見出し画像

海の国再興譚 ー悪女と腹黒王の契約ー<3>

第3話 半商半賊のお仕事

 ドレファン一家ドレイク号の新人二人は暇さえあれば体を鍛え、帆を張る横竿であるヤードの両先端に各々が立ち、どちらが先にマストにたどり着くかの競争をした。
 それらは連日のように行われ、船員達には賭けの対象としていい暇つぶしになったほどである。

 筋力や持久力は男であるレオンにかなわなかったが、俊敏性や短剣ダガーを投げさせればシーアに軍配が上がった。
 そんな仕事熱心な二人をウォルターは航海中、よく商談や取引に同行させた。

 レオンが驚いたのはドレファン一家という組織のあり方だった。
 本来、ドレファン一家は海賊ではない。
 そこにはいくつもの部署チームがあり、それぞれが違う役割を担っている。その組織形態はまるで一国の中枢にあるようなものに似ており、実に整えられていた。

 同時に複数の依頼や仕事もこなし、チーム同士が助け合う事もある。
 そしてその請け負う仕事は単に「手持ちの船がないから」と船と人手を要望されて運輸業をする事がもあれば、「高価な品を運ぶから」と貨物船の護衛を依頼される事もある。
 かと思えば海賊相手に人質の返還交渉の代理や、敵対組織などの調査といった仕事もあったし、中には結婚相手を探す王族から他国の姫君の素行調査の依頼まであった。

「海賊に襲われている商船や貴族の船を助けるのが一番気合が入るかなー。積み荷半分と引き換え、って交渉するんだ。襲われてる真っ最中だから商談はスムーズだぞ」
 そう言ったシーアは思い出したのだろう、笑いが止まらないという様子で口元が緩んでいる。

「襲われる前に前々から護衛を打診した方が安全じゃないか?」
 レオンは首を傾げたが、シーアは不服そうに眉間に皺を寄せた。

「おたくの船がこれから襲われそうだから守ります、お金ください、で金払うやついるか?」
 小馬鹿にするように言った。

「戦争の手駒にはならない。ヤバい物や武器の運送なんかはしない。人殺しもしない。基本的にはな。これだけ覚えといたらあとはなんでも屋みたいなもんだよ」
 彼女はそんな風に、ものすごく適当に稼業を説明した。

 戦力としての需要はある。実入りもいい。
 だが、争いへの加担は日頃の仕事とは比較にならないほどの恨みを買う事もある。
 やがてそれは島を危険にさらす事になるだろう。
 それでは意味がないのだ。

「恨みを買うのもそこそこに、だ」
 ウォルターは実に楽しそうに笑んだが、それにはどこか剣呑な空気が含まれていた。
 四十を超えてもウォルターは若々しい。
 日に焼けた素肌、少し赤みのある金髪は海風にさらされて痛みがちだ。

 ドレファン一家の持つ船は一隻ではなく、必要とあらば大きさの違う船を何隻も使い分けていた。
 正確な数や大きさは機密事項だという。
「三十隻弱なのかなぁ。たまに船の入れ替えもあるから『それうちの船だったのかよ』って事もあるし」
 などとシーアでさえも正確な数は分かっていないようだ。

 絶海の孤島といった場所に位置する島ではあるものの、数か月に一度は物資を運ぶよう計画的に配船されており、それは船員も同じだった。
 さすがに部外者のレオンは島への同行は許されなかったが、いかつい顔をした男達が帰島を楽しみにしている姿を見れば、皆が家族を大切にしているのは明白だった。
 国や地域によっては海賊と呼ばれるドレファン一家の印象とは、あまりにかけ離れていた。

 シーアもレオンも仕事に対して勤勉で実直な性格だったため、一年を待たずしてある程度の仕事も十分こなせるようになった。
 そして一年半を過ぎようかという時の事だ。
 二人が請け負った運輸に関連する仕事は、性質の悪い海賊とのいざこざに発展した。
 新米二人で事足りるはずの簡単な仕事のはずだったのに。

 咄嗟の判断に一瞬の迷いと、心底に芽生えた純粋な恐怖が生じる場面で、結果的にシーアはレオンの判断に従う他なかった。
 自分が情けなくて不甲斐なくて、とことん落ち込んだが不思議と屈辱は感じなかった。
 以降、より素直にレオンを認めるようになるとシーアの視野は驚くほど広がった。

 それからのシーアは海に関しての知識も惜しみなくレオンに伝授したが、そのほとんどが経験や天性の勘頼りに近く、レオンは閉口した。

「午後のうちに行って帰れば大丈夫」
 海がひどく荒れる時期、他が敬遠するなか船を進め市場を独占したかと思えば、快晴の日に「今日はやめとこう」と言い出す。
 そして後日、他の船がその先で沈没しかけたという話を聞かされたりするのだ。
 彼女の判断は神がかっていた。

