キルトピーストケラウノス#05
手下達がハトを見とめるのと同時に、
ワンが大声で何かを叫ぶと、
一斉に銃を構えてきた。
ハトは流れるような無駄の無い動きで
ワンの後ろに回り込むと、
ワンを羽交締めにして
こめかみに銃を突き付ける。
そのまま部屋の隅に移動すると、
ちらりと窓から外の状況を確認する。
部下達に、動くとワンを打つと
脅して動きを封じると、
懐から小型のワイヤーガンを取り出した。
ハトはワンを手下達の方に蹴飛ばすと同時に、
ワイヤーガンを壁に撃ち込んだ。
頭の前で手をクロスすると、
そのまま勢いよく窓ガラスに突っ込んだ。
「ガッシャーン!!」
ガラスを突き破って飛び降りたハト。
落下しながらワイヤーの長さを固定すると、
窓枠に引っかかり、窓ガラスを割って
一つ下の19階の部屋に飛び込んだ。
ワンの部屋では、
手下達が、ハトが下の階に入ったのを
確認すると、ワンの
「追えーっ!絶対に逃すな!捕まえて殺せ!」
という大音声に押されて、
後を追う為バタバタと出て行った。
1人取り残されたワンは、
安堵からソファにドッカと身を沈め項垂れた。
気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をすると、
電子大麻をセットしようとする。
緊張に震える手で、
上手く刺さらずにイライラした。
なんとか刺して一服すると顔を上げた。
すると、背後に気配を感じ
ゆっくり首だけで振り返る。
なんと窓の前に手を組んで
銃を持つハトが立っていた。
ワンは驚きと恐怖で「ひい」と
上擦った悲鳴を上げてしまい、
それを見たハトは「ナイスリアクション」と
親指を立てて笑った。
それと同時に突然大きな爆発音が鳴り響き、
部屋が揺れた。
何が起きたか分からず戸惑っているワン。
「あぁ、俺を追って下の階に行った
お前の部下達が、
部屋のドアを開けたんだな。
ん?確か俺の記憶によると、
あそこはドアを開けたら
爆発するようになってたはず」
わざと演技するように大袈裟に説明すると
シニカルな笑顔をワンに向けた。
ワンは肩で息をしながら血走った目で
ハトを睨みつけるが
額には大量の汗が滲み出ていた。
完全に追い詰められたワンは、
ソファに腰を落とすと再び項垂れた。
すると、肩を揺らしてくっくと笑い始めたので、
気が触れたのか?と問いかけるハト。
「いやぁ、この平和に胡座をかいて
すっかり忘れてた、
俺はこんなとこで終わる男じゃ無いよな」
とひとりごつワン。
狂気じみた笑顔を向けて来たワンの右腕には
小ぶりのハンドガンがにぎられていた。
グロックか、ハトは冷静に頭の中で分析すると、
横にあったデスクの裏に飛び込んだ。
その背中を銃声と弾丸が追い、
壁を穿ち窓ガラスを砕く。
「クソ野郎がっ!舐めやがって、出てこい!
ぶっ殺してやる!ひゃひゃひゃっ!」
ワンは半狂乱になって連射してくる。
グロックの装弾数17発を数えた所で
カチリと聞こえた。
ハトはすぐさま飛び出して、
マガジンを交換しているワンの右脚に1発、
右手と左肩に1発ずつ撃ち込んだ。
ワンは倒れると、苦しみながらもがいている。
ハトはワンの元まで歩くと、
ワンが落としたグロックを蹴り飛ばす。
「はぁ、はぁ、くそ、分かった。
金だろう?お前が雇われた倍、
いや3倍の額を出す。
見逃してくれ」
3発の鉛玉を撃ち込まれて
地べたに転がる男の目には
今まで捕食者として傍若無人に
振る舞って来た雰囲気も、
先程までのバーサーカーモードの勢いも無く、
出荷される事が決まった家畜のような、
さも言われぬ悲壮感を醸し出していた。
「いや、残念だが俺は
金の為に人を殺したりしない」
金じゃないならなんだ!?何が望みだ!?
