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仕舞う人、建てる人 4

 救急車のサイレンが聞こえてきて、赤の光がちらちらとワシの視界に入った。そして、救急隊員の一人が「ご協力お願いできますか?」とワシと田村に聞いてきた。
 救急隊員の言葉に、ワシは小さく頷いた。田村も微かに肩をすくめたが、事務所の奥で電話が鳴って「すみません」と言って電話に出る。
「状況を教えてもらえますか?」隊員が手帳を取り出し、淡々とした口調でワシに言うてきた。ワシはゆっくりと息を吐いて、「ええと、あの娘さん。中村さんというんやけど、今日、初めてうちの店にお墓の相談で来たんですわ」と言った。隊員はメモを取りながら「お墓の相談?」と聞き返してきよった。
「そうです。自分の墓を建てたい言うてな」隊員の手が一瞬止まった。それから、少しだけ視線を上げてワシを見た。ワシは「ワシも最初は驚いたんですわ」という顔をしてみせた。
「それで、話をしていたら、突然倒れたということですか?」
「まあ、そんな感じですな」ワシは顎をさすりながら言うた。「ええと、墓石のサンプルを触っとってな、どの石がええかとか、天下人にふさわしい石はなんだ? とかそんな話をしとったんやけど——」
「天下人?」隊員が軽く眉をひそめた。
「いや、そのへんの話はまあ、ええんですが」ワシは手を振った。「ほんで、急に様子がおかしゅうなってな。ふらっとよろけたんや」
「それで倒れた?」
「そうですわ」ワシは頷いた。「——店長はめちゃくちゃ焦ってましたね」電話に出ていた田村が戻ってきた。
「そらそうやろ。目の前で客が倒れたら誰でも焦るわ」田村は「まあ、それはそうですけどね」と言いながら、ちらりと隊員の手元のメモを覗き込んだ。「でも、本当に急でした。普通に喋っていたのに、いきなりですからね」と田村が言った。
「何か、彼女、体調が悪そうな様子はありましたか?」ワシは考えた。中村さんは最初から妙に落ち着いとったし、あの武将みたいな喋り方がどこまで本気なんかもわからんかったけど、少なくとも、具合が悪そうな様子はなかった。ワシが話そうとしたら、田村が「いや、そんな風には見えませんでした。顔色は普通でしたし、むしろ元気そうでしたよ」と説明した。
 隊員はしばらく黙ってメモを見つめていたが「わかりました。あと、患者さんの身元とかはわかりますか? 中村さんと言いましたね」ワシは「ええと、ちょっと待って」と机の上の、中村さんが書いた紙を持ってきた。隊員がそれをメモして、「ありがとうございます」と言った。ワシは「こちらからも、親御さんに言った方がええんでしょうか?」と口を挟んだけど、隊員は「いえ、こちらで確認します。大丈夫です」と静かに言って、手帳をポケットにしまった。
「我々はこれで」と緊急隊員が言った時、事務所の空気が急に湿っぽくなった気がした。夏の終わりやからか、どこかで蝉の声が途切れ、途切れに鳴って、店の中に音が入ってくる。
 白い車体が岡山霊園の並木道を抜けていったのを見送って、ワシはようやく深く息を吐いた。どっと疲れが来て、足の裏が鉛みたいに重うなった。事務所の椅子に腰を下ろしたら、ギシリと音がして、田村が少し離れたところからワシを見よった。
「……大丈夫ですか、店長」
 その声には、少しだけ優しさが混じっていた。ワシは頷いて、「なんか、えらいことになったな」と呟いた。
「本当ですね……でも、命に別状がなければいいんですけど」田村はそう言いながら、給湯室の方へ歩いていった。「お茶、淹れ直しましょうか?」
「ああ、そうやな……頼むわ」ワシはぼんやりと天井を見上げた。白い蛍光灯の明かりが、なんや心許ない。さっきまでそこにおった若い娘が、まるで風に吹かれて散った花みたいに、ふっといなくなってしもた気がして、胸の奥がざわついとった。
 机の上に残された彼女の筆跡を、ワシは手に取った。名前の横に、小さな文字で住所が書いてある。大津市膳所本町まで書いてあるのに、番地は抜けていた。
 あの娘の言うた「私のことは私が決める」という言葉。ワシにはまだ、それがどんな意味を持っとったんか、はっきりとはわからん。「自分の墓を建てる」なんてことを言い出す本意を知るのが怖なった。
 田村がお茶を持って戻ってきた。
「店長、ほら、どうぞ」
「おお、すまんのう」ワシは受け取って、口をつけた。よく冷えたお茶が胃の底にじわりと染みた。
 ふと、田村が言った。「……あの子、本当に誰にも相談せず、お墓を見に来たんでしょうかね?」
「わからん。ただ、あの言い方やと、たぶん誰にも言うてへんやろな。自分のことは自分で決める、ってな」
「……私、ちょっと思ったんですけど」
「なんや」
「彼女、何か……戦っとるんじゃないですかね。自分の命と」
 それは、言葉にしたくない事や。自分の命の終わりを知って、その限られた時間の中で、どう生きるか、どう死ぬかなんて切ないわ。
「……墓を建てるってことは、残すってことや」
「はい?」
「自分がこの世におったって証を、ちゃんと、形にして残す。——ワシらの仕事って、やっぱり、そういうもんなんやろな」
 田村は黙って、コップを両手で包み込むように持っておった。
「せやけど、お墓いうんは、参る人がいないと寂しいもんや」
 言葉を飲み込んで、ワシは窓の外を見た。蝉の声が、また一斉に鳴き始めた。今日の空はよう晴れとる。きっと、霊園の上も、同じような青空が広がっとるやろう。
 ワシは、ふぅ、と長く息を吐いた。

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中島亮 一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!