海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー18
第18話 「20と15」からの「23と18」
「なぁ、あれからアイツ見かけないんだけど」
海の国護衛隊の長を務めるグレイが、朝一番に国王の元を訪れるのは定例化された業務である。仕事中は普段からとっつきにくい表情の彼であるが、今朝はいつにもまして不服を絵にかいたような表情だ。
式典の夜、国王の暗殺まがいの行為をしでかしたシーアだったが、今や国の一大事を回避した功労者とされ国賓に次ぐ扱いを受けていた。
半商半賊であるドレファン一家を利用し、計略を画策し他国と内通したダーシャスは自害。相手国は現在調査中との発表がなされたが、ダーシャスは城の奥深くで今なお拘束されている。
相手国も、ドレファン一家からの情報によりすでに把握していた。
国王やオズワルド、そしてシーア本人が検討した結果、海姫との婚約発表は一月ほど待つことになり、グレイはひとまず安堵した。
だが先の式典以来、その婚約者は城内で行方不明になっているのだ。
「城が珍しくて色々と家探ししてるんだろう」
書類から顔を上げずに答えるレオンの口調はまるで「子供の探検」とも言うような軽い物だった。
一般的に「素性も定かではない人物」とされてもおかしくない人間にうろうろされるのは、護衛隊の長として本当に好ましくない環境である。
しかも「家探し」と来たものだ。
━━人の事を言えたもんじゃないがな。
レオンにその気は全くないのは分かるが、己の過去を省みたグレイは少し耳が痛い思いがした。
「昨日の午前中はそこで庭師と延々草取りと花ガラ摘みをしていた。午後からは国庫管理室長と碁を打っていたらしい。今日も行くと言っていた。日に一度は顔を見せに来いと言ってあるから問題ないぞ?」
レオンはあれから特に精力的に仕事をこなしている。一日の大半をこの執務室ですごし、夜明け近くに寝室に戻る事も少なくない。
「あいつ部屋で寝てないし、飯も部屋では食ってないって侍女の子が泣きそうになってたけど」
「あぁ━━ここのソファで寝てる。そうか言ってなかったな。悪い事をした。後で連絡しておく」
顔を上げて本当にすまさなそうな顔をするレオンに、グレイは唖然とした。
彼が訪れたのは国王の執務室である。
「おまっ、ここって! 見られたらやばいもんあるんだろうがっ」
グレイでさえも遠慮して机の近くには寄らないというのに。
「本当にまずい物は寝室で扱っているから問題ない。食事は厨房に行けば賄いがいつでも食べられるんだそうだ。皆が交代で食事をとるだろう。何かしらありつけるらしい」
自分も知らなかった、と国王は楽しそうに言った。
「……お前最近ほとんど寝室に戻ってないらしいじゃねぇか」
ここに来た理由は2つだ。
海姫の生活態度と、国王の過労への文句だ。
「いや、深夜に戻って朝は普通に起きてるぞ」
しかし国王は心外だというようにそう言ったのだ。
それはシーアの滞在が決まって二日目の夜の事だった。
「よう、おつかれさん」
国王がいつものように執務室にて夕食を取り終えた頃、シーアはふらりと窓から入って来た。
グレイが聞いたらまた怒るだろうなと思いながら様子を伺っていると、室内をぐるりと一瞥し、真っ直ぐソファに向かうとそこに転がり丸くなる。そして数秒で眠りに落ちた。
与えられた部屋では落ち着かず、ここに来たのであろうと思った。
「安全だから安心しろ」と言っても素直に従えるはずがない事は、かつて三年間組んで仕事をした彼が誰よりも分かっている。
この城で最も安全な場所。
それは幾重にも守られた「国王のいる部屋」だ。
信頼できる人間がほとんどいないこの国で、希少な知り合いが手厚い警備に守られているとあれば、選ばない手はない。
それがたとえ異性だとしても、国王だとしても。
「子供が寝る位の時間に寝て深夜に出て行く。あいつは男を何だと思ってるんだか」
