連作短編小説《君に好きって》1「1人目、皆原涼夏」
《僕の幼馴染って誰だろう。ふと考えてしまった。》
少女には好きな男の子がいる。その少女、皆原涼夏(かいばら・りょうか)は、ほとんど毎日幼馴染の楠昂也(くすのき・たかや)と下校する。
彼らは小さいころから近所に住んでいて、小学校から高校にあがっても仲の良い幼馴染という関係に変わりはなかった。
関係性に追加することがあるとしたら、サッカー部員とマネージャーということくらいか。
「昂也さ、最近人気だよね」
「別に、レギュラーになったから目に触れる機会が増えただけだよ」
「ふーん、そっか」
「どうしたの?」
皆原は、楠のことが好きだ。何年も前から大好きだ。だが、告白したこともなければ気持ちを匂わせたこともない。
彼女の持つ問題は、勇気がないこと。そして振られて今まで通りの接し方が出来なくなることが怖いということだった。
それが、彼女の告白を邪魔する。だから、まずは楠の気持ちを知りたくて、探りたくなっていた。
「その中に、ね。好きな女の子いたりしないのかなって」
「い、いないよ! なんだよ、急に」
少し直接的すぎるかと鼓動が激しかったが、今自分が懸念していることを思い切って聞いた。
楠はすぐに答えたが、声を不自然に張り上げて、明らかに動揺する。
いないという答えを聞いても、楠が動揺するせいで皆原の不安は何も解決しないどころか更に増長してしまった。
皆原の心はパニックだ。『なんでキョドってるの昂也! そんなの分かりやすいよっ、動揺しないでよっ! いるの? 本当はいるの? え、え、もう付き合ってるとか、ないよね!?』
皆原の眼は泳ぎまくっている。
「ふ、ふぅーん。そう」
うまく動揺を隠したつもりの皆原。もう正常な思考回路を保てないのか、平静を装おうと、つい、更に突っ込んだことを聞いてしまう。
「最近さ! 昂也、莉々子とも仲良いからさ! 莉々子のこと悲しませたら許さないからね、みたいなこと思ってさ! ほら莉々子私の友達だしっ? 莉々子が悲しんだら私も悲しいしっ? 何もだよ、本当それだけなんだけど、どうなのかなって思ってね!?」
顔を真っ赤に早口で捲し立てる皆原だが、もう何を言っているのかわからない、途中からはゴニョゴニョと言うだけで、真っ白な頭はもう使い物にならない。
楠はというと同じようなもんだった。彼も始めから動揺していたが、莉々子の名を出され、更に動揺しだしているのだから。
「莉々子!? なんだよ、なんで莉々子がでてくるんだよっ、はっ、あっ! ……なんか聞いた?」
もうどちらも必死だ。
互いに互いを探ろうとするが、頭真っ白過ぎてほとんどストレートに聞いている。
「な、なにも! 莉々子と最近仲も良いし、こっそり付き合っちゃってるのかなーって、あは、あはは思ってたからさっ」
ああ、皆原の瞳孔は開いちゃっている。もうこの勢いで告白してしまうのではなかろうか。
しかし、楠は莉々子と付き合っているかもしれない。どうする、どうしよう、そんな考えが皆原の中でぐるぐると渦巻いている。
「莉々子と!? そんなわけ、付き合ってるわけないって!」
「そ、そうなんだ。よかた」
心の声も出てしまった皆原。幸いだったかはわからないが、どちらも気にしていない。
というか、考えが回っていないんだろう。
「涼香、ちょっとそこでサッカーしない?」
「私マネージャーだから出来ないよ」
「いやさ、話そうよ」
話そうよ。皆原は楠の発言に期待と不安を感じた。ポジティブに捉えていいものか、もしかしたら何か報告されるのか。期待して違ったら泣いちゃうかもしれないとか。
考えていたら、自然に『うん』と公園に向かっていた。楠は鞄からボールを出して、優しく皆原に蹴ってくれる。
