【美術展2025#62】彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術@アーティゾン美術館
会期:2025年6月24日(火)〜9月21日(日)
地域独自の文脈で生まれた作品への再考が進む近年の国際的な現代美術の動向とも呼応し、オーストラリア先住民によるアボリジナル・アートは改めて注目を集めています。2024年に開催された第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で、アボリジナル作家の個展を展示したオーストラリア館が国別参加部門の金獅子賞を受賞したことからも、その世界的な評価と関心の高さがうかがえます。またオーストラリア現代美術では、多数の女性作家が高い評価を得ており、その多くがアボリジナルを出自の背景としています。当館では2006年に「プリズム:オーストラリア現代美術展」を開催し、以降継続的に作品を収集しています。
本展は複数のアボリジナル女性作家に焦点をあてる日本で初めての機会となります。所蔵作家4名を含む7名と1組による計52点の出品作品をとおして、アボリジナル・アートに脈々と流れる伝統文化の息づかいを感じ取っていただくと同時に、イギリスによる植民地時代を経て、どのように脱植民地化を実践しているのか、そしてそれがいかにして創造性と交差し、複層的で多面的な現代のアボリジナル・アートを形作っているのか考察します。
アーティゾン美術館の展示室入口。
いつもの場所に置かれている《How High the Moon》。
私の中での名作椅子界の玉座。
とりあえず座る。

相変わらず座り心地は良くないが、この椅子にとってはそんなこと関係ないのだ。
今回の展覧会タイトルは「彼女たちのアボリジナルアート オーストラリア現代美術」。

「アボリジナルアート」に照準を絞った展示とのことだが、「アボリジナル」ってあまり聞いたことがなかった。
「Aborigini+nal=Aboriginal」で「アボリジニの」みたいな言い回しなのかと思ったのだが、
「アボリジニー」に差別的な響きが強いうえ、言語集団が分かれていたオーストラリア先住民の多様性への配慮から、近年のオーストラリアでは呼称としてほとんど使われなくなった。
とのこと。
そうなのか、そんなの初めて知った。
そもそも私には「アボリジニー」の差別的ニュアンスというのがどんな感覚なのかがわからない。
インドに行くと日本人は「ジャパニー」と声を掛けられるがそんなのとは違うんだろうなきっと。
私はその昔「アボリジニ」と習ったはずだし、近年までメディアなどでも普通に「アボリジニ」と呼称していたような気もするのだが最近は違うのかと思い、ちょっと知りたくなって高校地理の資料集をメルカリで調達してみた。

あれ、思いっきり「アボリジニー」だけど?
出版社によってスタンスが違うのだろうか?
それとも3年前のやつだから古い?
オーストラリア本国はどういうスタンスなのだろう。
在日オーストラリア大使館のHPを見てみる。

1行目に「アボリジニ」じゃん。
混乱が深まる。
「アボリジニ」案件の温度感については詳細がよくわからないのでなんとも言い難いが、昔からこういうのいくつも見てきた。
「ブッシュマン」や「インディアン」だって私が若い頃は普通の名詞だったがいつの間にやら差別的なニュアンスを含むということになっていた。
実際に差別的ニュアンスを含んで発言している人もいるのかもしれないし、差別的ニュアンスとして受け止めている当事者もいるのかもしれないが、少なくともここで私の言う「ブッシュマン」「インディアン」「アボリジニ」などに差別的意図は一切無いということを前提に話を進める。
明らかに侮蔑するような単語や言葉は当然使うべきでない。
だが、その解釈の範疇を広げすぎていわゆる「言葉狩り」のように何でもかんでも「差別」と追いやったところで「臭いものに蓋をする」だけで、それに変わる言葉が新たに生まれるだけだろう。
結局、言葉は使う側の理性や知性によって道具にもなるし凶器にもなる。
正しく使うにはその基盤に他者の文化、価値観、美意識等への関心・理解・尊重が欠かせない。
20年前の旅の終わりに考えた。
私はそこでゆっくりと長旅の軌跡を振り返った。
ここまでアジアの果て、そして世界の果てを目指して旅をしてきたが、私の見てきた場所に「世界の果て」は存在しなかった。
そこにあったのは私がそれまで知らなかっただけの、それぞれの場所で生きる人々一人ひとりの「世界の中心」だった。
世界はひとつではなかった。
生きる人々の数だけ世界はあった。
自分を中心に世界を見ているだけでは何も見えてこなかった。
この地球上では様々な環境の中で、価値観の違う60億を超える人々(※2004年当時の世界人口は約64億人)が、ぎりぎりの均衡をなんとか保ちながら生きている。
その自分とは違った価値観や生き方を理解したい。
たとえ理解しきれなくとも、せめて知識として知り、そして尊重したいと思った。
違うから面白い。
生きるって素晴らしい。
そんな当たり前のことをこの旅は改めて私に教えてくれた。
あの旅は私に色々と教えてくれた。
そして今、美術もまた私に色々と教えてくれる。
美術を通して自分とは違った価値観や生き方を理解したい。
たとえ理解しきれなくとも、せめて知識として知り、そして尊重したい。
そう思っている。
だが、異文化理解は一方だけがそう思っていても歯車は噛み合わない。
双方がそう思わなければ歪みや争いや無くならないだろう。
他者の文化や美術、価値観、美意識を正しく知ろうとしているか。
そして自分のアイデンティティとなる文化や美術、価値観、美意識を愛し護ろうとしているか。
受け入れるべきもの、護るべきもの。
真実と虚偽が入り混じる情報化社会の中、自分の目で見て、自分の頭で考えることが大切。
私は美術を通して世界の解像度を高めていきたい。
ノンギルンガ・マラウィリ