レオンはしみじみと嘆息する。
彼はここで仮眠をとる人間のために、その時間帯を執務室で過ごしているというのか。
そして先ほどの言葉。グレイはこれまで恐ろしくて口に出来なかったが、意を決して尋ねる。
「まさかとは思うんだけどよ。お前、もしかして本気なの」
レオンは手を止めた。
ちらりとグレイの顔を確認し、彼の顔が真摯なものであると悟るとペンを置いて顔を上げる。
旧友の真剣な眼差しに、レオンはふっと息をついて肩の力を抜いた。
「20の時、15の相手って異性として見られたか?」
唐突に言われてグレイは面食らった。
それは、自分はちょっとナイな、と思った。
質問の答えではなかったが、この男が女の話をするなど、本当に珍しい事なのでつい乗っかった。
この周辺の文化圏では男はあまりうるさく言われないが、女は二十前後で結婚するのが理想とされている。
「23の時の18は?」
「まーそれくらいなら・・・」
「今5つ下なら?」
何が言いたい、とは言えなかった。
答えを誘導されているようで非常に癪な気がしたが答える。
「……普通にアリだな」
グレイは27になる。
海姫と出会った時、国王は20で彼女は15だった。
まだまだ子供だと言っても過言ではない年齢だったが、海に関しては大人以上の知識と感覚を持っており、レオンは素直に師事を請うた。
議会の解体の材料を探し、自分への協力者を募っていればあっという間に三年が過ぎた。
今になって思えば、あの時がまさに頃合いだった。
18になった彼女が徐々に子供に見えなくなり、戸惑いを感じ始めていた。
ドレファン一家の船を降りて五年。
海の国として、その動向には常に関心を寄せていなければならなかった。
あの一家の判断が、国の栄華を左右する事にもなりうる。
海姫の話も、当然入ってきた。
「さすがだな」「相変わらず無茶をする」「すごい事を考えたもんだ」
離れてしまった知人の仕事ぶりを、知人として耳にし、素直に感嘆するくらいの感覚だった。
そしてそれはシーアの方も同じだった。
むしろドレファン一家にとっての国王の手腕の方がずっと情報としては重要で、新王が着任した海の国の動向は重要なものであった。
目に見えて平穏が取り戻されていく海の国。
「頑張ってんじゃねぇか」
一時は自分の下につけられた男の手腕に感心し、心の中では素直に褒めてやった。
お互い「以前一緒に、ちょっとばかり長く仕事をした知人」程度の認識だった。
彼女の言う通り、覚悟はしていた。
これまでは政務で手一杯だからとのらりくらりかわしてきたが、そろそろ結婚について本腰を入れなければならないとは思っていた。
そんな矢先、彼女は現れた。
「地味顔」と言われるのは生気に溢れる目が印象的過ぎて、他の顔の造作が記憶に残りにくいためだ。
才知に長け、非凡なる身体能力。
伸びやかな肢体の、健康的な身体。
奔放な様はいつも眩しく、自信に満ちた企むような笑みはとても魅力的だった。
五年前船を降りたのは、はからずも意識しそうになるぎりぎりのタイミングだったと思う。
それなのに突然目の前に現れた。
そして船を降りると言う。
「なぁ、もし太陽が手に入るって言われたらどうする?」
「うん?」
友人の問いの真意を量り損ねたグレイは怪訝な表情で先を促す。
「月でも星でも海でもいいんだが……そもそも絶対に手に入らないと分かってるだろ? だから欲しいとも思わない。でもそれが実は手に入ると言われたら……欲しくならないか?」
グレイは押し黙った。
言わんとしていることは理解できた。
「欲しいものが目の前に転がって来りゃ、そりゃ欲しくなるわな」
だがそれは絶対に手を出してはならない代物だと思う。
リスクしか見えない。
「まあ、罠かもしれないから、手は出さないけどな」
あえて茶化すようにそう追加した。
「まぁな。だから本気じゃないんだ。ハナから諦めてる。ちょっと言ってみたかった」
そう言って書き物を再開した国王の表情は、窺う事は出来なかった。