皆原はというとボーッとしていて、ボールを受けることもパスすることもミスしてばかりだった。
けれど楠は、何も言わず転がったボールを追いかけまわしている。皆原は、そうやって怒らないところも好きなところって思って少しニヤニヤした。
話したいって言ったのに、何も言わないでボールを追いかけ回していた楠は、ついに口を開く。
「涼香はさ、毎日一緒に帰ってるじゃん。おれと」
「うん」
「他に……、他に帰る人、いないのかよ」
「えっ、どうして?」
「えーと」
「嫌だった?」
「そうじゃないっ!」
「他には、いないよ。莉々子だってこっちじゃないし、昂也とは帰り道一緒だしそれに」
ゆっくり転がっていた誰も触っていないボールは、二人の間で停止した。
「ならいいんだ」
「それにね」
皆原は、ついに告白するのか。
「ん、それに?」
「ほら、昂也とはずっと一緒だからね? 日課になってる!」
言えなかった。チャンスは大いにあった。しかし皆原は言えなかった。
ばかばかばかばかと自分を責め悔しがる皆原。唇を少し噛んで、零れそうな涙を堪える。
「日課ね、俺もそうかもしれないな」
楠は笑いながら言った。
少しお互いを見つめ合う。これは、もう言えそうだ、今なら言っても大丈夫かもしれない。皆原は、そんな雰囲気を感じていた。
「あ、今日私夜ご飯作る日だった!」
「そうなんだ、じゃあ帰らないとか」
皆原は日和ってしまった。ご飯当番が本当か嘘か、ただ勇気が出せなかった。都合のいい理由をつけて、言えそうな雰囲気のこの場から逃げ出したかっただけで。
かと言ってその場でさよならとはいかず、公園から家までは一緒だ。
「涼香は偉いよな。ちゃんと料理してさ」
「そんなことないよ、練習したいだけだし、いろんな料理できるようになりたいんだー」
「涼香と付き合う奴が羨ましいな」
皆原は、独り言のように言う楠の言葉をうまく聞き取れなかった。
公園でのサッカーからいつものように上手く話せなくなっている二人。楠もそんな雰囲気を感じているのか、会話が止まるとすぐに次の話題を出すようにしているようだ。
「今日は何作るの?」
「えっ、今日? 今日はね、魚焼いたりスープ作ったり、かな。まだ考えてないや」
「俺、あれ好き。ちょっと酸っぱい豚肉のやつ。中華の」
「それって、酢豚?」
「それそれ! 酢豚」
「酢豚くらい名前覚えなよー」
少しだけ、いつものように笑いあえるようになってきた。
「酢豚練習しとくね、あ、今日酢豚にしよっかな!」
「まじで? じゃあ今度作ってよ!」
「任せてよ!」
と、普段通りの会話だったが、皆原は公園での雰囲気がよぎり、この会話がデートの約束のように感じてしまった。
こんな会話は今までも何回もあったし、たまに皆原の作った料理を食べにも行っていたから変わったことは何もない。
ただ、さっきの会話が今までとこれからを別物にする。
「俺んちは、今日何かなー」
「カレーじゃない? 昨日カレーだったんでしょ?」
「あ、そうだわ、絶対カレー。涼香俺よりウチのことわかってんじゃん」
そんな感じで笑っていたら皆原の家の前についた。いつもここでバイバイだ。
「また明日ね、昂也」
「そうだな、教室でだな」
「いつもギリギリすぎ」
「眠いんだよー、朝はさー」
「…起こしに行こうか?」
皆原は冗談交じりに言ってみた。
「えー、やだ、起きないし」
「私もやだ、遅刻するもん」
いつものように玄関前で少しだけ話して楠は、去っていく。
少し遠くなった楠の背を見て
「好きだよ、昂也」
そう、ポツリと声に出した。
聞こえないけど、それなのに、恥ずかしくてすごく顔が赤くなった。
『君に好きって、言えなかった』
おわり
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