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【新作自作連作長編】ココロのユメクイ 1 〜感情を食べる魔女〜

第一話:迷える子羊


今宵も、ココロを見失った迷える子羊たちが、夢の中で群れをなして闇夜に聳える怪しげな館にやってくる。

そこの館には、感情を食べる魔女が住んでいると言われている...。

カランコロン。
肺を満たす悍ましい冷気に見合わない、優しく心を撫でるような旋律。

「迷える子羊たち、おいでなさい」

誇り臭いぼうっと灯が灯された館の奥から、女性の輪郭を持たない声が手招きするように響き渡った。

この館には、感情を食べる魔女がいるらしい。

息を深く吸い込み止め、口をきゅっと結び、慣れないふわふわの毛をすっかり縮こまらせて館の戸を通る。

何故かこの館に来ると、客人はみな、迷える子羊の姿になるのだ。

館は見た目よりずっと、中は暖かく、思わずほっとした。
束の間ぼうっとしたのち、視線を凝らすと、灯りに揺れる人影が見えた。

あのトンガリ帽子、あの長いスティックのような──────いや、あれは絵の具の筆だ。

間違いない。彼女が件の──────。

「早く奥に入りなさいな。あとがつっかえてるよ。他の奴らが凍死したらどうすんだい」

その声に慌てて後ろを振り向くと、何匹もの羊たちが寒さに綿毛を震わせて立ち往生していた。

すぐにドアを開けてやり、道を作ると、羊たちは我先にと互いに押しやりながら、ゾロゾロと館に入り込んだ。

軽く数えただけでも、12匹くらいはいる。
それぞれがモノクロで、みな、大きな個性はなく似たりよったりだ。

「はあ、やれやれ。今日も残業確定したわね。この館、一応、HPも無ければ、SNSすらやってないのに、どこから見つけてくんのよ」

その疲れ果てた声で、初めて灯りに照らされた魔女のその姿の全容が見えた。
口調と見合わず、とても可愛らしい女の子だ。

紫のトンガリ帽子に、同じく淡い紫の長い髪、ピンクのフリルが何層にも重なるワンピースがとても目を惹く。

表情だけが仏頂面で、気怠そうに椅子に腰掛けている。

これが、噂の。

感情を食べるという魔女。
その名も──────ユメクイ。

ユメクイとは本来、人の夢を喰らう想像上の生き物だが、彼女は感情を喰らう。
そして、当人が一番望む感情をギフトとして授けるのだ。

その噂を聞きつけて、私もここを探し当て訪れたという訳なのだが、まさかこんなにも訪問者がいるとは。

「そこの羊、用がないなら次に変わってもらうよ」

魔女が視線を羊皮紙に向けながら声だけこちらに寄越した。
どうやら私の番らしい。
いそいそと魔女のデスクの前に向かう。

魔女は、ん。と言い、手だけをこちらに向けヒラヒラと揺らしている。
私ははっとして、蝋で封をした封筒を取り出した。

魔女は荒々しい手つきで封筒を破り捨て、便箋を取りだした。
やがてしかめっ面で沈黙し、私の便箋を食い入るように見つめている。

永遠かと思うほどの沈黙の後、魔女はふうん。と言い、悪戯っ子のように口角を上げた。

「なるほどなるほど。貴方のお悩みは分かりましたよ子羊さん。何でも出来る姉に嫉妬してしまうと」

2枚ぶんの便箋が大分かいつまんで要約されたが、主題はその通りだ。

私には、3つ上の姉がいる。
私のやること成すこと何でも、私より何倍も上手く出来てしまう、漫画の主人公のような姉が。
家族は姉を贔屓し、姉を愛し、私にはこれっぽっちも愛情を傾けてくれなかった。

それはまだ耐えられたのだ、これまでも、そういう物だと割り切って生きてきた。

だがある日、私の想い人である幼馴染が、私に大事な話があると頬を染め手紙を寄越したのだ。
これは、もしかして。

私は髪の毛を美しく整え、何度も何度も鏡で全身をチェックし、ドキドキしながら彼の元へと足を運んだ。
地元の人が少ない神社の階段で、2人きりで。

「突然呼び出してごめんね。実は、前にも言った通り、大切な話があるんだ」

私は息を飲み、彼の次の言葉を待つ。

「実は僕はずっと前から....君の...」

2人きり、世界の時が止まったように感じる。
甘くどこか切ない痛みが身体中に流れ込む。

「....君の、お姉さんが好きなんだ」

がらんがらんと音を立て、世界は崩れ落ちた。
分かっていた。姉がいる限り、私にスポットライトが当たることはない。
けれど、言いようのない悲しみと羞恥で、私は何も言わずに神社を走り去った。
戸惑う彼を置いて。

「それで、どんなギフトが欲しいの?....それとも、どんな感情を取り出したいの?」
魔女は頬ずえをつき、縮こまる私を見下ろす。

私は、ギフトが欲しいんじゃない。
姉のようになりたい訳じゃなく、私は私のまま、ありのままで誇らしげに生きたいのだ。
ただ、彼の事が辛すぎて前に進めない、だから...。

