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海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー14

第14話 どうするんだ、この空気

 海の国オーシアンで王制と議会制の共存五周年の式典が開かれる、ひと月ほど前のことだ。
 海王こと半賊半商の首領ウォルター・ドレファンの後妻と、昨年生まれた息子は連れ去られた。オーシアンの貴族ダーシャスに雇われた海賊の仕業だ。もっともダーシャス側は身分を隠し海賊に接していたが。

 普段、船員以外は島の外にはほとんど出ない。今回二人が島を出たのは、大きな仕事が一つ終わったものの、そのまま次の仕事で島に帰れないウォルターを労うためだった。
 歩き始めた息子をウォルターも見たいだろう。そう、シーアも率先して手はずを整えたのだ。

 隙をつかれたシーア達は連れ去られた二人を追い、その際妻子を守ろうとしてウォルターは負傷した。そして別便で島へ移送する間に息を引き取ったのだ。

 ダーシャス側は人質を盾にドレファン一家に他国との内通とオーシアンへの派兵の際、海上戦の最前列にての参戦を要求した。
 ドレファン一家がその戦で全滅すれば、人質が帰る場所はなくなる。
 取引としては成立しない。しかしドレファン一家はそれに従う他なかった。

 提示された条件にシーアは答える代わりに殺気のみなぎった声で唸った。
「二人に怪我一つさせてみろ、お前らの国を潰してやる」
 その気迫に連中は喉を鳴らし、「役目を果たすのであれば安全を約束する」と答えざるを得なかった。

 五年前、「金の海」を予見したほどの人間であれば、海に恩恵を受けるこの国に危害を加えるなど造作もない事なのかもしれない。
 そんな畏怖を抱いたからだ。
 国王を退けた後、海の恩恵を受けられなくなってはこの国に価値はない。

 ◆◇◆
 そしてシーアは腕に捕えたオーシアン王に告げる。
「まぁ、国王としてもおいそれと身内を差し出すのは世間体もあるだろう。わたしもタダでとは言わない。そいつの取引相手の情報と交換だ。そいつを査問するか、わたしが話すか、それだけの違いだ。首は返してやる。悪い条件じゃないだろう?」

 シーアは淡々とした声で国王に厳しい決断を迫り、そんな彼女にオズワルドが何か言いかけてやめる。
 人々が固唾を飲む中、首に簪をつきつけられた男は壇上の端で弓が引き絞られる気配を感じた。

「投げるぞ。舌、噛むなよ」
 国王は小さく言って首の前に回されたシーアの右手を両手でつかむ。
 簪に刃がない事は分かっていた。刃があれば簪として髪の毛に挿す事は出来ないからだ。

 刺されない限り当たっただけでは傷つく事はなく、彼女は先ほど口にくわえていた為、毒の心配もない。
 よって遠慮なくそのまま素早く体を沈めながら上体を前に倒し、背負い投げるとシーアの痩躯は簡単に空を舞った。

「よし! よくやった、レオ……」
 今まさに射らんとしていたグレイが構えていた弓を下ろし、賊を捕えようと機敏に動こうとして固まった。
 国王は基本通り床に叩きつけるでなく、前に回った海姫の腹に右腕を回して引き寄せるようにして立たせると、直後左手を上げて降参の構えを取ったのだった。

 国王の懐では、同じく前方を向いて立つ賊が上半身をひねるようにして両手で簪を国王の首に突き付けている。
 そんな二人の状態は国王の首元に刃物こそ存在するが、国王が後ろから抱き寄せているようにも見えた。
 どちらが優位にあるのか、判断に迷う二人の体勢に沈黙が落ちる。

 ━━なんだこれ。
 シーアは心中で吐き捨てた。

「なにやってんだ、てめぇっ」
 グレイの国王に対する遠慮のない怒号に、シーアも「まったくだ」と内心同意した。

「グレイ、大丈夫だと言っている。みなも動くな」
 国王は嘆息して言った。
 護衛隊隊長を務めるグレイは弓の名手である。彼の腕ならば国王に傷一つ負わせること無くシーアを射抜くなど実に容易い。
 自ら彼女を守る壁となる事で、これ以上の手出しは無用とグレイに示す必要があった。

「シーア殿、お連れ様がお着きになられました」
 ふと、オズワルドが背後を振り返った先に護衛兵に案内されて美しい娘が現れた。
 長い金髪を高い所でまとめ、長袖に長ズボンの動きやすそうな服装は上下とも黒。
 シーアは予定外の義妹、サシャの登場に眉間に皺を寄せる。

