短編小説1「桜クラゲ」
《冒険はどこでもできる。
それをいつからか忘れていた。》
《桜クラゲ》クラゲの傘に桜の花びらのようなマークがあることから、そう呼ばれる。これは中高生の間で流行している都市伝説だ。
「桜クラゲ! 探しにいこーう!」
机に突っ伏して眠る少年は耳元で叫ばれ跳び起きた。居眠りで気付いていなかったが、授業は全て終わっている。まだキンキンする耳を押えながら、少年は口をとがらせる。
「嫌だ、一人で行」
「ダメ! 探しに行くの、行かなきゃ流行に乗り遅れるんだぞ」
と、問答無用で少年を引きずる少女はスマホを片手に情報収集を始める。《桜クラゲ》とは、今街中の色々なところに隠されている落書きのことだ。落書きを見つけたら自撮りしてインスタに上げることが流行っている。
「今日はここに行こう!」
見せられた写真には茶髪をかきあげた女性が大きなサングラスをかけて写っていた。その横に《桜クラゲ》が書かれている。
《桜クラゲ》は主に新宿で発見されている。これから向かうのは、新宿歌舞伎町。高校生の男女が向かうには少々危ない場所だ。
◆
「うわ、ホストクラブってこんなにあるのか」
「みんな髪の毛すごいねぇ!」
ギラギラした看板が多くなってきた。
見るからに怪しいおじさんが明らかにこっちを見ていることには少年も気付いている。声をかけるのに丁度いい距離というのがあるのだろう。いきなり近づいてきて声をかけてきた。
「お嬢ちゃんジェーケー? お小遣い足りてる? お仕事があるんだけどちょっと聞いてかない? 嬢ちゃん若いから相当稼げると思うんだよね」
「結構です」
少女の代わりに少年が口を挟んだ。
「君はいらないからどっか行けや。ね、嬢ちゃんコッチおいでよ」
「走るよ!」
少女の手を引き走る。おじさんが見えなくなった辺りで、息を整えた。
「私可愛いんだねぇ」
「呑気な事言ってんなよ」
「いーじゃんいーじゃん、逃げれたんだし」
「おまえ、一人で来んなよ」
「おー、じゃあまた一緒に桜クラゲ探してくれるってことぉ?」
それは無視して前を向くと《桜クラゲ》と思われる落書きを見つけた。
「なぁ、あれ桜クラゲか?」
「んー、見たことない色。あっ、きっとレアなんだ! レアクラゲさん!」
たしかにそれは、街中にある落書きとは違う色だった。全て黒色で書かれていたはずだが、この落書きだけは赤色なのだ。
落書きだから色が違ってもそういうものだろうとは思うが、何かが違う。『違う』と思った。二人は壁から突き出たホストクラブの看板の根元に書かれた落書きに近づく。
「これ、なんか違うんじゃね?」
「むー、似てるけど……何か」
「一応撮る? 写真」
「それが目的なのだ!」
さて、《桜クラゲ》の都市伝説には続きがある。街中にありふれた桜クラゲはクラゲの子供たちで、本物は別にあるという。それは決して見つけてはいけない。もしも見つけたら、クラゲの触手に絡まれてどこかへ連れ去れてしまうからだ。
「ねぇ、知ってる? 赤い桜クラゲの噂。友達の学校で見つけた子が学校に来なくなっちゃったんだって」
◆
「アニキ、あれはもう俺らの手を離れちまいました。手に負えねぇ、これ以上は足が付いちまいます」
「おまえの最初の落書きからこんな大事になるとは……」
雑居ビルの一室。黒革のソファに腰掛け、二人の青年が言い合っている。
「若い子にインスタに上げさせただけで、ここまで広がるのか」
「それに、もう俺らの知らねぇ落書きが増えすぎた。店の従業員も補充できた」
最初はヘタクソな蛸の落書きだった。インスタ映えスポットを作り、若い子を集める。群がった子らをスカウトし、高額バイトをさせる、罠。
それが勢いを増して《桜クラゲ》と噂になってしまったのだ。
「あ? アニキ、事務所にも落書きしたんすか」
「おれは絵なんか描けねぇよ」
「じゃあ誰が桜クラゲを…なんか、違う?」
壁の赤い桜クラゲに顔を近づけた。
完
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