仕舞う人、建てる人 6
田村はデスクに座り、キーボードを叩いとる。ワシがコーヒーメーカーのスイッチを入れると「店長、仕事、しないんですか?」と、いつもの調子で言ってきよった。
「ワシかて仕事してますがな」コーヒーメーカーがゴボゴボと小さな音を立てて、豆の香りが事務所の空気に取り始めた。
「コーヒーを淹れるのは仕事じゃないですよ」
「いや、ええ仕事するためには、適切なカフェイン摂取が必要なんですわ」田村は「そうですか」と適当に相槌を打ってから、モニターに目を移した。
「佐藤さんの墓じまいの件、どうなったんですか?」ワシを見ずに田村は訊いてきた。
「順調や。改葬許可も取ってきたし、あとはお性根抜きの日程の調整くらいや。お寺さんはいつでもええって言うてんやけど、佐藤さんは、彼岸が終わるまではお墓じまいしたくないそうや」
「なるほど」と田村が言った。いざ、その時が近づいたら、急に立ち止まるという事はよくある。お墓って、ただの石やなくて、そこに何かが宿っとる気がするからなおさらや。田村は少し考えていた。
「……店長、最近、忘れ物せぇへんですね」田村がふと、モニターから目を離して、ワシの方を見た。
「へぇ?」
「いや、ちょっと前までは見積もり忘れてるとか、職人さんへの連絡が抜けてるとか、けっこうありましたやん。最近、ちゃんとしてるなって思いまして」ワシは淹れたてのコーヒーを湯呑に注ぎながら、口元をゆがめた。
「そんなこと、わざわざ言わんでもええやんか……」
「いや、誉めてるんですって。珍しく」
「珍しく言うなや」そう言いながらも、悪い気はせんかった。カップを持って席に戻ると、田村がぽつりと言った。
「中村由衣さんのこと、ですか?」ワシは一瞬、答えるのをためらったけど、結局、静かに頷いた。
「……うん。あの娘のこと考えとったら、なんやな。ひとつひとつの仕事が、ちゃんと『向き合わな』あかんもんに思えてきたんや」田村は目を細めて、少しだけ笑った。
「店長、変わりましたね。——いや、もちろん、昔から優しい人やとは思ってましたけど、最近は……こう、一本、芯が通った感じがするんです」
「やめてくれや、そういうの……」ワシは照れ隠しで首をかく。
「でも、ええことやと思いますよ。知らんけど」
「……あの娘にな、もし、もう一度ここに来てくれる日があるんやったら……もっと丁寧に話を聞いてやりたい思うとる」田村は少しだけ頷いてから、言うた。
「その気持ち、忘れんといてください。お客さんは皆、人生の途中でここに来るんですから」ワシはその言葉に、思わずコーヒーを啜った。香ばしい苦みが、胸の奥にじわっと染み込んでいった。そうや。忘れたらあかん。お墓は石やけど、そこに込める思いは、生きた証や。
ワシらの仕事は、石を売ることやのうて、「思いを形にする」ことや。
「せやけど、お墓じまいの相談が増えたな」
ワシは窓の外を見た。 蝉の声が遠くで途切れ、途切れに鳴いて、夏の終わりらしい湿った風がカーテンを軽く揺らした。作った墓石をわざわざ壊して、お骨を別の場所に移す。ワシは作ったもんを否定するみたいで、お墓じまいという言葉を聞くと、胸の奥がざわざわするんや。せやけど、墓石業界は今、お墓離れで斜陽や。新しいお墓を建てる仕事が減って、お墓じまいが大事な収入源になっている。
「店長がお墓じまいを嫌がるのもわかりますよ」と田村が言う。ワシは黙ってコーヒーをもう一口飲んだ。
「石屋なのに、お墓なくす仕事してるって、変な話ですよね」
「せやけど、しゃあないんや」削って、磨いて、誰かのために建てたもんを壊す。そやけど、それも仕事や。お客さんかて、お墓じまいをしたくないのかもしれん。 石はただそこにあるだけや。 お墓を建てようが、仕舞おうが、石には関係ない。胸の奥のざわつきが収まらんまま、ワシは突っ立ってた。
「寿陵って言うとった」ワシはコーヒーをすりながら、その言葉を頭の中で転がしてみた。
寿陵とは生前に自分の墓を建て、長寿を願うこと。 昔から、縁起がええと言われて、中国の皇帝なんかがデカい墓を建てた。 まあ、そういう人らの本意はわからんけど、普通の人間が寿陵を意識してお墓を建てる事はほとんどない。ワシらがお客さんにこの話をする時は方便や。どこの石屋も、お客さんにお墓を建ててもらいたいから、寿陵の話をするんちゃうかな。ワシは、生きとるうちは、生きる事にお金を使ったらええと思ってる。余程、余裕のある人なら別やけどな。まぁ、寿陵にケチつけるわけやないけど。
「寿陵ねえ……」田村はメモ帳の端を指で弾きながら言った。
「ワシも冗談かと思ったんやけどな」
「でも、そんなの……普通、考えませんよね」
ワシは窓の外を見た。世の中のことはたいてい流れていく。自分がこの世に生きていた証を刻みたいと思う人もいれば、何も思わん人だっておる。
「自分が生きとることを実感するために、あの娘はお墓を建てたいって言うたのかもな」夏の終わりらしい風がカーテンを揺らして、床の影が微かに動いた。
「店長。そしたら、中村さんのお墓を建てるために、竿石を担いで坂を登るのですか?」と田村が訊いてきた。ワシはマグカップを手に持って、コーヒーの苦みを喉に流し込みながら、「せや。ワシが竿石を担ぐわ。こんなもん、軽いもんや。って、アホ。一人で担いだんは昔の話や」と言った。 田村が「ええっ!?」と目を丸くして「ノリツッコミですか? びっくりしました。今、竿石担いで登ったら、救急車が店長を担いで坂を下りますよ」
事務所の中はひっそり静まり返っていたが、田村の笑い声がその静かさをぶち破った。あの娘のために竿石を担ぐのがええことなんかは知らん。田村の笑い声を聞いとったら、なんか、どうでもよくなってきた。お墓を建てるために竿石を担ぐのも、お墓じまいの竿石を降ろすのも、お客さんの願いなんや。ワシはその両方を抱いて、この仕事をやっているんや。お墓を建てるのも、お墓じまいするのも、石の重さは一緒や。誰かを偲ぶための想い、自分の為の願い、そんな気持ちをワシらは担ぐんや。
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一日延ばしは時の盗人、明日は明日……
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