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海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー<9>

第9話 親が親なら子も子だわ

 海賊船はそのままそこに停留し、ドレファン一家のドレイク号は予定通り沖へと動き出す。
 海賊船が完全に離れた頃、シーアがずるずるとへたり込むのをレオンが慌てて支えた。回りの船員も怪我でもしていたのかと騒然となったが、周囲の心配をよそにシーアはうめく。

「あ~怖かったぁぁぁ~、よその船、怖いわ~」
 わずかにおどけの含まれる様子に皆ほっと息をついた。
「海姫でも海賊船は怖かったか」
 船員達は皆あえて馬鹿にしたように笑った。

「知らないやつの馬に相乗りするようなもんだぞ! 癖も勝手も違うし! やっぱうちの操舵士が一番だわ」
 食って掛かるように反論した後、シーアは甲板に両手をつく。
 海賊の中では道義に厚い一家と言われてはいるが、海賊であることには変わりない。

 そんな連中と二日過ごした。
 神経を張り詰めていたが、それを悟られては足元を見られる。
 夜も一睡もしていない。それらをおくびにも出さず過ごすのは、非常に労力を要した。

 そして極めつけはドレイク号と海賊船が船を並べる状況。何か起きるのではないかと言う不安に、胸が苦しくなるほど緊張した。
 もし万が一のことが起きようものならすべての原因はシーアにある。生きた心地がしなかった。

「ダメだ……眠い……」
 重い息をついて眉間に皺を寄せて目をつむるシーアの頭を、ウォルターがわしづかみにする。
「なに、を、やらかしてるんだ、お前は?」
 ウォルターの顔は笑っていたが、さすがに目は笑っていなかった。

「あー、スミスんトコの馬鹿息子が迷子になってたから船まで送ってやっただけだって……だめだ、ほんとに眠い」
 スミス一家の跡取り息子はシーアより年上である。迷子と言うような年ではない。
 ウォルターの手がぎりぎりと頭を締め付けるが、己の軽率な行為が船を危険に晒したという自覚のあるシーアだ。当然文句は言えない。

「説明するまで寝かせんぞ。レオン、そいつ持って来い」
「自分で歩く……」
 レオンは言われた通り抱え上げようとしたが、シーアは目をつむったままレオンの肩を押して抵抗する。

「船長命令だ。運んでやるから休んでろ」
 レオンは潜めた声と共にため息をつき、強引に抱え上げた。
 とは言え、すぐに降ろすことになる。彼女のひどく疲れた様子に、状況はともかく少しの休養が必要である事を判断したレオンは一瞬、思考を巡らせた。

「船長。少し脱水起こしかけてるみたいなんで、食堂寄ってなんか飲ませてから行きます」
 レオンの言葉に首だけ振り返ったウォルターは、心底嫌そうな顔を作った。

「やっかいだな。仕方ない。ちょっと寝かせとけ」
 本来ならば、ここまでの勝手をした船員にそんな処遇は許すべきではない。
 けれど、結局はみな彼女には甘いのだ。
 そしてウォルターもまた、レオンの機転に助けられた。

 船長としての立場もあるが、娘がここまでの睡魔に襲われるのは一晩以上寝ていないからだと見て取れた。そして娘がそこまでしたのは、彼自身にも一因がある。
 責任の一端である負い目に、休ませてやりたい気持ちは強かった。

「んー、眠い、だけだから、だいじょぶーぅぅぅ」
 シーアは目を閉じたまま、しかめっ面で呻いて降りようともがいていたが、体に力が入らないようだった。

「みんなごめんん~、心配かけた……」
 あ、ダメだ、こいつ完全に寝ぼけてる。
 彼女が寝ぼけた時にだけ妙に素直になるのを把握している船員達は、彼女の本心からの詫びと捉えて受け入れる事にした。

 頭がはっきりした後は大抵ほとんど思い出す事はないので、本人には詫びた記憶はないだろうが。
一応・・水でも持って来てといてやるよ」
 両手がふさがっているレオンに代わりにギルがドアを開き、含みを持たせた物言いで出て行く。
 脱水と言った以上、体裁が必要だった。

 船員は船長などを除き皆、大部屋にて順番に睡眠をとる。さすがにシーアは性別を配慮され、無理やり仕切って作った小さな部屋を与えられていた。
 レオンはすでに眠ったらしい相棒を、寝返りも出来ないような小さく簡素なベッドに寝かせると靴を脱がして粗末な毛布をかけてやる。
 部屋を出ようとするその背に、声が投げかけられた。

「ありがとう、王子様。一時間したら起こしてくれ」
 一瞬ぎくりと体が硬直した。
 ゆっくりとシーアを振り返ったが、彼女はもそもそ動いて壁に向かって毛布にくるまったところだった。

 軽口なのか否か、それとも寝ぼけているだけなのか。
 判別に迷ったが、疲れ切った彼女にそれ以上言葉を発する事は出来ず、またかける言葉も咄嗟に見付からず、レオンは後ろ手に静かにドアを閉める。
 後ろ手に取っ手をつかんだまま、一瞬でため込んでしまった緊張を吐き出すように息をついた。

 身の上を秘す事にしたのはウォルター・ドレファンとの密約だった。船長である彼だけがそれを知っている。
 しかし、「それはそうだろうな」とそう思った。
 有能な彼女が気付かない筈がないのだ。
 こちらの準備も整った。いい頃合いだ。
 レオンは顔を上げ、甲板へと繋がる扉へと歩き出した。

 それにしても。
 海賊船に乗って帰るのはさすがにまずいだろう。
 この件が広まれば、これからの仕事にも影響を及ぼす可能性さえある。
 仲間内からもシーアに対し、糾弾の声が上がるのではないかとレオンは危惧した。
 しかしそれらは全て杞憂に終わった。

「親が親なら子も子だわ」
「あんな父親を見て育ちゃ、娘もそりゃ平気で無茶するようになるだろ」
 年嵩の船員達は笑っていた。
 むしろ「さすがはあのウォルターの娘だ」とばかりに褒めた者まであった。

 あれだけの騒ぎを起こしておきながら、まだ父親よりはマシだと笑われるなど━━やはり「海王」と呼ばれるだけの人物なのだと思わぬところでウォルター・ドレファンという人間のすごさを改めてレオンは思い知らされた。

「一時間だけ寝るそうです」
 甲板にいたウォルターにそう報告すれば、それを聞いた船員達は目を見張った。
 一時間とはまた相変わらず自分に厳しい。

「……その頃はちょっと忙しいな」
 視線を泳がせるウォルターに、内心「そんな事はないだろう」と目を細めながらもレオンは畳みかける。
「では一時間半後に起こしに行きます」
 あえて区切って言うと、ウォルターは唸るように降参した。

「……二時間後で頼む」
 せめて二時間位は休ませてやってくれ、と言う親心がありありと見えた。

 彼女を休ませてやりたくとも立場上それを良しとしない船長を、またしても甘やかす事に成功したレオンは「わかりました」と内心苦笑しながら従順な体で答える。

「一時間と言っただろうが」
「船長の配慮だ」
 二時間後起こしに行った際シーアに文句を言われたが、レオンはそう言うにとどめた。

 その後、シーアが入った船室から響いた怒号に皆一様に耳を疑う。
「━━おい、なんで船長が怒鳴られてるんだ……」

#創作大賞2025 #恋愛小説部門

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