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短編小説3「アストラの無限定理」

《ずば抜けた頭脳を持つ人には、難がある。》


『特に意味はない』
 これは私の口癖だ。つい余計なことを言ってしまう性格と科学者としての立場から、相手に気を遣わせないための不器用な言葉なのだ。

「教授! 提出した論文の件ですが、ご意見を頂けたらと思いまして」

 駆け寄ってきたのは、私の助手である。彼女はとても優秀で今回の論文は素晴らしかった。特に人工的な眼球の生成についての考察は良い。

「ああ、とても興味深かったよ。しいて言うならば研究の結果についてだが、私なら他の方法も試してみたかな。例えば人体実験など……なんてね」
「人体実験……」
「いや、ジョークだよ。特に意味はない」

 彼女は真面目な子だったのを忘れていた。ぶつぶつ呟いて何やら考え事をしていたが、まさかな。だって、ジョークだよ!?

「教授! お久しぶりです!」
「おお、五年ぶりかな! どうしたんだね」

 彼は私の教え子だった子だ。ずいぶんと活躍しているようで科学誌で何度か見たことがある。教え子の活躍は楽しいものだ。

「拝見しました。教授の『アストラの無限定理』! あの回答が導き出す先に星間移動への活路が見えるのですね!」
「ああ、そのことか。私にとっては特に意味のないことだ」
「何を仰いますか。あの定理を証明しようと有能な科学者が躍起になっているんです、さすがは教授です」

 私はずいぶんと立場が上になってしまった。何かを発表すれば、周囲の者たちは皆称賛の嵐だった。『素晴らしい』『さすがです』『御見それしましたぁ』と聞き飽きる程だ。

「ついに証明はできなかったか」

 『アストラの無限定理』の発表から十年。私は息絶えようとしていた。病気ではない。いや、ある意味これは社会の発展がもたらした病『過労』なのだろう。

 身分が高くなろうが、私は科学者である。尽きることのない知識欲に身体が着いてこられなかったんだ。

「私の……『アストラの無限定理』を証明してみせよ」

 私は最後の言葉を残し、生者の世を去った。科学者の私が『生者の世』などとは、我ながら面白いことを言ったものだが、私の楽しみはここからである!

 晩年の私の生き方になど『特に意味はない』のだよ。身分が高くなれば、誰も私を否定しない、何を言っても称賛されるつまらない世の中だったからさ。

 私の定理も五十年は証明されていない。地球上最大の謎とされるほどだ。だがそれもそのはず、私にも解けやしない。

 だってあれは、『特に意味はない』のだから。

 天才の私が適当に考えただけなのだから。多くの学者が躍起になる姿を…私の死後の楽しみとするための。
 その点からすると『特に意味はあった』な。

 面倒な話だろう?

「……こ、これだ……僕はアストラの無限定理を証明したぞ!」

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