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海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー<5>

第5話 じゃ、しばらく別行動で

「巣?」 
 翌朝、シーアからそれを聞いたレオンは聞き慣れない用語を尋ね返した。

「そ。船体を軽くしないといけないから港とか他の船に荷物を移して、わたし達も船大工と交代。ウォルターがどっちか一人だけ連れてってくれるってさ。行ってきなよ。わたしは小さい時に行ったし」
 ジャガイモの皮を剥いていた手を止めてレオンを見上げる。

「感動もんだぞ」
 ニヤリと笑む。こういう時に浮かべる彼女の笑みは、実に艶やかで魅力的なことを本人は知らない。
「いいのか?」
 そんな機密事項である場所へ、自分が行っていいものなのか。

「どっちか一人って言ったんだからどっちでもいいだろ」
 戸惑うレオンにシーアはさらりと言う。

「滅多にお目にかかれるもんじゃないし。一見の価値ありだぞ。昼間に潮が引く大潮の日じゃないと出来ないんだ。時期が良くてよかった。料理当番のとばっちりのお詫びだ」
 本当ならシーアも行きたいところだが、彼女はまだ今後お目にかかれる機会は少なからずある。
 しかし彼は今回を逃すともう二度とその機会はないだろう。

 だから、譲る事にした。



「巣」への出航日が近づき慌ただしく準備に追われる中、巣へはレオンが同行すると知ったギルがシーアを船底近くの荷室に引っ張り込んだ。
 付き合いが長く、信用のおける貸倉庫に荷が移された荷室はほぼ空の状態だ。

「今回はレオンが行くらしいな。お嬢、それでいいのか?」
「ウォルターがどっちか一人と言うからな。わたしは行った事あるし」
  そう肩をすくめて笑うシーアに六つ年上の彼は少し声を潜めて詰め寄った。

「あいつが港で妙な人間と会ってるの知ってるのか」
 ほぼ四六時中一緒にいるのだから、当然把握している。
 もうずっと以前からだ。
 すれ違いざまに男から何か渡されたり、目配せするのを見た。
 連絡を取っている相手は少なくとも二人はいる。
 他にも金を払って商店の人間に書簡を預けたり等、レオンは様々な方法で他と連絡を取っている。

 常に行動を共にしているからこそシーアはそれらに気付くことが出来た。そうでなければまず気付かれないだろう。それほどまでにレオンは細心の注意を払っていたし、警戒していた。
 その多種多様な連絡方法は学ぶところも多かった。彼らは予定外に寄港した港にまでも現れる事があり、シーアは内心舌を巻いたほどである。

「さすが、よく気付いたな。あいつはウォルターの言いつけで動いてるだけだよ。気にするな」
 ウォルターの仕事だといえば妙な説得力があるのを把握しているシーアは出まかせを言ってトン、となるべく軽い調子でギルの肩を叩いた。

 本当に、よく気付いたものだと感心する。
 面倒見がいいにも程がある。新人二人組をずっと気にかけて見守っていたのだろう。
 さすが次期操舵士候補だとも思った。

 レオンが何か企みを持って乗船し、情報を流しているのではないか。シーアもそう始めは警戒した。
 だが、だからこそすぐに気付いた。

 レオンは情報を受け取る側だった。
 彼が向こうに何かを渡す事はほとんどない。
 ドルファン一家のように独自の手話でもあるのかと思ったが、それも怪しい。
 そして最近のレオンは彼らと接触する頻度が増えている。

「出航だそうだ」
 二人の間の空気がいつになく緊迫しかけたその時、荷室の入り口からレオンが顔を出した。
 今日は巣に渡る人間以外は下船する日だった。レオンは残っている船員がいないか確認して回っているらしい。

 下船する船員にとってはしばらくの休暇だ。
 島に戻る者と、ドルファン一家に好意的で安全に寄港できる港にて下船し各々自由に過ごす者に分かれる。
 ギルは巣での操舵を学ぶため船に残り、シーアは数少ない女友達が近く結婚するというので会いに行く予定にしていた。

「じゃ、あとは頼んだよ」
 甲板に出たシーアは手短に言って身の回りの物が入った麻袋を肩に掛け、軽快な足取りで桟橋に渡した板を降りて行く。

「シーア!」
 先ほどの事に何を言うでもなく、後腐れのない様子で下船するその背をレオンは思わず呼び止めた。
 首だけ振り返った彼女に、言うべき言葉を見付けられずレオンは声もなくはくと口を動かす。

 そんな相棒にシーアは心得顔でニッと笑んだ。
「しっかり働いて来な」
 そして後ろ手にひらひらと手を振りながら街へ向かって行く。それはまるで「気にするな」とでも言うかのようであった。

 彼女は自分が髪やひげを整えると不都合な事に気付いている。
 行く先々の港で船外の人間とやり取りしているのを分かっていて、ウォルターの仕事だとギルに嘘をついた。

「海の国」オーシアン王家の紋章の存在を知るのは、ウォルターとシーアだけである。
 彼女は、気付いているのかもしれない。
 レオンは微かに眉をひそめてそう思った。

 ここの船員も、寄港した港の女達も、みなレオンを色男だ男前だと言うが一番の男前は彼女だと思わざるをえなかった。

 シーアと組んでから三年になろうとしている。
 彼女は半年に一度帰るかどうかという少ない頻度で島に帰還していた。
 本船であるドレイク号は島に戻る事はまずないという。そのため帰島する者は島に帰る他の船に便乗して島に渡る。そして島で家族と過ごすため、その船はしばらく出航しない事が多い。

 仕事熱心であるせいか、それともレオンのお守りをしているつもりなのか、シーアの島での滞在時間はいつも短い。
 帰島した船とは別の、島を出る船に乗って船を乗り継ぐようにしてドレイク号に戻るのだ。他の船員は一度島に帰ればひと月戻らない者も少なくないというのに、シーアは大抵十日ほど、長くて二十日近くを不在にするだけだ。

 シーアと離れるのは初めての事ではなかったが、郷里に帰るのとは違う。今回は女一人でしばらく陸に上がる事になるのだ。
 たとえ短剣を隠し持ち、靴や髪を縛る紐に武器やら道具やら細工を施した完全武装であったとしても、さすがに心配にもなる。
 恩義あるウォルターの養女で、この三年誰よりも長く共に過ごした年下の少女。レオンは心の底から彼女の身を案じたのだった。

#創作大賞2025 #恋愛小説部門


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