ミノルタから日本が学んだ教訓
世の中、理屈や道理が正しいからといって裁判で勝つとは限りません。
結局、裁判では「Fair」か「Unfair」かの印象論と、そこに至るナラティブへの理解コストが低い方が勝つという米国陪審制度の歪みを見せつけられた裁判がありました。
1987〜1992年に渡り争った、米国ハネウェル社と日本のミノルタ社(当時)によるカメラのオートフォーカス特許に関する裁判です。
今回は当時、米国ハネウェル社が掲載した新聞一面広告を元に、この裁判が日本のカメラ業界に与えた影響をご紹介します。
ハネウェル社の全面広告(1992年)
ミノルタとオートフォーカス特許に関する米国での裁判に勝訴し、最終的にミノルタ社が多額の賠償を支払うことで和解となった1992年、米国ハネウェル社は日本企業に対し「次はお前だぞ」と宣戦布告の全面広告を掲載します。
(日本経済新聞・1992年2月19日・朝刊の一面広告より)
米国ハネウェル社の主張を見てみましょう↓
Honeywell V. Minolta: Lessons To Be Learned.
(和訳)
ハネウェル 対 ミノルタ : そこから学ぶべき教訓
なんという挑発ぶり!
この裁判に関する話は、多くの書籍でも語られていますし、皆さんご存知でしょうから詳しく触れません(概要だけ後述します)。
米国ハネウェル社を主張を続けて見てみましょう↓
2月7日、ニュージャージー州連邦地方裁判所の陪審は、ハネウエル社所有の2件の特許がミノルタカメラ株式会社によって侵害されていることを認める評決を下しました。
これは1984年以来、ハネウエル社所有の特許がミノルタ社によって、そのオートフォーカス一眼レフおよびオートフォーカス全自動レンズ・シャッターカメラの心臓部に使われてきたことに対してのものです。
これらの技術を使ってミノルタのカメラが年間10億ドルにおよぶ売上げを挙げていたにもかかわらず、ハネウエル社への使用料は支払われませんでした。
今回の評決は陪審員により、ミノルタ社が許可なく使用した技術に関し、ハネウエル社へ9,600万ドルの賠償金支払いを決定したものです。
米国の陪審制度は、いわゆる陪審がその良心に基づいて評決を出すものです。陪審制度の長所と短所については、映画「十二人の怒れる男」でお馴染みかも知れません。
つまり、市民が最終決定権を持つ点が日本の裁判員制度と決定的に異なりますね。
6年間に及ぶ公判後のこの勝訴は道徳的にも金額的にも満足のできるものでした。この陪審員たちの評決はアメリカの法体制が健全に働いていることを示すものです。
しかし、アメリカが競争力を維持するためには、知的資産に関連した数
判の早期解決が行われねばなりません。
ミノルタは最終的に和解金として、1億2750万ドル(当時のレートで約167億円)を支払った上、裁判費用に約40億円も費やしたと言われています。
これは、ミノルタが「αショック」で稼いだ利益を全て吹き飛ばされた計算になると言われており、実に恐ろしい事です。
ご承知のように、ミノルタの経営がおかしくなったのも、この裁判がきっかけと言われています。往時のミノルタ愛好家たちは、この出来事を恨み節のように今でも語るのは無理もありません・・・。
国際貿易委員会によると、外国生産者が技術を許可なく使用することによって、アメリカの企業では毎年400億ドルから500億ドルの損失があると推定されており、これは貿易赤字の30~50%に相当します。世界的規模における損失は、さらに驚異的なものであると考えられます。
これは一企業または一国の問題に留まりません。それは知的資産をその生命とする企業、そして技術的優位性を強みとし国際競争に臨む国のすべてに大きな影響を及ぼすグローバルな問題なのです。世界の市場には多数の国の一致団結による強力なルールの設定、施行が必要とされます。それには、以下の点が含まれます。
●特許、商標、著作権、企業務密など、あらゆる知的資産を保護する共通の基準
●それに同調する国際特許システム
●紛争の早期解決のための機構
●違反商品に対する、輸出入規制を含む強力な規制
知的資産が保護されていなければ、自由貿易は損なわれます。特来の研究開発に支障をきたします。国家は国際競争における優位性を失い、人々は職を失います。