と必死で問いかけるワン。
「そうか、権力か?それなら俺が日本政府にでも
口利きしてやる。
俺は日本の政治家にもパイプがあるんだ。
俺の力で一生何不自由無い
生活ができるぞ!!」
命の危機から焦りと恐怖、
狂気を孕んだ笑顔を作る
ワンの顔を、憐れんだ表情で一瞥する。
「何のためかって、
そんなもの決まってるじゃないか、
世界平和だよ」
ワンはハハっと笑ったが、
無表情で見つめるハトの顔を見て息を呑んだ。
ワンは必死で理解しようとした。
この殺されるかもしれないという極限状態で
考えられる事を考えられるだけ想定し、
どうすれば、どう言い返せば
無事に切り抜けられるか?
全力で考え、如何なる答えが来ても
対処できるようにと前線を貼った。
恐らく外で見張りをしていた部下達は
全員殺されている、
そんなめちゃくちゃな事をする人間が
政府の人間であるはずがない。
つまり金で雇われた人間のはず。
そうなれば人間は結局欲望だ、
金、名誉、地位、女、
どれが来ても準備出来るし、
多少無理を言われても
命には変えられない為なんとかしよう。
それを今こいつは何と言った?
世界平和?聞き間違いか?
映画の中ならともかく現実世界で世界平和の為に
マフィアの親玉の家に乗り込んで来て
大勢を殺しまくる奴がいるわけない。
かといって、本当に世界平和なんて
果てしない目的の為にする行動にしては、
パフォーマンスが悪すぎる。
あまりにも突拍子も無い答えが返ってきた為、
色んなことを考え過ぎた。
一度冷静に話を聞こうと、痛む傷を押さえて
落ち着いて話す。
「まて、世界平和だと?
世界平和の為に俺を殺すというのか?
俺はそんな力を持った人間じゃない、
そ、そんな事は無意味だ」
「無意味なんて事はないよ、
お前みたいな悲しみや憎しみを
生み出す人間を殺す事が、
小さくはあるかもしれないけど、
やがては世界平和に繋がると思っているからね。
草の根運動ってやつかな」
そう言って明るい笑顔を放つハト。
こんな残酷な草の根運動があってたまるかと
肩で息をしながらハトを睨みつけるが
一点の曇りもなく見つめてくるその目を見ると
その本気が伝わってきたのだった。
やがて全てを諦めたワンは、
チッと舌を打ち、お前みたいなクソ野郎は
地獄に堕ちろと力を振り絞り暴言を吐いた。
「残念だがおれは宗教も神も信じていない。
いくら神に祈ったところで奴らは
助けてくれるどころか
何一つしてくれないからね。
世界平和の為には自ら動くしか無いんだよ」
ハトは細く息を吐く。
「まぁ、もし実在してたら、
今更でも"止めろ"なんて言って
出て来てくれても良いな。
その時はお前と並べて撃ち殺してやるよ」
ハトはそう言って微笑み
再び銃口をワンに向けた。
その眼の奥は闇の底の様な
漆黒を孕んでいた。
「ふっ、一体何者なんだお前は?」
そうか、結局名乗ってなかったなと、
銃を左手に持ち替えて構え直し、
右手の甲の鳩の刺青を見せながら言った。
「俺は平和の象徴"ハト"だよ」
ハトがそう答えると、
ワンは全てを悟ったように
驚きと諦めの混じった表情を見せ、
天を仰いだ。
「なるほどな」
CIA日本支部の諜報部員に
イカれた奴がいるという噂は
耳にした事があった。
都市伝説の類かと思っていたが、
まさか実在していたとは。
再びチッと舌打ちをすると
「やっぱり地獄に堕ちろ」
と独りごち、ハトに向かって笑って見せた。
ハトがワルサーの引き金を引くと、
バシュッとサイレンサーを通した低い音が鳴り、
薬莢が床に落ちカランと響いた。
その答えに拍手喝采を送るかのような
血飛沫が派手に舞い散った。
「地獄、、ね。
そんなもん気にしてたら
こんな仕事は出来ないわな」
ハトは割れた窓から
夜の街を見下ろしながらひとりごちた。
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