アダム・グラント「GIVE & TAKE」は生成AI時代にどう読むべきか
どうも、いしだです。
そういや以前こんなnoteを書きました。
AIの発達とともに個人の広告収益を奪ってしまうので、
「技術ブログがAI時代にどう報われるか」
を考えたnoteです。
言わずもがな、ChatGPTなどの生成AIの学習元は、世界中のリソースでありこういったWebの一次情報源です。
かつても「フリーライダー」と揶揄される、情報だけ取って去っていく人はいました。当時はせいぜい人がやっていた話で、規模も速度もある程度は目をつぶれるようなものでした。
しかし生成AIが登場してから状況が変わりました。取っていくのが個人ではなく、システムになり、要約され、再構成され、誰の文章だったかが見えにくいまま「配られる」。
一次ソースに人が来ない。そこには称賛の言葉もお礼の挨拶も発生しない。
私も時々技術解決記事をQiitaやブログで書いたりするのですが、お礼の挨拶が励みになる他、WebやXでのポストをエゴサして、反応を見て喜んだりします。アクセスが増えたことによる需要の把握ですら喜びの対象になったりします。
つまり、何らかの反応があって、私なりには満足という報酬を得られているわけです。
そこが生成AIに取って代わられると、私たちはユーザーの反応を直接見ることができません。
これはどう解決すればいいのでしょうか
ここで思い出したのが、アダム・グラントの『GIVE & TAKE』です。
GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代
ベストセラーにもなったことから、多くの方がこの名著を読まれていると思いますが、内容を思い出して欲しいです。
アダム・グラントの3分類(ギバー/テイカー/マッチャー)
テイカー:価値を取るのが先、返すのが後(もしくは返さない)
ギバー:先に与える。長期で回収する
マッチャー:等価交換。貸し借りの帳尻を合わせる
ですが、生成AIが巨大なテイカーとなってしまっているのではないか、その場合のギバーの回収手段はあるのか?という問題提起です。
そして、
「与える人」こそ成功する時代 というサブタイトルが付いていますが、
この本は、「お人好し」が報われる話ではありません。
「与える人が損しないためのルール設計」の話です。
この生成AI時代のギバー戦略
この本の核は「自分も勝ち、相手も勝たせる」。
ただしテイカーに対してはマッチャーとして振る舞え という話。
生成AI時代において、後者が効いてくるのではないでしょうか。
つまり戦略的に情報を提供して然るべきだと思います。
これを技術ブログ・技術noteに置き換えると、
AIが勝手に情報を奪っていく「巨大テイカー」として振る舞っているのであれば、一次ソース提供者であるギバーは無条件のGIVEを即座にやめ、マッチャーとして振る舞うべきなのではないかという話。
これは、気づけば既に、多くの方が実践されておられています。
有料メンバーシップの提供や、無料でもクローズドなコミュニティにするということです。
残念ですが、これからの時代、価値のある情報は「巨大テイカー」生成AIの前に無料公開がどんどん減っていくと推測します。
しかしこれは良い側面もあると思います。
私たちが情報サービス提供側に回れば、金銭報酬を得られるのが常識になっていくということ。
おそらくは消費者の心理ハードルも下がっていくでしょう。
そのためにいちばん大事なこと
これから、良い情報はどんどんクローズドになっていく世界。
そのために、大事なのは「信頼の蓄積」だと思います。
これは古くからと同じ。
・最先端の情報・知識を与え続ける
・ノウハウや経験談をシェアする
・面白いと思うアイデアや知恵を与える
といった行動をやること自体は同じ。
トラブルシューティングなどは「人の役に立ちたい」需要を満たせる部分もあると思いますが、ノウハウや経験談、その他の知的財産は巨大テイカーにフリーライドさせてはいけない。
そのために価値のあるものはクローズドな情報にして「この人の情報なら登録しても良いな」が必要。無料コミュニティならハードルが下がります。
信頼がなきゃ人は集まってこないので、ここは変わらないです。
「情報の蓄積」だけだとダメで、「信頼の蓄積」も重要になってきます。
信頼の蓄積、やっていきたいものですね!
以上、一部その張本人である生成AIとも相談しながら、大筋では私なりに考えてみました。
何かヒントになっていれば幸いです。
ではまたー
