっと思っているのが、
「90°Vツインを所有したい」
「つーかV-Strom650がめっちゃ欲しい」
という強烈な欲求。
もし今のGSX-S1000体制にV-Strom650が加われば、個人的な“スズキ遺産コンプリート欲”はかなり満たされる気がしています。
実際、20年以上前に設計されたバイクとは思えないほど、V-Strom650は今でも普通に“良いバイク”ですし。
そもそも筆者がスズキ沼へ完全に沈んだきっかけも、SV650Sでした。
なので思い入れもひとしおです。
どなたかV-Strom650を半永久的に無償レンタル、もしくは格安で譲っていただける方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください(笑)
おわりに
先に述べたような“オーバーエンジニアリング”は、何もスズキだけの話ではないと思います。
最近まで二輪レース界では、日本メーカー各社が文字通りしのぎを削っていました。
MotoGP、SBK、AMA――
世界中のレースシーンで、「どの日本車が勝つのか?」
という状況が、半ば当たり前のように続いていた時代です。
各社が威信をかけて開発競争を繰り広げ、その過程で生まれた技術や思想が、市販車にも惜しみなく投入されていました。
では、今はどうでしょうか。
MotoGPは欧州勢、SBKも欧州メーカー勢力が圧倒的となり、かつて世界を席巻していた日本メーカーの姿は随分と薄くなってしまいました。

もちろん現在のバイクは性能も品質も高く、電子制御や環境性能の面では当時とは比較にならないほど進化しています。
ですが一方で、かつてのような“狂気じみた情熱”や、“勝つために変なものまで作る”ような熱気は、どうしても薄れてしまったように感じます。
そして皮肉なことに、そうした合理化や商業主義化が進んだ現在のほうが、各メーカーの業績はむしろ好調だったりもします。
結局、現代ではレースの勝敗がそのまま販売へ直結する時代ではなくなったのでしょう。
それは企業経営として見れば、ごく自然で正しい判断なのだと思います。
ですが、日本のエンジニアリングの“強さ”や“偉大さ”を疑わずに育ってきた我々世代としては、やはり一抹の寂しさを禁じ得ません。
そして昨年、スズキの会長であった鈴木修氏がお亡くなりになりました。
個人的に、企業というものは上場会社であっても、最後は「誰が舵を取っているか」で色が決まると思っています。
特にスズキという会社は、良くも悪くも“修イズム”とも言うべき独特な思想を強く感じるメーカーでした。
それは単なる「安売り」ではなく、
『手の届く価格で、ちゃんと走る良いバイクを作る』
という思想です。
見た目や細部の質感では多少割り切っていても、
エンジン
シャシー
ハンドリング
耐久性
そういった“走るための本質”には、異様なくらい真面目に金と技術を投入する。
だからこそスズキ車は、世界中で「値段以上」と評価され続けてきたのだと思います。
V-Strom650が22年間愛され続けた理由も、結局はそこに尽きるのでしょう。
安い。
壊れない。
乗りやすい。
そして、何よりも
「ちゃんと乗って楽しい」
言葉にすると単純ですが、それを長年高いレベルで成立させ続けるのは、決して簡単なことではありません。
ですが今後、修氏亡き後のスズキが、より商業合理性や収益性を重視する方向へ舵を切っていく可能性は十分にあると思っています。
それ自体は現代企業として当然の流れですし、否定されるものでもないでしょう。
ただ、一人のスズキファンとしては、
「安いけど、ちゃんと良い(しっかり作ってる)」
という、あの独特なスズキらしさだけは失ってほしくないのです。
このまま静かに時代が移り変わっていくのか。
それとも再び、採算度外視で我々をワクワクさせるような“変態バイク”が現れるのか。
そしてスズキが、これから先も“スズキらしいスズキ”であり続けられるのか。
そんなことを考えながら、これからの二輪業界を見守っていきたいと思います。