目をぎゅっと瞑り、勇気をだして決断する。

「私、取り除いて欲しいの。姉への、嫉妬の気持ちと、彼への恋心を」

魔女はそれ来たと、指をパチンと鳴らした。
羊皮紙と大きなインクがデスク前に飛んできて、魔女は私の前右足を上げさせた。

「いい?契約は1度結ばれると、取り消せないからね。もし変えたくなったら、また新規でここに来なくちゃいけない。だからじっくり考えて欲しいけど...いいのね?」

構わない。もう私の意思は決まっている。

私は自ら暖かいインクの入ったバケツに足先を入れ、羊皮紙に契約の印を押した。

すると、羊皮紙とインクは勝手に元いた場所に戻り、魔女が携えていた絵筆を手に取った。

魔女がその絵筆にトントン、と指を2回置くと、不思議な紫色のモヤが現れた。

「まずは、シットの感情を取り除くよ。目を閉じないで、私の目を見ていて」

魔女はそう言って、私の目の前で絵筆をくるくると回す。
すると、私の目から暖かな雫がポロポロと溢れ出てきた。
驚くが、魔女の目から目が逸らせない。

魔女はもう片方の手で何かを掴み、私の目の下に魔法瓶のようなものを携えた。

ポロポロと際限なく流れ出るうちに、あれだけ心の中で澱んでいた姉への嫉妬の感情が薄まって行くのを感じた。

魔女が絵筆を回す手を止めた、と同時に、流れ出る雫が止まった。

ぱちぱちと瞬きをする。
心の中がとても軽くなり、雲の上にいるようだ。

魔女は透明な魔法瓶に溜まった紫色のシットを、躊躇いなく口の中に流し込んだ。
声をかける間もなかった。
呆気にとられる私をよそに、まるで飴を舐めるように口の中で転がしている。

やがて、布を口に当て、口から出すと、それはまるで、コンペイトウのような紫色のキャンディーが出来ていた。

魔女はその魔法瓶にしっかり蓋をし、「シット」というラベルをつけた。

「さあ、これで第一段階は終わりね。あとは彼への恋慕だけど...これは、アイジョウになるね」

私はどこか頭がぼーっとする中、ふわふわと頷く。

しかし、これはとてもキケンな感情なんだ。
魔女が眉間に皺を寄せ声を潜める。

「アイジョウってのは本来、なくてはならない感情なんだ。ここでは彼への気持ちだけ取り除くなんて器用なことは出来ないよ。よく考えるんだ」

アイジョウを失う──────それは、私が私ではなくなる、ということらしい。

友達を好きな気持ちも、母を愛おしく思う気持ちも、全部、全部無くなる。
今後、誰かを好きになることも、なくなる。

突然迫られた難題に俯いていると、魔女が気怠げな声音で話し出す。

「いいかい。恋ってのは、貴方自身で乗り越えなきゃいけない時もある。今はその人しかいないと思うかもしれないけど、貴方に対してそう思う人もいる事を忘れちゃ駄目さ」

私を?私のことなんかを?
いつも、姉の影に隠れて、姉と比較されて笑われてきた私を、一番に選んでくれる人が現れるの?

そう言った私に、魔女はふっと笑い、先程の羊皮紙に何かを書き加えた。

「今の一言で分かったよ、貴方は取り除くんじゃない、あるものが決定的に足りないのさ」

あるもの?あるものが足りないって、一体なに?

「それは、ジシンだよ。これも、用法用量を守らないと大変なことになる感情だけど、貴方にはピッタリさ」

そう言って魔女は、水色のコンペイトウが入った、「ジシン」のラベルの魔法瓶を持ち出し、美しい絹糸の上質な布に水色のコンペイトウを並べた。

「さあ、これを食べれば貴方の悩みはもう根底から解決するよ。さあ、早く食べな」

そう言って、おずおずと口を開けた私にぽいぽいっと軽薄にジシンを投げ込んだ。

恐る恐る舐めてみると、あまりにも不思議な味がして驚いた。
どこか甘くて、ふわふわしていて、噛みごたえがあって、なんだか、自分を好きになれるような。

魔女を驚きの目で見ると、ふわあ、と大きく欠伸をしながら伸びていた。
「さあ、貴方はこれでもう大丈夫。次が待ってんだから、ほらほらもう行った、行った」

そう言って、虫を追い払うようにシッシッと追い出され、感謝を伝えることも出来ずに、私は館のドアをくぐっていた。

ぱちん、と目が覚めた。
なんだか、不思議な夢を見ていた気がする。
もこもこで、ふわふわで、甘くて...。

いつも開けられなかったカーテンを開けたくて、窓も開けて思い切り、早朝の空気を吸い込んだ。

なんて、気持ちのいい朝なんだろう。
なんて、心地のいい晴れやかな気持ちなんだろう。

トントン、とドアをノックする音が聞こえた。
振り返ると、母が心配そうにこちらを見ていた。

「結衣、今日も、学校行けなさそう?」

母の声音には私を責めるような気持ちはなく、ひたすら私を心配していると顔に書いてある。
そうだ、私、学校に行きたくなかったんだ。

お姉ちゃんのこととか、幼馴染のこととか、重なりすぎて辛すぎて行けなくて。

けれど、今の私は。

「ううん、大丈夫だよ、お母さん。私ね、やっと自分を見つけたんだ。だから、学校行くんだ。めいっぱい楽しむの!」

母は、私の変化に目が点になりながらも、数ヶ月ぶりの私の笑顔を見て瞳を潤ませた。

「行ってきます!お母さん!」

私はもう大丈夫。
だって、私は私を見つけたから。

今宵も、迷える子羊たちが群れをなしてユメクイの館に訪れる。
ココロを食べる魔女の助けを求めて。

貴方も、迷える子羊?
契約は取り消せないわ、しっかりと自分と向き合うのよ。

答えを見つけたら、私の館に来てみなさい。
貴方も知らなかった貴方が、見つかるかもね。

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