熟す前に残すからこそ
遊びで植えたサボテンから、芽が出てきた。1年以上前にもらった種だったから、まさかこんなに早く芽吹くとは思っていなかった。たとえ袋に入れられたまま放置されていたとしても、命の灯火は静かに、確かに蠢いていたのだ。
ぽつりぽつりと顔を出しはじめた若い芽たち。これからどんなふうに伸びていって、どんな姿に育っていくのだろう。
ふたつの小説を書いた。どちらも私なりの挑戦を込めた2編だ。ひとつは書きたいことを詰め込んだ作品で、もうひとつはひょっとしたら向いてるんじゃないか、というジャンルに寄せて書いてみた作品となった。
「一言では説明しきれない物語」を書こうとしたのが前者の作品。正解を与えたくなくて、たくさんの解釈の余地を散りばめた。最終的にあらすじを考えるのにものすごく悩んだのである意味成功した、のだけれど、その説明しきれなさがかえってネックになった部分が否めない。エンタメよりは純文学に憧れがあるものの、本当に難しかった。
それからこの小説での課題は、物語上必要な死を描くこと、地元を登場させること(わかっても一応内緒にしててね)、それから男と女、女と女の恋愛に関する自分の経験を使うことだった。
特に恋愛については書きたいことがありすぎて、たまにお気持ち表明が出てしまったり独白に文字数を費やしすぎてしまったりと、自己満小説感丸出しになってしまったのが反省点。
賞や栄誉より、自分の書きたいものを書ききるのが今回の目標だった。ひとまず目標は達成した、けれど残ったのは悔しさだった。今私のもとにあるのは、それなりに文字数のかかる(けれどこれでも短編レベル)小説を書ききったという達成感だけで、作品としてきちんと完成させられた、とは思っていない。
後者の作品は、前々から書いてみたかった児童文学風の小説。子供から思春期へ向かう狭間の女の子の物語になった。そして私の中では、残酷なお話。これはまだ、当時の記憶や感覚が新しいおかげか割かし書きやすかった。し、確かに前者の小説に比べたらずっと向いているような気がした。
こんなに未熟な作品を読んでくれた人、応援してくれた人、感想をくれた人、この先いつか読んでくれる人、そんな人たちに恵まれた私は幸せ者だ。だからもっといいものを、いいものを作っていかなきゃいけない。今回の小説たちは、その第一歩だった。
普段エッセイもどきばかり書いているくせに、ここぞという時になると私は小説を書く。うまく説明できないのだけれど、エッセイよりも小説の方が、私自身の実力が良くも悪くもしっかり反映されるような気がするのだ。そして書くたびに、自分の実力の足りなさ、未熟さを実感する。
未熟であることは歯がゆくて悔しい。だけどわくわくする。自分がどこにも到達していないということ、まだまだ上を目指していけるということは私の希望になる。私はただの素人だけど、だからこそ、自由に自分のペースで羽を広げていけるのだ。
自分のことを発展途上だとか、伸び代がありますなんて言うのはあまり好きではない。私ができるのは、ただ未熟であるという事実を受け止めて、じゃあこれからどうしよう?と考え、実行することだけだ。こんなに楽しくて面白いことはない。私もこのサボテンと同じ、生えたての芽にすぎないのだ。
まずはその小さな命を絶やさぬよう、サボテンに水をやる。こうして書いている間にも芽は見えない速度で成長し、明日に向かって動いているはずだから。
創作大賞の読者応援期間は来週7/24(月)までだそうです。(読者からのスキや読了率?が審査に反映される期間らしいです)
元々賞に対するこだわりはないのですが、せっかくなので応援として読んでいただけたら嬉しいです。
↓全5話。26,000字くらい
↓読み切り。4,800字くらい
そして余談。ついに私も某コのウイルスの魔の手にかかってしまいました……。熱は下がりましたが、一度40℃に達してからの反動が半端ないです。この記事もいつもの10倍は誤字を繰り返しながら書いてます。これは誰も経験しない方がいい……。まだ罹ったことのない方は最後まで逃げ果せてください。私との約束です!!
次から通常の投稿ペースに戻ります。お付き合いいただき、ありがとうございました。
まう
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