【美術展2025#54】横尾忠則 連画の河@世田谷美術館
会期:2025年4月26日(土)〜6月22日(日)
様々な手法と様式を駆使し、多岐にわたるテーマの絵画を生み出し続ける破格の画家・横尾忠則(1936-)。1972年のニューヨーク近代美術館での個展開催など、早くから国際的な知名度を得てきた作家ですが、近年ではその息の長い驚異的な創造力が注目を集めています。
2023年春、からだの衰えに淡々と応じつつ、テーマも決めずに大きなキャンバスに向かううち、横尾の「連歌」ならぬ「連画」制作が始まりました。和歌の上の句と下の句を複数人で分担して詠みあうのが連歌ですが、横尾は昨日の自作を他人の絵のように眺め、そこから今日の筆が導かれるままに描き、明日の自分=新たな他者に託して、思いもよらぬ世界がひらけるのを楽しんでいました。
「連画」は、気づけば川の流れのなかにありました。遠い昔に郷里の川辺で同級生たちと撮った記念写真。そのイメージを起点に、横尾の筆は日々運ばれます。水は横尾の作品の重要なモチーフの一つですが、いま、その絵画世界は悠々とした大河となり、観客の前に現れるのです。さまざまなイメージが現れては消え、誰も見たことがないのになぜか懐かしくもある光景――生も死も等しく飲みこんで、「連画の河」は流れます。
150号を中心とする新作油彩画約60点に、関連作品やスケッチ等も加え、88歳の横尾忠則の現在をご紹介します。
「絵は、本当にわかりません。絵のほうが僕をどこかに連れていく。僕は、ただ描かされる。そのうち、こんなん出ましたんやけど、となる」
―横尾忠則(2023年6月)
とうの昔に巨匠の域に達しているのにまだまだ精力的な横尾氏。
88歳にしてその制作意欲は全く衰え知らずだ。
今回の展覧会は2023年にトーハク表慶館で行われた「寒山百得」以降の作品群。
自ら筆を握り、基本的に全て新作。すごいなあ。

プロローグ
1970年に篠山紀信が撮影した、横尾氏の故郷の同級生との集合写真
↓
その写真が収録された1992年刊行の写真集『横尾忠則 記憶の遠近術』
↓
その写真にインスピレーションを受けて1994年に制作された作品

そして今回の物語が始まる。


大型キャンバスに描かれた絵が時系列で並ぶ。
時に緩やかに、時に大胆に、連想ゲームのように次から次へとその姿を変えてゆく。


それこそ止めどなくイメージが降りてきてしまうから描かざるを得ないのだろう。
連画はメキシコへ。

メキシコからのマティス登場。

頭がコルクの謎のオーケストラみたいな人たちもいるな。

マティスからの草間彌生。

2024
自由だなあ。
そしてタヒチ。
タイトルそのまますぎ。

タヒチからの漫☆画太郎!
どうなっちまってんだよ!!

2024
図録を見るとイタリアの公園(地獄の口/ボナリオ・モンスターパーク)の写真が載っている。
そもそもこっちが元ネタなのか?

ってかタヒチはどこ行った?
自由すぎるだろ。
そして唐突にあの事件に。

2022/2024
イジっているわけではないのだろうけれど。
公立美術館でこのような絵が堂々と展示されるくらいにあの事件はすでに過去の近代日本史の1ページになってしまったのだな。
終盤では突如壺が登場する。

この「連画の河」の終わりには壺が描かれますが、なぜ壺かはわかりません。画家はしばしば自分が何を考え、何をしようとしているのかがわかりません。というか、その創造と行為に責任を取ることはできません。だから画家は描き続けるのです。
2025年2月 横尾忠則のアトリエにて
作家自ら「なぜ壺かはわかりません」と言っているのだから、そりゃー私なんぞになぜ壺かなんてわかるわけないのよ。
骨壺かな?

壺シリーズが続く。

そして大団円。

スケキヨかな?
直前に「犬神家の一族」を見たに違いない。
展覧会の最後、エピローグ的に自画像が掛けられる。

最後の作品にご注目。
図録に掲載されている最後の作品 NO.64 Self-Portrait は、見開きに2点の画像が並んでいます。実は、これで完成、と言われた直後に作品撮影をしましたが、翌週アトリエに行くと加筆されていました。作品を撮り直す際に、横尾先生は「せっかくだから2点並べたらいいよ。先週撮った作品はもうこの世に存在しない。存在しないものと存在するものが同居している本って、いいじゃない」
と。2回目に撮った作品画像はトリミングせず、撮影時の布やカラースケールが入ったまま、現場感をあえて残しています。

最後まで自由だった。
一枚一枚についてどうこういうのはきっと意味がない。
シリーズ全てで「連画の河」という一つの作品であり、そして2023〜25年の日記なのだ。
今回のシリーズは未完とのことだが、また明日から違うシリーズが始まるのだろう。
いや、始まるのではなく、連なっているのか。
「寒山百得」から「連画の河」へ。
そして明日へ。
なんなら1974年にインドへ行った時から。

いや、もっと前から、今まで。
そして明日へ。
横尾氏の作品全てが、横尾氏の人生そのものが、「連画の河」として脈々と流れているんだ。
横尾氏の生き様を見た。
良かった。
我が家にも横尾氏の作品が何点かある。
版画といえどもMoMAをはじめ各美術館にも収蔵されている作品と同じものだ。
改めて作品の前に立ってみる。
「連画の河」の細い支流が眼前にも流れていると思うと胸アツになった。

《RING RING BELLS》1988

《吉兆 鎮守氷川神社》1996

《TAJIMA》《MUTSU》1983
↑これのBEAMSコラボTが会場で売ってたけど高かったから断念…。
UTでやってくれないかな。
勢い余って我が家の御朱印帳は横尾忠則。
子供が生まれた時に川口まで御朱印をいただきに行ったのだ。


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