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左目を開いたまま死ぬ 41

 萬祥寺での読経は、崇玄の兄である鷹司が行った。僧衣の襟元は整っていたが、その姿には、少しだけ疲労の色があった。本山から来た導師としての姿ではなく、弟を送る人間としての汗が、僧衣の下から滲んでいた。参列者の中には、本山社会部長の林彰仁の姿があった。痩身で背筋がまっすぐな人物だった。壇上に上がることはなかったが、彼がそこにいるだけで、この葬儀が「通常の送儀」ではないことが明らかだった。多くを語らず、多くを知っている者の沈黙だった。
 読経のあとの時間、本堂の空気は、誰もが何かを飲み込むようにして沈黙していた。鷹司は、祭壇の脇に立ち、弔辞を述べた。
「……弟、崇玄は、この地に赴任し、心身の調和を崩したのかもしれません。多くの方にご迷惑をおかけしました」そこで一瞬、言葉が途切れた。だがすぐに整えられた。
「今となっては、何が起きたのかわかりません」その言葉に、参列者の中の誰かが息をのみ、誰かが視線を伏せた。
 最後列、黒い長衣に身を包んだ女性の姿があった。フエンだった。その隣には、リデルがいた。髪を結っていたが、額のあたりに湿気を帯びていた。彼の顔には感情が浮かんでいなかった。そのリデルの隣には、李村サヨリが座っていた。
 彼女の顔には、化粧の気配がなかった。黒いシャツの袖口から覗く手首は、白すぎるほど白く透き通ている。
 本堂の中は妙に広く感じられた。空間そのものが大きくなったわけではない。人の数が少ないわけでもない。ただ、そこにある沈黙の量がいつもより多かった。沈黙の量というのは比喩ではなく、実際に音の密度が低い場所では人間の気配というものが平たくなる。そういう日がある。
 祭壇の前に置かれた棺は、真新しい木材の表面がほのかに光を返していた。光の質はくぐもっていて、正午を越えていても曇り空のままだった。湿気はなく、気温も高くなかった。ただ、空気が重かった。音を吸い込むような、浅い池の水底のような空気だった。
 出棺の前、花を手向ける時間が訪れた。
 参列者たちは、順に椅子を離れ、棺へと近づいていった。順番に一輪ずつ花を棺の中に落とす。それは別れというより、確認のようだった。何かを受け入れたのか、諦めたのか。誰も口には出さない。
 サヨリは、白い小花を手に持ち、静かに近づいた。崇玄の顔を見ると、一瞬だけ視線を止め、何かを読み取ろうとするように眉根をわずかに寄せた。花を置き、軽く頭を下げた。それだけだった。
 そして、沙希が立った。
 彼女の動きには迷いがなかったが、足取りは明らかに重かった。かかとの音が、静まり返った本堂の床に確かなリズムを刻んでいた。花は白い百合だった。長い茎を両手で支えるように持っていた。
 棺に近づくと、彼女は立ち止まり、崇玄の顔を見た。
 左目は、不自然に大きく開かれていた。黒目はわずかに上を向き、白目の面積が強調されていた。昼の光がそこにわずかに差し込んでいたが、瞳の奥には反射がなく、光をただ飲み込むように沈黙していた。感情はなかった。何かを見ようとした直前で止まったような硬直だった。
 右目は半ば閉じていた。まぶたの端だけが持ち上がり、眼球はわずかに内側に巻き込まれていた。瞳孔は小さな点でしかなかった。感情ではなく、機能が停止したことを知らせる記号のように収縮していた。
 沙希はその顔に、何の感情も乗せなかった。ただ見ていた。
 それは短い時間だった。
 やがて、彼女は百合の花をそっと棺の中に置いた。胸の位置に、他の花の間に、自然に納まるように角度を調整した。花弁が崇玄の頬に軽く触れた。
 その瞬間、崇玄の表情が動いたように見えた。
 もちろん、それは錯覚だった。死者の筋肉は動かない。感情も再生しない。ただ、見る者が何かをそこに映し出してしまうだけのことだった。見ることと見られることの境界が、時折にじむように。
 沙希は合掌しなかった。ただ、目を閉じた。
 そして、静かにその場を離れた。
 背を向けるとき、誰もが彼女に何かを言いかけたが、その言葉は声にならなかった。言葉の余白だけが、誰の足元にも漂っていた。
 扉が開き、外の光が入ってきた。
 夏の、特別でもない、ただの光だった。
 それでも、その光は棺の上をかすめ、崇玄の左目に、かすかな反射を残した。
 静かに、そこまでだった。

おわり

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中島亮 一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!