人のカタチ 一部 第四話
四
堀田邸の門は開け放たれていた。その前に小間と江津衆の若者数人がいる。
「……」
小間の顔に緊張が走った。何か良くない事の前兆を感じ取ったのかもしれない。
「失礼します。どなたかおられますか? 江津衆の小間春松と申します」
屋敷の中からは返事がない。何かを叩く音が響いている。それが止まり、次に新たな物音がした。幽鬼の息づかいのように、板敷きの軋む音が近づいている。小間達は無言のまま立ち尽くしていた。やがて、一人の男の姿が現れた。
「そんな……」
小間の声には力がなかった。目は虚ろで、表情も抜け落ちている。
「春松か」男は長い槍を肩に担いでいた。
小間は刀を抜き放った。それを見た他の者も一斉に刀を抜いた。
「俺に構わんほうがええ。こんならは斬りとうないんじゃ」小間が刀を抜いたのは、種冬の腰に堀田の首がぶら下がっていたから。
「一体何を?」
「見ての通りじゃ」
小間は唇を強く噛んだ。そして、目を閉じた。再び目を開けると、その瞳からは涙が流れ出していた。
「種冬様……何故です。一体何が起きているのですか?」
「黙って通せ」
「できません」小間は刀を構えたまま駆けた。挑むような表情の小間の心は、複雑だろう。
「やめとけ」種冬は槍を抱えたまま、それを操らない。小間の攻撃は、本人が空振りだと知覚するには時間がかかった。それほどまでに、種冬の動きは速い。
「こんならが束になってかかってきたところで、無駄死じゃけん」
いつの間にか、小間の身体が宙に浮いていた。何が起きたのか分からないうちに、彼は地面に叩きつけらる。他の者は刀を抜いたまま動けない。
「ぐっうぅ」
「春松。言うとったるがの、ワシもワシの理屈で動いとるんじゃ」一度、倒れた小間は立ち上がる。種冬の言葉など耳に入らない様子だ。
「やめとけ。 こんなではワシに勝てん」
「種冬様……」
物理的な接触がないまま、小間は崩れ落ちた。そしてそのまま倒れ伏す。その様子を見届けると、何もできない江津衆を尻目に、種冬は堀田邸から出ていく。種冬は右足のつま先をトントンと地に二度つける。すると、彼の姿は煙が分散するように消えてしまった。
屋敷の中の空虚が、納骨室のように云い知れぬ静寂に満たされている。息苦しいほどしんとした、がらんどうな室内は堀田の地位を象徴している。広い屋敷を与えられたのは、戦での功績と、政治手腕のなれ果て。抵抗は微小だったのだろう。荒れもせず、首のない堀田の亡骸が、広間で横たわっている。
「うぅ」小間が眼を醒ました。薄闇の室内で、天井をしばらく凝視して立ち上がった。
「種冬様は?」
「消えるようにいなくなりました」
小間は、江津衆の若者にこれまでの事を聞きだす。小間が意識を失っていたのはそれ程長い時間ではなかった事、城に使いを出して応援を要請している事を聞きだした。
「一足遅かったか」その言葉と共に、一人の武士が現れた。それは三本槍の一人山田浅右衛門。
「何があったんじゃ」
浅右衛門は背の高い男で、年齢は五十を超えているが、そんな年には見えなかった。総髪には白髪がなく、肌の色つや、身のこなしは三十代に見えた。浅右衛門の後ろには、二人の若い男がついていた。
「種冬」
江津衆の説明に対して、静かな低い声で浅右衛門は言ってから「堀田様の亡骸を丁重に運び出さんかい」と部下にそう言った。浅右衛門は無言のまま、思い出したように床の間の掛け軸を外した。その下には隠し扉があり、そこから地下に続く階段が現れていた。
「お前達は先に江津衆の番屋に戻っちょれ。そっちにも応援部隊が行っておる」浅右衛門は、江津衆にそう言い、彼は一人で侵入の形跡のない階段を降りる。小間と他の江津衆の面々は、浅右衛門に従って外に出て行った。
浅右衛門が階段を下っていくと、畳二畳分の空間に槍が置かれていた。
「種冬はこれを持って行かんかったか」浅右衛門は呟いた。それから槍を抱えて屋敷の外に出る。
「守一のところにワシも行く。ここは、おどれらに任した」浅右衛門は、おだやかに言ったが、言葉のどこかに怒りを含んでいる響きがあった。「どこで道間違えたんかのう」そう言って浅右衛門は小走りに城下を駆ける。
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一日延ばしは時の盗人、明日は明日……
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