身辺雑記:なぜこの年齢でnoteをやろうと思ったのか
私は、このnoteを「身辺雑記」がメインで始めた。ところが肝心の「身辺雑記」を、明日で3週間になるというのに1本も書いていない。
敷居が高くてなかなか書けないままでここまできた。
しかし、とにかく一歩を踏み出さないといけないと思って書き始めている。
なぜ敷居が高いのか
その理由はなんだろうと考えた。
思い当たったのが、これまで投稿したすべてのnoteを「です、ます」調で書いていることである。
アドバイスに従ったからである。
しかし、私にとって、「です、ます」調は余所行きなのだ。
よそよそしいのだ。
だから気楽に書けない。
紀行文のように、あらかじめ読者を想定して書く場合には、「です、ます」調でも書ける。しかし、どちらかというと独り言で、必ずしも読者を想定していない場合には、「である」調の方が書きやすい。
よって、私自身の精神的な敷居を低くするために、身辺雑記は、当分「である」調で書いていきたい。
正直どちらの方がいいのかよく分からない。
ゼミOBの諸君が何名か読んでくれているようなので、コメントをもらえると嬉しい。
なぜ今さらnoteを始めたのか
私は、現在、71歳である。つまり、十分に老人である。
毎日介護と家事に追われて、まとまった時間がまったくとれない。
慣れない生活で心身ともにぐったりしているのも事実だ。
そんな私が、なぜ家事と介護の合間を縫ってnoteを書いているのか。
それは、最初の投稿で書いたように、学者になったのに、とうとう文章を書くことを習慣化できなかった、論文やエッセイを自由に書くことが出来なかったという忸怩たる思いがあるからである。
3週間前の最初の投稿。
今からおよそ20年ぐらい前からおよそ10年間、ひどい鬱に苦しめられた。
心療内科にも長く通った。抗鬱剤の量も多く、抗不安薬もたくさん飲んだ。
鬱になったのは、多分、いくつかの理由が重なったからだ。とにかく仕事がハードだったし、勤めの前半は、職場環境もひどかった。それだけでなく、私自身の内面について言えば、まともな研究が出来ていないこと、論文を思うように書けていないことに悩んでいた。それで悶々として、何日も眠れないことが多かった。
鬱に苛まれたということに関しては、「身辺雑記:少年老い易く学成り難し」に、過去の原稿を再録して詳細に書いた。
10年ぐらいの闘病生活の末、何とか寛解の状態にまで漕ぎ着けた。しかし、肝心の文章を書くということについては、全然駄目なまま定年を迎えた。
論文をまともに書けなかった。本をきちんと出せなかったということが、人生の悔いとして残っている。正直、このままでは死んでも死にきれないという思いである。
だからこそ、「お父さん、noteをやった方がいいよ」という息子の強い勧めに乗ったのである。
最後に
noteを始めることを契機に、何とか文章を書くことを習慣化したい。文章を書くことの敷居を低くしたい。その勢いで、これまで書いてきた論文を本の形にまで纏めたいと思っている。
研究論文一冊を何とか形にしたい。それができたら、その後は、たくさんの人に読んでもらえるような研究とエッセイの中間領域の本を書くことが夢である。
71歳の誕生日を迎え、自分なりの所信表明である。
本日も最後までつきあっていただきありがとうございました。
