短編小説25「宇宙人を呼ぼう!」
《なぜ宇宙人はグレイなのか。
そんなことがどうでも良くなる!》
都内高層ビルのヘリポート。深夜十二時。
世恋(せれん)、利賀(とが)、雷鳥(らいち)は左手を腰に。右手は上空に掲げグルグルと回す。円形に並び、空を見上げる三人は、しばらくぶつぶつと同じ言葉を続けていた。
三人の声がハミングする。
『みゅんみゅんみゅんみゅんみゅんみゅんみゅん……』
そして世恋が締める。
「みゅん」
更に利賀が締める。
「みゅみゅん」
最後に雷鳥が締めくくる。
「みゅみゅみゅん」
全員が両手を前に、右手と左手を重ね合わせた。ゆっくりと、柔らかいものを包み込むように。
「来た」
世恋が口を開いた。
そして、三人の中心に光の柱が立ち上がる。何度も何度も挑戦して一度も起きなかった光の現象は、ついに今、成功したのだ。
興奮して利賀が叫ぶ。
「ようこそ宇宙人様ぁ! さぁ、みなさんご一緒にぃ!」
『ようこそ! 宇宙人様!』
その呼びかけに合わせ、三人で叫ぶ。深夜にもかかわらず相当な大きさの声だったが、高層ビルの屋上に吹く風が音を霧散させた。
『頭が…高い』
宇宙人と思しき声だけが聞こえる。
そして『キィィ』と屋上の扉が開いた。
てっきり光の柱に現れるかと思った。UFOがあるのならば、そこから光が発せられてシュワシュワンシュワンと降りてくるものかと。
利賀は只々宇宙人に従い、指示を出す。
「みなさん頭が高ぁい! めり込ませ!」
『レッツ! ヘル!』
ヘル。地獄へ。なんて掛け声を揃えられるんだこいつらは。
三人は掛け声とともに、屋上のコンクリートに額を打ち付けた。
のろり、と顔を上げ利賀は発言する。
「宇宙人様、発言宜しいでしょうか」
「少しだけな」
宇宙人。見た目からすると《洋服を着たグレイマスクマン》が偉そうな口を叩きながら、屋上の扉から歩み寄って来ていた。
その動きを注視する三人。ゆっくりと光柱の中心へ入り、そこで宇宙人はタバコを咥え恰好をつけるように立った。
「んで? この宇宙人様に聞きたいことってのは、恰好良さの秘訣かい?」
「いえ、違います」
利賀は真面目な男だ。即答で否定した。
「宇宙人様、眼下をご覧ください」
世恋が、グラりフラりユラリふわふわと額をコンクリートから離し立ち上がって宇宙人を屋上の淵へ案内する。
『ドプッ』と血が噴き出た。
「うおおおっひぃぃぃっ血ぃぃあちっあちっ」
顔面血まみれの世恋に恐怖した宇宙人は、タバコを脚の上に落とす。そのタバコは弾み、地面を転がり血だまりでジュッと煙を上げた。
そう、世恋は顔面を本気でめり込ませていたのだ。彼女もまた、真面目な女だ。
「宇宙人様! ご無事ですか!?」
雷鳥は即座に宇宙人の膝を摩りに飛び掛かった。
その一方、利賀は世恋へ怒鳴り詰め寄っていた。
「世恋貴様っ宇宙人様にお怪我をさせたな!」
「その血を拭きとれ!」
雷鳥が自分のTシャツを引き千切り、投げつけ、世恋に血を拭わせようとする。
生地はパサリと落ち、それを踏みつけながら利賀は世恋を屋上の淵へ引きずっていく。
「お、お情けを…お情けをくださいましぃい…」
「情けは人の為ならず! しいては我々の為にならず!」
「あ、いや、ちょ、まって、大丈夫だから」
利賀は、このバカ高い屋上から世恋を本気で投げ捨てるつもりだった。
宇宙人はドン引きしながらも引き留めようとしている。
「成敗致す!」
「落ちろ!」
宇宙人の膝を撫でながら雷鳥も叫んだ。
そして、淵へ。利賀が冷静に促した。
「落ちろ」
「い、いや、いや」
震える世恋に、利賀は最後の責任を負う機会を与えたようだが、世恋はそれを拒否。
しかし利賀も雷鳥も許さない。
『おちろ!』
「いやぁぁぁ」
突き落とそうと雷鳥は走って来ていた。
世恋を高層ビルの屋上から突き落とす雷鳥と利賀。
「ちょちょちょっ」
宇宙人が駆けつける。
「お情けをぉ」
落ちかけた世恋は、宇宙人に引き上げられた。
「ちょっと待ちなさいよ」
息を切らせた宇宙人が言う。
この狂信者共には言葉が通じないようで、その光景を目を輝かせてみていた。
「おお、奇跡だ」
「宇宙人様の奇跡だ」
「奇跡の力だ」
世恋までもが他人事のように、崇拝する。そこから、ゆっくりと三人の呼吸が合っていき、リズムがとれてきたようだ。
『Oh奇跡、宇宙の王。光の軌跡に導かれ。救世主は、彼Yeah』
即興ラップとステップで宇宙人を讃える。
これには宇宙人も面食らい
「お、王…Yeah…」
と、変なノリで返してしまった。
調子に乗ったのか、まだ続ける。
『雁首揃えて、眼下をウォッチ。アウチ、キツイぜ眼中nothing』
「宇宙人様、この星の現状を見てください」
