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短編小説5「1967年7月10日」

《バックトゥザフューチャーって、
共通言語を作ったよね。》


 液野光矢(えきの・こうや)の脳内に渦が巻いた。自分が何を見て、何を考えていたのか、全てわからなくなっていた。全身に重力が重く圧し掛かったのかと思うくらい脚が動かず、その場に膝をつく。

「だいじょうぶかい、あんちゃん」

 そんな光矢の脇を抱え、初老の男がその場に立たせる。目頭を押さえ、ゆっくりと視界の情報を脳に送り込む光矢は、今日初めて呼吸するのかというくらい空気を吸い込んだ。

 ここは飲み屋街だろうか、のれんの中はすぐにカウンターで、扉もない。テラス席というオシャレな表現にはほど遠い、小汚い店構えだ。

「急に飛び出してきちゃ危ねぇぜ?」
「すいません」

 声は少し荒っぽいが、気立ての良い男だ。その男は光矢が落ち着くのをじっと待った。
 ジーパンにセーターの男とタイトなスーツの光矢が並び座る、その光景はノスタルジーな気持ちにさせる。

「ここはどこですか」
「あんちゃん昼間から飲みすぎだぜぇ、はっはっは!」

 光矢は、少しづつ晴れていく頭の中でも、よくわかっていないことを聞いた。
 男は、酒を飲んで記憶を消すことが多いのだろう、光矢が飲みすぎて記憶を消したと思ったらしい。

「札幌だよ。あんちゃん何処から来たんでい」
「え……札幌? ……僕は、東京から」
「ほあー、内地かい! お偉いさんじゃねぇか」
「いや、僕は、まだ全然、下っ端の」
「俺らから見りゃお偉いさんだってば。なんて名前だい?」
「僕ですか?」
「他に誰も客なんていねぇじゃねぇか、なあ親父」
「その分あんたが飲んでってくれりゃあ十分さぁ」

 店の親父は新聞を読みながら煙草の火を消した。

「で、名前は」
「液野光矢です、光の矢で光矢」
「変わった名前だなぁあんちゃん」

 名前を聞いた意味は!?光矢はそう思ったことだろう。
 男は、ガハハと笑いながら光矢の肩を叩く。あまり聞きなれない言葉も使っていて、ついに聞かないでおこう、恥ずかしくて聞けないと思っていた質問をすることにした。
 光矢達の世代ではテンプレートにもなっている言葉があるからだ。

「今は、何年の何月ですか」

 やはりというか、普通路上ではされることない質問にキョトンとされる。この時代に『バックトゥザフューチャー』が放映されていれば、ある程度分かりやすい質問にもなっていただろう。しかし、ここは

「時間じゃなくてかい? 今日は7月10日だな、1967年の」

 放映前だった。
 想像はできるが、現実にそんなことが起こるかなんて思っていない人が大半だろう。そんな出来事が起こってしまった。

 光矢も例外ではない。この質問も苦し紛れに自分をごまかすための物だったかもしれない。それほど目の前の景色に発展がなく、街中の音に優しさがあったからだ。
 自分の目が写真加工アプリなら、セピア色にしたくなるように。

「スマホ…あ、いや、携帯持ってますか?」
「……けいたい?」
「……あ、そうか、黒電話とかになるのか、この時代は」
「あんちゃん大丈夫かぁ? ほれ、グイっと」

 初老の男は、景気づけにとでも思ってか光矢に焼酎を渡す。そのコップをグイっと飲み干し男の座っているカウンターに置いた。
『たけや~、さおだけっ』
 がさがさしたおじさんの張り上げる声が店裏を過ぎる。

「おんや? あんちゃん何処いったべ」

「んっ!?」

 光矢の目の前にコンクリートとガラスのビルが立ち並ぶ。さっきまで見ていた景色とはまるで違う、優しを感じない無機質な街だ。
 元の時代に戻ってきたようだ。

「夢? いや、酒? 焼酎臭いな」

 それはさっき焼酎を飲んだからに違いないが、混乱している状態では夢か酒か判断が難しい。そして財布がなくなっていた。
 酔って寝ていただけで、財布はすられただけ。と思う。

「ああ、いたいた、液野光矢さん、財布落としてましたよ」
「あれ、あんた、会ったこと」

 初老の男がいた。その男はさっきノスタルジックな町で会った男に似ていた。名前を呼ばれたがなぜ名前を知っていたのか。なぜそれほど歳が変わっていなかったのか。

 初老の男は呟いた。

「俺ぁ酒飲みすぎたかもしれねぇなぁ」

 訪ねたくとも男は目の前にいない。そうしてすぐに、後ろのベンチから声をかけられた。ゆっくりと低い声で、杖を突いた老人に。

「光の矢と、書くんだったかな。光矢さん」

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