脚本37「キャンディボーイ」
《ヤバい奴は近くにいるかもよ》
●登場人物
◯遠藤(えんどう)
◯鉢野木(はちのぎ)
○笹目(ささめ)
スマートフォンを左手に持ちながら歩く男、遠藤。帰宅ラッシュの駅ホームで大多数同様スーツを着て歩いていた。
自分を追い抜いて行く者、向かって来る者。表情なんて見ようとすら思わない、興味のない空間だ。
鉢野木「ってぇな!」
遠藤「…あ?」
向かってきたサラリーマンが遠藤にぶつかり、因縁をつけてきた。多少ぶつかるくらいなら無視して進めばいい。それなのにわざわざ状況を悪化させるように悪態をついて来たサラリーマンに、遠藤は気分を害したのだ。
鉢野木「どこに目ぇつけてんだ! 歩きスマホかよ!」
遠藤「てめぇの目玉はどこについてんだ、これは飾りか? 義眼か? 刳り貫くぞコラ、おれが歩きスマホだ? おい、飾りかって聞いてんだよ、とっとと答えろや刳り貫かれてぇのか?」
鉢野木「な、なんだよ」
怒鳴り散らしてきたサラリーマン、鉢野木。彼の最初の優位性はすぐさま消え失せ、遠藤の予想外な反発にたじろいだ。しかし、遠藤は歩きスマホをしていないのだ。ただ手に持っていただけなのである。それを言いがかりのように責め立ててこられれば苛立ちもするだろう。
遠藤は眉をハの字にし見下ろす様に、ホームのベンチに押し倒す。その獰猛な目つきのまま
遠藤「何がいい…スプーン…フォーク、箸、掃除機、スコップ、爪楊枝、ストロー…それともなんだ…今ここで、この指がいいか…」
鉢野木「ぃひ…なんだてめ」
遠藤「おいおい、この耳も飾りか? なぁおい、聞いてんだよ、おれが聞いてんだよ。答えろよ、いらねぇのか? フォークにすっか?」
遠藤の恫喝は止まらない。それどころか、どんどん悪化していく。逃げようにも逃げられない鉢野木は、微かにしか出ない声で言うしかなかった。
鉢野木「…ごめんなさい…ごめんなさい…」
遠藤「おれは耳が悪いんだわ」
鉢野木「ぎぎ…ぃぎっぃぃぃぃぃっっあああぁあぁ!!」
ホームに鉢野木の絶叫が反響した。内ポケットから取り出したスプーンを鉢野木の右目に滑り込ませ、ぐるりと刳り貫いたからだ。しかし、それでは終わらない。眼孔からぶら下がる右目をほっぽって、左目も刳り貫いた。
ベンチの近くで、その光景を目撃した人らは驚愕した。ただただ悲鳴を上げるもの、駅員を呼びに走り出す人。その場から逃げ出す人。遠くでは、我関せずといつも通りの行動をしている人や、野次馬根性をここぞとばかりに発揮して戻ってくる輩と、騒然だ。
そして、顔面から目玉がぶら下がったままベンチに倒れる鉢野木は、全身の力が抜けているようだ。死んでいるのか気絶しているのかわからないが、遠藤は止まらない。
遠藤「いい感じじゃないか」
ぽそりと囁いて、両手に持ったフォークを眼球に刺して引き千切る。
駅員「何をしているんですか! 離れな」
息を呑む駅員。仕方ないだろう、状況もよくわからず連れてこられ、目にした光景は余りにも。……凄惨。
遠藤「…はぁ、バレちゃった……」
呆然と立ち尽くす野次馬の方に近づいていき、駅員と野次馬の一人の口に、目玉を押し込んだ。何をされたのか意識が追い付かなかったのか、一瞬の間を開けて、二人は急いで目玉を吐き出す。
そして…嘔吐した。
当然だろう。嫌な気分の最高潮とも言っていい状況だ。
その場は電池の切れた時計のように皆固まっていたが、電池を入れ替えた途端、一斉に動き出す。その中の幾人かが遠藤を取り押さえるため、飛び掛かった。
遠藤「……」
取り押さえられた遠藤は大人しいものだ。暴れることも、恫喝することもない。そのまま警察が来るまで、一言も発さなかった。
そして、報道はすぐに。
《キャンディボーイ》紙面で名付けられたその名は、遠藤という名前を忘れさせ、広く世間に印象付けられる。その余罪の調査は長期に渡り、キャンディボーイという名は、しばらく世間に流された。
そう、犯罪者の中でも、ある特殊な犯罪者や異常者には二つ名が与えられる。「キラー・クラウン」「切り裂きジャック」「エンジェルメーカー」……その中に「キャンディボーイ」が追加されるかは、彼の余罪によるだろう。
ポケットにスプーンやフォークが常備されていたことから、警察は初犯ではないと推察している。
☆
笹目「さてキャンディボーイ君」
遠藤「なんだそれ」
笹目「君の名前だよ。知らんのか?」
遠藤「キャンディボーイか」
笹目「まぁどうでもいいさ。それで、なぜ今回あんな目立つ場所でやった? 今までのようにコソコソ隠れてやっていれば、まだここにはいなかったかもしれないだろう」
取調室。周囲はガラス張りで、全体から様子を見ることができる。不審な行動をすればすぐに誰かが入ってくるだろう。
刑事の笹目が対面に座って尋問を始める。互いが椅子に座り、向かい合うだけ。テーブルもなく、笹目が入るまでは椅子に手錠で繋がれたキャンディボーイがいるだけだった。
彼は、笹目の目を凝視しながら返答する。
笹目「今日も答えないつもりかキャンディボーイ」
キャンディ「キャンディボーイね、良いかもしれないな」
笹目「メディアのくだらないパフォーマンスさ」
キャンディ「俺はもう遠藤じゃない、やっと遠藤は死んだんだ」
笹目「君は他に誰を殺したんだ」
キャンディ「特別な人間には特別な名前が必要だ。俺はキャンディボーイ、この名はいつまでも残るのさ」
笹目「話がかみ合わないな」
キャンディ「遠藤という名前はこの国での名前だ。より高位の存在はその種族の全てに名前が知られている。神の名を知らない神の子はいないんだ。多くの遠藤は世界に埋もれてしまう。俺は人間の世界を飛び出してキャンディボーイになったんだ。俺はね、君より高位の存在なんだよ」
笹目「まさか、おまえ二つ名が欲しいためだけに、何人も殺し続けたのか?」
キャンディ「キャンディボーイが死ぬことはない。永遠にこの名は刻まれるんだ」
笹目刑事は会話にならない返答に苛立ちながらも、冷静でいようと努めるが限界だったようだ。自分が座っていた椅子を激しく蹴り飛ばし、取調室を後にした。
キャンディ「キャンディボーイ、ふふ」
おわり
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