これが我々ハネウエル社が今回の経験から学ぶべきことがあると考える所以です。私たちは、国や企業が国際法の力を使わず資易戦争を個別に戦わなければならないという現状に対し、各国のリーダーが終止符を打つことを願っています。
米国ハネウェル社の主張としては、正義を貫いたのであり、それを陪審が正当に評価してくれた。そして、その正義を履行するための国際的な規制が必要である、と主張します。
実際、米国ハネウェル社は、こうした知財を守る組織を米国として擁立し、世界相手に特許訴訟を起こそうと計画していました(!)。
今日、各国間の政治的相互理解が数世紀にわたる中でも最も進んだと言えるにもかかわらず、企業を海賊的手段から保護する規定は、皮肉なことにいまだ確立されぬままになっています。
規模にかかわらず企業が世界市場で活躍する今日の時代に、知的資産に関しては、公正な貿易を保証する関税資易一般協定(ガット協定)のような有効な手段は確立されていないのです。
我々はこれを改善しなくてはなりません。すべての国々は知的資産の保護のために一致団結すべきです。この目標を達成するまでには、非生産的な貿易争のために時間、資金、頭脳を犠牲にしつづけるでしょう。このような無駄はなくさなければなりません。私たちの競争能力は、この達成に懸かっているのです。
引用ここまで。
日本企業が支払った和解金
こうした米国ハネウェル社の宣戦布告は、国内カメラメーカー各社に深刻な懸念を与えました。
裁判で直接争ったのはミノルタでしたが、ミノルタ敗訴を受けて、キヤノン、ニコン、コニカ、京セラ、松下、そして米国コダックも含めオートフォーカス技術を利用した各社が米国ハネウェル社へ和解金を支払い、その総額は約1億2,410万ドル(!)にも達したと公表されています。
(当時の報道ベースでは、ニコンだけで57億4500万円を支払ったと言われていました)
なぜ負けたのか
ミノルタ側が裁判に負けたのは、その戦い方に問題があった為、と後年になって指摘されています。
(週刊ポスト 1992年12月11日号「こうしてミノルタを敗った」より)
まず、問題になった技術を簡単に言うと、オートフォーカスで「ピントを合わせる技術」でした。
米国ハネウェル社の特許はあくまでAF技術に関する基礎特許であり、ミノルタ社は米国ハネウェル社の技術を参考にはしておらず、独自技術でオートフォーカスの実現という成果を挙げていました。
実際、ミノルタ社のオートフォーカス技術はピントのズレも測位されており、そこから効率的に合焦させる方式でした。また、ミノルタ社は米国ハネウェル社の主張した特許技術は、そもそも独ライツ社が先行して特許を取っていた事実(!)なども指摘しています。
しかし、当時は日米貿易摩擦が問題となっていたタイミングであり、「日本はいつも米国の技術を盗む泥棒だ!」「日本はいつだってUnfairだ!」「そうだ!パールハーバー攻撃だってUnfairだった!」と、完全に「日本=Unfair」というレッテルの中での戦いだった点を忘れてはなりません。
また、陪審員たちは米国の普通の一般市民であり、ミノルタ社が主張した技術的優位性や差異、独自性そのものは結局理解されず、裁判で有利に作用しなかった問題があります(=理解コストが高い)。

週刊ポスト 1992年12月11日号「こうしてミノルタを敗った」の記事が興味深く、米国ハネウェル社がどのように裁判を戦ったかが記載されています。いわく、「法廷は演劇の舞台と同じ」(同・P59より)との事で、日本をUnfairな悪役イメージとすることに徹した戦略が述べられています。
つまり、より分かりやすく感情に訴えた米国ハネウェル社が勝つのは(いま振り返って見ると)必然だったのかも知れません。
ともあれ、結果、負けは負け。
※詳しくは下記「日米パテント・ウォー」を参照↓
日本企業が学んだ教訓
米国ハネウェル社とミノルタ社との一件は、技術優位の時代から知財優位の時代への移行を象徴する事件として記憶されるようになります。
現在では予防線としてメーカー各社は米国に特許の大量出願を予めしていたり、問題になりそうな技術については早期からクロスライセンス交渉をする等、ミノルタから学んだ教訓が活かされています。
「特許は守るもの」という考え方から「戦略資産」であり「武器」であるとの考えに変わった、そんな裁判だったと考えます。〔了〕




