脚本75「楽猿」
●登場人物
◯異楠志主人(いくす・しすと)
◯マーガレット雲水
◯仮面(かりつら)仮面の女
○園長
○猿
無骨な建物の中に入ると壁、天井、床全てが真っ白な空間になっていた。そこでうじゃうじゃと蠢いているのは、大量の猿。いくつもの猿山があり、どれとも分からぬ糞を投げている。
その猿山地帯を抜けた先に、黒衣の人物と目元に仮面を着けた女がいた。猿山で仮面舞踏会でも開かれるのだろうか。
雲水「んはあああ! ふんんんんっ! リェェェアアア!」
園長「マーガレットさんが苦労しておられる」
雲水「イェアアアアアアアラァアァァアア!!!」
仮面の女「う、うううっうぶぶぶぶぶぶばばばっ」
園長「よ、よし! がんばれ! マーガレットさん!」
雲水「ハァァァアアアッッ!!!」
ヒュパッ。と青白い何かが異楠の横を飛び去っていった。
「キィィィ!」
と甲高い猿の声が園内に響く。
異楠「うわああ! 猿……かよ……」
雲水「除霊は終わりました。その仮面にはもう何も取り憑いてはいません」
仮面「ありがとうございます。なんだか頭が軽くなりました。私今、すごくいい気分なんです」
園長「悪霊はここでしっかり処分しますので、ご安心ください」
仮面「ありがとうございます!」
雲水「むっ! いかん!」
マーガレット雲水は、その黒衣をはためかせ異楠の方へ突撃してきた。猿はまだ奇声をあげている。
雲水「屈めぇぇ!」
異楠「ええっ」
園長「マーガレットさん!」
雲水「リャアアアアア!!」
数珠を握りしめたマーガレット雲水の右手は異楠に届かなかった。
猿から飛び出た青白い何かは異楠の後頭部に衝突する。
異楠「あふっ」
雲水「間に合わなかったか!」
異楠「待て!」
何事もなかったかのように立ち上がった異楠が声を荒げた。その視線の先には仮面の女が。
雲水「園長! 彼女を守ってください!」
園長「了解した!」
異楠「このぉ…このぉ…アバズレがあああ!!」
仮面「ひぃいぃい」
異楠「よくもよくもよくもよくもよくもよくもぉぉぉ!」
異楠は手足を使い滅茶苦茶に走り込む。仮面の女目掛けて一目散に。
園長を殴り飛ばし仮面の女に襲いかかり、力強く押し倒した。
異楠「なにが除霊だ、何が辛い思いをしてるだ!!」
仮面「や、やめてっやめてっ」
異楠「なぜ私が猿になんぞ入れられなくちゃならない!? お前がしたことはこんなことでなかったことにはしてやらない!」
園長「マーガレットさん」
雲水「ハアアアア!」
異楠「うっぐ」
異楠から青白いものが出た。その青白いものは転がっている仮面に入っていった。
異楠「俺はなにを。あ、あなたは」
仮面「や、やめてやめてややめやめめ」
園長「マーガレットさん、これは」
雲水「なんて強い霊なの。恨みの強さが尋常じゃない」
仮面「やめやめめやめてやめ」
異楠「この人…」
園長「大丈夫ですか、異楠さん」
異楠「すみません、殴ってしまい」
雲水「私が完全に外せなかったからです」
異楠「……」
園長「どうかしましたか?」
異楠「いえ、今日処分予定の猿を回収しに来たのですが」
園長「ああ、今日は十匹なんですが、最後の一匹がしぶとくて」
仮面「やめやめめめやめ、て……」
雲水「仮面は?」
園長「え、あれ? ここにあったけど」
青白いものを入れた仮面がなくなっていた。甲高い猿の奇声もなくなり、無音。
猿「いつまで被害者面をするの?」
雲水「なにっ」
園長「まさか猿が勝手に」
仮面を着けた猿が柵の上に座っていた。そして話しかけてくる。
猿「そこの男、わかってるはずよ。あの女がどういうやつか」
異楠「それは、そうなのかも、だけどよくわからない。何の記憶なのか」
猿「さっき、あんたに入ったとき残したの。被害者面したそこの女が私の主人を殺したのよ」
