短編小説4「そして驚愕と絶望」
《僕は一途でいようと思う。だって・・・》
今にも泣きそうな女は、男の声に過敏な反応をした。あ、とか、う、とかすぐに言葉を言い出せない男は、ゆっくりと口を開く。
「ごめん、あやか」
「……なんで、謝るの」
「……ごめん」
あやかは我慢できない涙を流しながら声を出す。
「高一、他に好きな人……できた?」
「あやか……」
唇をグッと噛み、立ち上がるあやか。
「帰るね。……ちょっと待ってて」
「なにするんだ?」
高一は受け入れてくれたのか、と少しホッとしている様子だ。
「うん、ちょっと」
言いながら、あやかは高一を見て、自分の指を切って壁に擦り付けた。
「お、い……何して」
「うん? 私の印、この部屋に残しとくね」
何度も何度も切った指を壁に擦りつけるあやかは、涙を流しながら笑顔で語り掛けている。
「やめ、ろよ……」
「こうちゃんも残しとく?」
あやかは高一の手を掴もうと近寄ったが、高一は思い切り後ろへ飛びのいた。
「……もう会うことはないよ」
「そっかぁ、じゃあ……ばいばい。えへへへ」
あやかは家を出ていった。指を壁に擦りつけたまま。それは玄関口まで赤い線は伸びていく。
「泉。あやかは振ったよ」
高一の呼びかけに、ベランダから泉が出てきた。
「がんばったねっ、高一!」
ぴょんっと高一に抱き着いて言った。
「あぁ。なぁ、泉、少し話があるんだ」
「え、なになにぃ? そんなことよりさっきさっ」
「別れてくれ」
「でさ、なんでそんなことしてるのって聞いたら」
これは完全な無視だ。泉は瞬時に聞かなかったことにした。それでも高一はもう一度言う。
「泉。帰ってくれ」
「やだよ……」
「じゃあな」
無理やり外に押し出そうとする高一の手を振りほどく。
「やだよ! やだ! 許さないよ!」
「帰れよ!!」
高一は泉を外へと押し飛ばした。
「絶対連れてくから!」
泉は、よくわからないことを叫び続けた。
その直後、トイレから深夜が出て来る。
「あ、深夜か」
「どういうこと? なに? さっきの女」
目玉が転げ落ちそうな程、かっぴらいて高一を見下してきた。生唾を飲んだ後、慎重に言葉を出す。
「おまえが一番だって言ったろ? 気にすんな」
「信じられない……」
挽回は無理か。そう思った高一は、突き放すことにした。彼は深夜が自分のことを好いていることを知っている。それを逆手に取り、立場を逆転させようとした。
「は? だったらもう俺に関わんなよ」
「え? そういうつもりじゃ」
高一の思い通りに、深夜は狼狽えていた。面倒くさくなった高一は、突き放すことにしたようだ。
「信じられねぇんだろ? だったら出てけよ」
「う、うそだよ、信じるよっ」
「もうおせーよ」
「い、いたいっ、おさないでっ」
無理やり外に押し出される深夜は、高一とのペアリングを取られ、捨てられた。そのまま追い出された深夜を確認して、キッチンの下から可露里が這い出てくる。
「高一~、これ、みてぇ、また血がいっぱいでてくるのぉ」
「またリスカかよ」
今日だけで何人の女の血がこの部屋で流れたのだろうか。殺人事件でもあったのではないかというほどだ。
「なめてぇ」
切った手首を上目遣いで見せつけてくるが、高一は無言のまま動かない。
「高一……? 可露里死んじゃうよぉ」
目を力いっぱい瞑る高一。
「ねぇねぇ、いっぱい切ったよぉ~」
「もうやめてくれ……見たくない。見たくないんだよ! うんざりだ!」
「こ、ういち?」
「別れてくれよ。帰れ」
可露里は理解しようとしていなかった。首をかしげて、何かに気づいたように
「足りないの? もっと切ろうか? どれくらいがいいかな?」
それには答えない高一。可露里の表情は険しくなり、絶望していく。
「もっと切るからぁ!! 捨てないでっっ!!」
可露里は追い出された。
次はこたつの下から爽子が出てきた。
「ばぁっ」
「うおっ」
「誕生日おめでと」
「え? まだ先だけど」
たしかに、高一の誕生日は半年以上も先だ。
「待ちきれなかったの」
「これは?」
「さぁ、なんでしょおー」
「でも貰えないよ」
貰った包みを爽子に返す。だが、爽子は笑顔のままだ。
「なんで?」
「実は俺」
「私が浮気相手だから?」
「へ? 爽子、おまえ」
ニコニコしながらも淡々と早口で喋る爽子に高一は冷や汗をかいてきた。
「知ってたよ。他に女がいること」
「なんで?」
恐怖感を隠そうと高一は笑顔にしてみるが、完全に引きつっている。ピクピクと口角が緊張しているのはバレバレだ。
「いっぱいね、集めたよ」
「なに、を?」
「はい、プレゼント。だよ」
「中身は……?」
高一は呼吸が荒くなっていく。中身はなんだ、悪い想像が掻き立てられる。中身はなんなんだ、なんなんだ、吐き気がする。目の焦点がブレブレな高一だ。
「なんでしょおー」
「おまえ、その右手、どうした……」
爽子にしては、形や大きさが違う右手に気が付いた。緊急事態に火事場の馬鹿力のようなものが視覚に働いたのだろう。
「えぇー? こう君にフラレてからがんばったんだよぉ?」
爽子じゃ、ない! この子は爽子じゃない! と高一はパニックになる。目の前の女の子が誰だかわからない、顔は知っているのに、誰だかわからない恐ろしさに歯をガチッと鳴らして身体に力を込めた。
「……え? 誰、だよ」
「忘れたの? 私のこと忘れたの?」
「は? だって顔……爽子じゃ」
「えへへ、また、顔変えなくちゃ」
笑顔の爽子じゃない女は部屋を出て行く。
続いてクローゼットからエマが出てきた。
「家に帰して……」
「エマ、か? なんで、ここに……?」
「見えないよ……眼が痛いの」
目を押さえながら震えるエマ。ここがどこだかもわかっていないようだ。
「来るな……付き纏うなぁぁ!」
「高一の声が聞こえるよ?」
声に反応して安心したようにエマの震えは止まった。しかし、高一は違った。もう自分の口に意識がいかないのだろう。涎を零しながら震えている。
「ひっ……なんで、いるんだよ……」
「高一、私まだ親に紹介してもらってないじゃない……」
「くぅぅるなぁぁ!!」
狂乱した高一は、エマをベランダから放り投げる。
しかし、それだけでは何も終わらなかった。
タンス、冷蔵庫、シューズラック、天井、ソファの下から次々と女の子が現れ続ける。その誰もが高一に好意を寄せており、異常な愛を伝えていく。
どれだけ追い出しても現れ、何かを残していく。
やがて、部屋には女の子一人一人が残していった物が溜まっていく。
「終わらない……終わら、ない」
着信音がなる。
その数はどんどん増えていく。
いろいろな場所から聞こえてくる。
着信音がうるさい。
高一は、近くで見つけた電話を拾ってみた。
恐る恐る電話に出る。
音が一斉に止まる。
「外を見て」
言われた通り、高一はベランダから外を見て、後ずさる。
高一が遊んだ、おびただしい数の女がこちらを見ていた。
完
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