 何かあったか━━
 一瞬シーアの瞳が動揺に揺れ、その様子に気付いたサシャは慌てた口を開く。

「人質は無事よ。無事なんだけど━━」
 言い淀む。
 周囲の状況を見てサシャはそして困ったような、途方に暮れたような、なんとも複雑な顔をして一度かすかに背後を伺う。誰かを待っているようなそぶりだ。
 待ち人が来ないのか口を開きかけ、困惑した面持ちのままサシャは胸の前に組んだ両手をまごまごとせわしなく動かした。

 状況に戸惑っているていを装ってサシャの手が告げる。
 壇上の前で塊になっている二人はその意を読み取り、シーアは固まった。

 <船長、安全ナリ>

 <安全ナリ>の手話には「無事」と広義に解釈することが出来た。

 少し遅れてドレファン一家ドレイク号操舵士のギルが、中年の男に肩を貸しながら現れる。
「久し振りだな、レオン」
 サシャと同様に黒装束のギルに肩を借りながらゆっくりと歩く渦中の人物は、そう言って実に清々しいほどの笑顔を国王に向けた。
 そして。

「何やってんだお前ら」
 どうしてそうなった。
 そう言わんばかりの呆れ顔で、それは無責任にドレファン一家の長にして海王と呼ばれるウォルター・ドレファンは言い放ったのだった。

 言い得て妙、かつあまりに的確な意見にただでさえ誰も言葉を発せない状況だった場が一層沈黙した気がした。
 そんな中、オズワルドは恭しく自分が遅れた理由を粛々と述べる。
「ドレファン氏から妻子を誘拐されたとの通報があり、対応していたため出席が遅れました」

 そこからの国王の立て直しは早かった。
「ダーシャス卿の手当を。ショックを受けているようだ、誰かついていてくれ」
 自害させるな。国王は言外にそう命じた。

 その後オズワルドの指示で護衛兵が一斉に動き出し、ダーシャスを拘束する。
 震える体をどうする事も出来ないダーシャスは引きずられるように連行され、その様子を国王は観察するように見送った。

 簪を持ったシーアの手には、すでに力はなかった。
 呆然と前を向いたまま簪を国王の手に渡し終えると、だらんと腕が落ちる。
「ダーシャス卿の館でドレファン氏の奥様とお子様を無事保護いたしました。お怪我もございませんでしたのでご安心ください」
 オズワルドはシーアに向かって言うことで、国王への報告も兼ねた。

 サシャとギルは心配そうにシーアの様子をうかがう。
 彼らも人質奪回のためダーシャ邸を包囲するなか、警ら隊とともに現れたウォルターを見て愕然としたのだ。
 そして国家権力により、人質はいとも簡単に救出されたのだった。

「貸しがあるんだから使えばいいだろうが。なんで体張ってここまでするかな、お前は」
 ウォルターは心底呆れた様子で言った。

 人質が取られているのに堂々と国に掛けあうという手段を、シーア達は思いつかなかった。
 だがそれを責められるのはお門違いだと言うものではないだろうか。

 ウォルターはかつて貸しの証として預かったオーシアン王家の紋章付きの短剣を片手にオズワルドにつなぎを取ることから始めた。いきなり国王を指名してはかえって時間がかかると判断しての人選だった。

 不平不満も文句も山ほどあったが、シーアは深いため息をつきながら額を押さえてうなだれる。
 そのまま肩をすぼめて小さくなると上半身を小さく震えさせた。
 それに気付いた国王はシーアの腹に回していた右腕を左腕と入れ替えると、右半身を覆うように肩から下がる装飾用の外套を右手で掴み彼女を頭からすっぽり包み込んだ。
 嗚咽する姿など誰にも見られたくないだろうし、そんな海姫の姿は誰も見たくはないと察したが故の配慮であった。

 シーアはものの数秒で自分を取り戻し、大きく息をついて目元を拭う。
 それは彼女にとってほんの一瞬の、許しがたい気のゆるみだった。
 あまりにも一瞬の出来事だった為、幸いにも周囲の者は海姫が激しく脱力したのだと理解した。

「離せ」
 相変わらず切り替えが早いな、と思いつつ回した腕を解かないでいると外套から右手が差し出された。
 示される赤黒く染まった手の平を見て、怪我を負っているのかと国王はぎょっとした。
「顔洗いたい」
 濃い化粧は汗と涙で凄惨を極めていた。
 
 実子ではないにもかかわらず、これまで育ててくれた養父。
 彼が死んだと聞かされた時、シーアは世界が足元から崩れ落ちるような感覚に襲われた。

 そんな大きな怪我ではなかったずだ。
 それなのに。
 全身から力が抜けて立てなかった。
 しかし涙は出なかった。
 それは今じゃない。
 その前になすべき事がある━━そう人質救出と復讐を誓った。

 それなのに、この父は━━
 死んだことにした方が動きやすいという理由で、移送した船の船員と口裏を合わせドレファン一家全員を騙したのである。

#創作大賞2025 #恋愛小説部門

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