仕舞う人、建てる人 9
彼岸が明けた翌日、空はあいにくの曇り空だった。岡山霊園には、風の音がわずかに混じり、しつこく鳴く蝉の声と、草刈り機の音が断続的に聞こえていた。
霊園の斜面にある一基の墓石の前で、ワシは佐藤さんと、その娘さん夫婦と並んで立っとった。
正徳院の住職が読経を始める。静かに、一定のリズムで響く読経が、風の中に混ざっていく。そして、住職が経を収め、「お性根、抜かせていただきました」と静かに合掌したのち、ワシらは黙って頭を下げた。これで、この墓はただの石に戻った。
「はい、始めます」
職人の高野が、手にしたソフトハンマーで竿石を叩く。竿石と上台の継ぎ目はセメントで接着されているが、古いもんやから接着は緩くなっとる。カツン、と音がして、高野がゆっくりと体重をかけると、竿石がふっと動いた。
「いきます」
高野が合図を出すと、もう一人の職人の川原が慎重に手を添えて、ゆっくりと竿石を横に向けて、ロープをかます。そして、担い棒で担いで運搬機に乗せた。
「次、上台いきます」
同じようにソフトハンマーで叩き、少しずつ揺すって、土台の接着を外す。コツン、コツン、とハンマーの音が霊園に響く。墓が崩されていく様子を、佐藤さんとその娘さん夫婦は言葉もなく見守っていた。
下台を外すと、地面に四角く切り取られたコンクリート製の納骨室が現れた。ワシは軍手をはめた。
「お骨、上げさせてもらいます」
しゃがみ込み、納骨室に手を伸ばす。中に入っているのは、白い布で包まれた三体のお骨。関西では、骨壺ではなく、お骨をさらしの布に丁寧に包み、それを直接納骨する。
そっと手を添えて、布包みを持ち上げたが、底が朽ちとった。
「——お義父さんですね」
そう呟いて、お骨を新しい白布に包み直し、そっと用意した台に置いた。二つ目、三つ目も同じように扱った。お義母さんと、義理の妹さんやと佐藤さんは言うとった。これは儀式ではない。仕事や。けれど、やっぱり手を合わせてしまう。
お骨を上げたあとのカロートは、静かにその役目を終えた空洞みたいに、空っぽのまま口を開いていた。
ワシが立ち上がると、佐藤さんが帽子を取って、軽く頭を下げた。
「ありがとうございました……」
「いえ……こちらこそ、長い間、大事にされてきたんですね」
佐藤さんは何も言わんかった。ただ、目元が赤くなっとるだけやった。無理もない。旦那さんを亡くしてから、ずっと一人でご主人の家の墓を守ってきはったんや。娘さんは県外に暮らしとるし、いずれお墓を仕舞うなら、ご主人の三回忌の前に、お墓じまいをすることにしたんや。躊躇ったりもしたけど、ご主人のお骨も正徳院さんの合祀搭に、一緒に納骨しようと決めたそうや。
「——ほんまはな、ここに、主人も納骨して、もう少しお墓をこのまま置いときたかったんですわ」
佐藤さんがぽつりと、誰に言うでもなく呟いた。風が強うなってきて、草の葉がカサカサと擦れた音が重なった。
「せやけど、娘が嫁いでしもてね……。こっちに戻ってくるつもりはない言うてるし、孫も向こうで育ててる。——このままやと、誰も来んようになると思って」
ワシは黙って聞いていた。
「お父さん、可哀想やとは思いました。納骨もせんと、お家に置いていたんやからね。——でも、石だけ残しても、意味がないでしょう? 誰も来んかったら、そこはやっぱり空っぽの場所になるんですわ」
その声は、なんというか、責めるようでも、嘆くようでもなかった。ただ、時間の中で削られて丸うなった石みたいな声やった。
「正徳院さんが、供養塔に入れてくださる言うてくれはって。永代供養もしてくださる。ありがたい話ですわ」住職は、ワシの背後で静かに頷いていた。
「佐藤さん。供養塔は特別な場所です。銘板も、年忌法要もきちんと管理してますし、お盆と春秋の彼岸には、必ず読経をあげさせてもらいます。旦那さんもこれで安心しはるでしょう」
「はい……ありがとうございます、住職さん」佐藤さんは深く、頭を下げた。
娘さんのほうは、少し離れた場所で目を伏せて立っていた。婿さんは背筋を伸ばしていたが、どこか目を合わせることを避けているようにも見えた。たぶん、気まずいのかもしれん。墓を仕舞うというのは、どこか後ろめたさがついてまわる。
ワシは運搬機に積んだ竿石を見やった。今はただの石。けど、長年にわたって雨風を受け、家族を守ってきた証のようなもんや。
それを下ろして片付けるという作業には、何度立ち会っても、胸に残るもんがある。
「住職さん。お骨、これで全部です」ワシが白布の包みを渡すと、住職は丁寧に合掌し、両手で受け取った。
「ありがとうございました。それでは、これからご一緒に、寺まで」
「はい、お願いします」
佐藤さんが一歩、霊園の坂道を踏み出す。足取りは決して軽くなかったが、迷いはなかった。その後ろに、娘さん夫婦が続く。住職は最後に、ワシのほうを振り返って、静かに頭を下げた。ワシも同じように、深く頭を下げた。小さく見えたその背中が、坂の向こうに消えていく。
墓を建てるときも、墓を仕舞うときも、人は何かを選ぶ。それは「形」の選択でもあるし、「別れ方」の選択でもある。 どちらが正しいという話やない。ただ、そこに思いがあるかどうかや。
ワシは現場をひととおり片づけてから、ふと手を合わせた。空はまだ曇っていたが、わずかに光が差し始めていた。その光は、仕舞われた墓石の置かれていた場所に、静かに落ちていた。
——これで、ええんや。
ワシは小さく、そうつぶやいた。
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