【神戸の地ソース】と森のようちえん…あわいの中で、ゆっくりと発酵しながら
神戸の地ソースと森のようちえん、そのあいだにあるもの
神戸は「ソースのまち」と呼ばれてきた。日本最初の本格的なウスターソースがこの地で生まれ、阪神ソース、オリバーソース、ばらソース、ブラザーソースなど、今も多様な地ソース文化が息づいている。港町には海外からさまざまな文化が流れ込み、混ざり合いながら、それぞれが独自の味を育んできたという。
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このソース文化と、森のようちえんという保育のあり方は、どこか響き合っているように感じられることがある。
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神戸の地ソースには、「これが正解」という味が存在しない。酸味の強いソースもあれば、甘みのあるソースもある。スパイスの効いたもの、さらっとしたもの、どろりとしたもの。それぞれのソースに、それぞれの歴史と風土が刻まれている。森のようちえんにも、「正しい遊び方」というものはない。木の枝を剣にする子もいれば、杖にする子もいる。魔法の杖にする子、ただ手に持って歩くだけの子。同じ森の中にいながら、子どもたちはまったく異なる世界を生きているのではない。
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神戸の地ソースは、単なる調味料ではない。港町の歴史、職人の工夫、人々の暮らし、鉄板文化、粉もの文化・・・それらが長い時間をかけて発酵した結果として、今の味がある。
森のようちえんもまた、一種の「発酵する文化」と呼べるのかもしれない。風、雨、土、虫、友だち、大人。それらが混ざり合い、予測不可能な化学反応を起こしながら、子ども一人ひとりの学びがゆっくりと醸成されていく。教育という営みを工業製品のように均質化しようとする発想とは、対極にある。
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神戸には「どろソース」という独特のソースもある。最初は刺激が強く感じられても、慣れるほどにその複雑さと奥深さが癖になっていくという。子どもの育ちも、どこか「どろソース」に似ているのかもしれない。効率よく説明できない。すぐには結果が出ない。時には泥だらけになり、遠回りに見えることもある。でもその複雑で予測不能な「想定内の想定外」的な経験こそが、その子だけの味わいをつくっていくのだろう…
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神戸の地ソースは、その土地の気候、人々、歴史が生み出した味だという。同じように森のようちえんもまた、その土地の風、その土地の土、そこに暮らす人々との関係の中から立ち上がってくる、地域固有の保育文化と呼べるのではないだろうか…
全国どこでも同じ味のソースがあるわけではないように、全国どこでも同じ森のようちえんがあるわけではない。だからこそ面白い!
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子どもたちは、標準化された教育という営みの中で育つ存在ではなく、その土地、その季節、その人との「あわい」の中で、ゆっくりと発酵しながら、自分だけの味を獲得していく…
あなたの足元にある「地ソース」は、どんな味ですか?