「ほら、こういう風。こういう風が吹いたら天気が変わるんだよ」
 こう言ってくれた時はまだいい。
 突然「あ、今の感じ」と言われてもさっぱり分からないのだ。
 そしてそう言われることの方が圧倒的に多かった。

「俺達でもまったく分かんねぇんだ。気にするな」
 回りの船員がゲラゲラ笑いながらレオンに言うのが救いだった。

 その頃になるとレオンは海に携わる人間達にこう囁かれるようになっていた。
「最近、海姫はえらい男前を連れている。かなりのやり手らしい。次の首領か」と。

 二人が組んでから三年が経ちレオンは少し背が伸び、全体的に筋力がついた。
 暗い錆色だった髪は日に焼けて明るくなった。
 肌も日に焼け、端正な顔立ちに精悍さが追加された事により、港にでも上がろうものなら年齢を問わず女に騒がれるほどの美丈夫になっていた。
 ただし髪とひげは基本的にひどく、ドレイク号の船員でさえも誰も彼の素顔を見た事はなかった。

「その髪とひげ、たまにはどうにかしろよ。なんなら切ってやろうか?」
 面倒見がよく、若者衆のリーダー格でもあるギルが見かねて言ったほどである。

 シーアより六つ年上の彼は手先が器用で、船員の散髪もよくしていた。
「お嬢にこの方がいいと言われてるから切れないんだ」
 そうレオンは肩をすくめる。

 そんな事を言った覚えはない、が。
 まぁ、顔を隠したいんだろうな。とは以前からシーアも気付いていた。
 なんせあんないわくつきの得物エモノ持ってたくらいだし。
 レオンの持っていたあの短刀の存在はウォルターとシーアしか知らない。乗船が決まった時からあの短刀はウォルターが預かっている。
「船では隠し通せる気がしないので」
 そうレオンの方から願い出たらしい。その辺りがウォルターに気に入られているのだろうと思った。 

 シーアも十八になり年頃になったものの痩せた体は女らしいとは言い難く、目元の鋭さは増し、目つきが悪いとさえ言われるようになった。女にしては上背があったのもその迫力に拍車をかけている。

「もう少し可愛げのある顔しないと旦那に逃げられるぜ?」
「これくらいの方が舐められないからいいんだよ」
 年長の男衆にからかわれてもと意に介さないどころか、そう満足そうに笑う始末だ。
 新人二人は立派な仕事人間になってしまって、旦那だ女房だと言われてもさらりと受け流してしまう。周りの人間にしてみれば、面白くないことこの上ない。

 だからこそレオンが「シーアに言われて髪を切れない」と言った時は色めき立ち、皆ここぞとばかりに畳みかけた。

「男前は隠しとかないと、あっという間に港の女に持っていかれるもんな」
 短剣ダガーの刃に欠けや曲がりがないか、胡坐姿で丁寧に確認しながら手入れをしていたシーアは手を止めて顔を上げる。
 にやにやと嬉しそうに言う仲間にうんざりとしたため息をつき、軽く手を振った。

「お前、小奇麗にしたこいつと一緒に歩きたいか? 目立ってしょうがないと思うぞ? たまには代わってみるか?」
 彼女の放った短剣は軽口をたたいた男の顔の横を走った後、後ろの壁に食い立った。

「いや、いいわ」
 先輩の立場にある船員は、投げられた短刀に怯むわけでもなく笑って遠慮する。

「せっかくお前、地味顔なのにな」 
 他からもしみじみと言われ、囃し立てられたシーアはいい加減苛立ちが募った。
 レオンに顔を晒さない理由の口実に使われた事は分かっていたが、仕事では協力し補い合っている関係でもある。つい習慣でだんまりを通し、否定しなかった事を激しく後悔した。

「もぉー、うるさいなっ」
 毒づいて腰を上げたシーアにレオンが続く。
 ああもう、お前もついてくんなよ。
 結局連れ立つようにその場を離れる事になったが、ギルだけは「まぁ気がむいたらいつでも切ってやるよ」と笑っていた。

 とんだとばっちりだ。
 シーアは移動しながら腹立ちまぎれにレオンのふくらはぎを後ろから蹴る。
「痛い」
 口実に使った罪悪感があったのか、彼はごく淡々とそう言っただけでそれ以上の不満は口にしなかった。

#創作大賞2025 #恋愛小説部門

いいなと思ったら応援しよう!