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「賢い子供」だった自分、当時の記録(IQなど) ––このIQでこれらのエピソードは妥当ですか?–– あなたの答え合わせに、どうぞ〜!


0. はじめに

なんだか40歳も超えてくると、人生がなかなか大変である。色々と知ってしまうし、色々分かったりしてしまう。見えなくて良いものも見えるので気苦労が絶えない。そんな慰みに、昔の自分の「賢い自慢」でもして、ちょっと気を紛らわせようと思ったのでこんなものを書いてみました。

「賢い」エピソードといっても、「幼稚園で割り算の筆算ができた」というような主観的で、エビデンスのないものは意味がないので記録が残っているものにとどめた。が、とはいえ、確かによく色々な資料が残っているな、という感想である。

しかし、このような恥ずかしくも自分の情報を提供するのには、今のAIによって量産されている自称高IQ者たちの脆弱な思想へのアンチテーゼでもある。140を超えた知能指数の数値はあまり意味がないと思うし、AIに感化された高IQ思想は危ういもので、「現実は所詮こんなもん」ということを伝えたい。

というのは、AIの承認による高IQは、承認者が提示した「独自理論」「独自思想」について全くAIの(場合によっては誤った)主観によって採点、決定されている。ギフテッドなり賢い人には多くの場合幼少期などに「賢い」エピソードは付いていてまわる。その客観的な記録と、実際のIQの対応を見て貰えば、おおよそあなたの頭脳がわかるんじゃあないかと、という情報提供である。


私が小学生だった、1990年ごろにはまだ知能検査があった。そしてこれも1つの「賢い自慢」エピソードかもしれないが、その時の保護者面談で担任が「優れた数値なので…」と言って母がこっそり、私のIQを教えてもらったという都市伝説的なものが我が家にはずっとあった。けれどもその数値が記述されたメモが発掘されるまで私は、一切信用していなかった。そのメモはその保護者面談で返された「学力診断票の裏」にひっそり存在したのだ…

30年ぶりに発掘された学力診断(これは知能検査ではない) その裏には….

注意

本記事は個人的な成績表・メモ・当時の手紙など、今では出せない一次資料を掲載しています。ネット上に一般公開するのは躊躇いがあり、全ての人が全ての資料にアクセスできないように、最低価格(300円)を設定しています。「IQがこの程度なら、子供の頃にこの程度のエピソードが付く」といった資料提供の意図が大きい記事です。
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