男性のみで継承されてきた氏族の伝統的な図像や聖地を女性である作者が描く。
その背景には氏族が直面してきた歴史が堆積する。

ジュディ・ワトソン




第三者による人為的な境界線が引かれた地図。
1897年9月4日付の地図を引用したもの。
この地の歴史の深淵が浮き彫りにされる。

ジャンピ・デザート・ウィーヴァーズ

砂漠地域のコミュニティに属する女性たちが運営し、作品の制作から販売まで行う社会事業。
砂漠に自生する草を主な素材にして伝統技法を用いて現代的な立体作品を制作し、コミュニティの日常を映像化する。

エミリー・カーマ・イングワリィ

白人の入植以降長く故郷に帰ることができなかった作家だが、1976年に先住民の土地権回復を目的とした法の成立によりようやく故郷に戻ることができた。
故郷は一貫して制作のテーマになっており、創造の源泉にもなっている。

イワニ・スケース

ブラックライトを当てるとウラン酸化物が反応する。
ウランは核兵器の原料となる。
それは冷戦期に作家の祖先の土地で行われたイギリスによる核実験と深く関わる。
作家は「オーストラリア先住民が白人の入植によって今も受けている影響と心的迫害を掘り下げるという政治的動機に基づき、個人的な感情を原動力として制作している」と公言している。

ジュリー・ゴフ


木には名前が焼き付けられている。
1800年代初頭に家族の元から連れ去られ、非アボリジナルと生活していたタスマニア・アボリジナルの子どもたちの名前とのこと。
親元から強制的に引き離される同化政策はなんと1970年代まで行われていたということに驚愕。

マリィ・クラーク

ポッサムとはオーストラリアに生息する、カンガルーと同じ有袋類に属する哺乳動物。
19世紀イギリス植民地時代に先住民の自由な移動と文化的慣習が禁じられたことによってポッサムの狩猟が難しくなり、ポッサムスキン・クロークの文化は途絶えた。
作品中の7つの形は作家に深い繋がりのあるコミュニティや場所の象徴とのこと。
赤色はアボリジナルのアイデンティティを示し、緑色はイギリスとアイルランドの繋がりを表しているそうだ。


この地域のアボリジナルの装飾具の材料としてかつて利用されていた葦の顕微鏡写真が並ぶ。
葦が持つ場所と空間の物質的な記憶を並べ、世界の複雑さを可視化する。

欧米の現代アートの文脈とは違う、いわゆるフォークアート的作品が多いので事前情報もなく初見だと真の意味や意義を読み解くことは難しいが、会場内の詳細なキャプションを読み込むことで歴史的文脈をある程度紐解くことができる。
だがそれを武器にするためには結局欧米の現代アートのルールに乗せなければならないという矛盾もまた浮き彫りにされていたように感じた。
いずれにせよ今までそれほど気にかけたことがなかったオーストラリア史だったが、これを機に少し調べてみようと思えたのは収穫のひとつだった。
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