真面目な利賀がすぐに切り替えた。いくら真面目でも心が壊れたらおかしくなる。彼らは長いこと前に心が壊れてしまった集団だ。
「え、うん。君らちょっと怖い」
「全てが崩壊していくこの星を救ってください」
世恋は無視して、要求する。
宇宙人が屋上から街を見下ろすと、そこはどこもかしこも燃え上がる地獄絵図だった。
宇宙人は雷鳥に聞く。
「これは?」
「暴徒です。ある時を境に暴徒が連鎖的に増えたのです」
そこに世恋は絶望の顔で
「みんな殺しあっています」
「こんなの、悪夢の限度を超えています」
この状況を宇宙人は知らない。まだこのビルの屋上しか知らなかった宇宙人にしてみれば、まさに天国と地獄のような差だ。
「ははは、君たち。なんだよこれ」
「さぁ、宇宙人様。どうかこの星を救ってください」
利賀が膝をついて願い出る。
世恋と雷鳥もそれに続き、膝をつく。崇められている構図になり、宇宙人は悪い気はしていない。
「救世主はおれ。中二病心がくすぐられるぜ」
「おお宇宙人様」
「これで世界は救われる」
「やったねみんな!」
三人は口々に喜びを分かち合う。
「じゃ、いっちょやったりますかぁ」
意気揚々と宇宙人は屋上から出て行った。
☆
高層マンションの一室。この部屋はグレイマスクマンの住処だ。
彼は、グレイマスクを被ったまま、一人でテレビの前に座っている。
この男は、本名かどうかはわからないが、自らをメバルと名乗り生活をし、その素性はマンションの住人の誰も知らない。
なぜならメバルはこのマンションの住人ではないからだ。
そう、この部屋もメバルの物ではない。誰か知らない人の部屋を勝手に使っている。
しかしそんな人間はおそらく数えきれないほどいるだろう。世界に暴徒が溢れ出した時、家は放棄され、放棄された家は個々の避難場所となったからだ。
暴徒。それは人々に喰らい付く死体だ。奴らはどこにでもいる。
「あれ? 電源入らねぇじゃん」
カチカチとゲーム機の電源を弄るグレイマスクマン。電気の供給がついに途絶えたようだ。
世恋、利賀、雷鳥に崇められ、その場の空気に飲まれたメバルは救世主だと乗り気になってしまった。しかし彼にできることなど何もない。
彼だって、この騒動の初期にマンションへ逃げ込み、それ以来引き籠っているだけの非力な普通の男だ。
「あいつら、宇宙人なんていると思ってんのか……」
メバルは、毎日毎日屋上で宇宙人降臨の儀式を執り行う三人を疎ましく思っていた。こんな世界で無駄な希望を持つ彼らを憎んでもいた。
やめさせるための宇宙人のフリだった。
そのはずだった。
「……俺、あいつらに必要なのかな」
メバルには、あまり友達がいない。彼は卑怯で卑屈で他人を信じることなく生きてきたから。でも、嘘をつくための行動だったとしても、三人にも必要とされた。
「違う、あいつらは宇宙人が必要なだけだ」
グレイマスクを脱ぎながら、虚ろな目で後ろに倒れ込むメバル。ゲーム機の横には「YOU OF THE DEAD」と書かれたソフトが転がる。
「へへへ」
『みゅんみゅんみゅんみゅんみゅんみゅんみゅんみゅん……』
雷鳥、利賀、世恋の声が頭の中に流れ続ける。
宇宙人を召喚する呪文のような音が流れ続ける。
「終わったよな。これもう世界終わってんじゃん!」
『みゅんみゅんみゅんみゅん……』
外に出ず現実逃避をしていたから、改めて現実を見てショックを受けているようだ。
『ガダガダガダッッ』
玄関付近で大きな音が鳴った。これは暴徒に攻め込まれている音。
「おれ救世主だし。おれ宇宙人様だし。おれ死ぬわけねぇし」
もうこの部屋にも籠っていられない状況かもしれない。
いつか何かの為にと用意して、使えずに転がっている金属バッド。
ジッと見つめて、激しくなる玄関の音を聞いている。
メバルはもう一度、ゆっくりとグレイマスクを被り、金属バッドを握る。
☆
「みゅん」
「みゅみゅん」
「みゅみゅみゅん」
世恋、利賀、雷鳥は二人目の宇宙人を呼びよせようと更に降臨の儀式を行っていた。こいつらはもう止まらない宇宙人狂信者だ。
「来た」
世恋は屋上の入り口を見る。かすかに聞こえていた雄叫びが徐々に大きくなり
「うぉぉぉぉぉぉ!! おれは宇宙人様だぁぁ!」
宇宙人様のメバルは三人の願いを聞き、金属バッドを振り回す。
まずは自分が生き残るために。しかし三人を助けるために。
屋上へ向かって。
「みゅんみゅんみゅんみゅんみゅんみゅんみゅううううん!!」
メバルは降臨の呪文を叫び自分に勇気を与えていた。
Re:Start
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