園長「な、話が違いますよ」
雲水「私を騙していたのね」
仮面「ち、ちがう! その女が勝手に私の夫に言い寄って振られたからって自殺したのよ! だから私を呪って」
猿「違う!」
異楠「猿の言ってることは、本当かも」
仮面「勝手なことを言わないで!」
異楠「しかし俺にはあの光景が」
仮面「部外者は黙って!」
異楠「たしかに俺は部外者だけど……」
猿「だめ、突き止めて、私はもう…」
雲水「いかん、消えてしまうっ」
猿「あいつを、あの女を暴いて、ね……」
猿はコト、と柵から落ちた。何事もなく頭をかく猿を園長が捕まえる。
雲水「出入りが激しすぎて霊魂の力が弱まったか」
園長「マーガレットさん、コイツはどうしましょう」
雲水「彼女の霊魂は、その猿に収まってます。可愛そうですが、処分するしかないでしょう。放っておけば猿が霊魂に支配されてしまいます」
異楠「園長、あの仮面の女をどうにかしないと……俺はその猿に入っている方に託された気がするんです。このまま処分したら、俺に残された彼女の記憶はどうなるんでしょうか」
雲水「……それも彼女の言っていた呪いの一種なんでしょう」
異楠「そんな、俺はただ猿を処分するだけの業者ですよ? たまたま居合わせただけでなんでこんなことになるんですか!」
園長「異楠さんには申し訳ないと思いますが…」
雲水「私の力が及ばず申し訳ない」
異楠「申し訳ないと思うなら、そこの女を捕まえてください。彼女の恨みを俺が晴らします」
園長「異楠さん、なにを」
異楠は仮面の女に近づき、力いっぱいぶん殴った。一発終わるともう一発。もう一発と。
仮面「ヒギッッ! ちょ…なにすッガフッ」
異楠「おまえのせいなんだよ」
仮面「や、やめ」
異楠「おまえのせいなんだよ!!」
仮面「や…め」
園長「異楠さん! やめましょう!」
異楠「うるさい!!」
取り押さえようとする園長を突き飛ばし、マーガレット雲水も取り押さえようと掴む。それを物ともせず異楠は殴り続ける。
雲水「これは、まさか彼の中にも霊魂が残っている!?」
園長「なんですって!」
仮面「やグッッ……グッ……」
園長「異楠さんっ死んでしまいます!」
仮面を着けていた女は殴られても声が出なくなってきていた。二人で取り押さえるが殴るのは止まらない。
雲水「彼は霊魂に支配されている」
園長「異楠さんは取り憑かれやすい体質なんですか?」
異楠「このクソ女ぁ! はぁっはぁっ!」
雲水「いいえ、その気配はありません。……ただ」
園長「ただ?」
雲水「彼はここの猿と数百、数千と関わっていくうちに、少しづつ霊魂を取り込んでいたのかと…」
仮面「…っ……っ……」
園長「そんなことが」
雲水「ええ、貴方と同じですよ。園長」
園長「私と? 私はなにも」
雲水「いくら取り憑かれてると言っても、人間の男一人を、二人で取り押さえられないわけないじゃないですか」
異楠「あああああ鬱陶しい猿どもめ!」
異楠は少しだけ女を殴るのをやめて、園長とマーガレット雲水を鷲掴みにし放り投げた。そう、鷲掴みにして。
雲水「うぐっ」
園長「げふっ」
雲水「もう死んでいますよ、彼女」
園長「マーガレットさん、その姿は、いったい」
雲水「気づいていなかったんですね。私も、園長も、猿に入った霊魂ですよ。だいぶ昔から、ね」
園長「そんな」
異楠「クソクソクソクソォォォ!!」
既に死体となっている仮面の女を殴り続ける異楠は、狂気の塊でしかない。この楽園で、今は唯一の人間であるのに。
しばらく猿の奇声、鳴き声に紛れて死体を殴る音だけが鳴っていた。真っ白な空間に赤い絨毯を映えらせて。
「楽猿」ここは猿の楽園とされている。
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