100万円でも100億円でも、なくなる時は一瞬だ
お金についての、僕の経験と結論
僕にとってお金は、使うものだ。貯めるものじゃない。
こう言うと、たいてい「金持ちの余裕ですね」という顔をされる。
違う。逆だ。
お金で痛い目に遭ってきた人間の、これは結論だ。
日本では、お金についての自分の考えを明かすのは、どこかタブーみたいなところがある。お金の話をすると下品だと言われる。たくさんもらわないことが美徳、みたいな空気がある。
でも僕は、お金の話こそ、経験した人間が正直に話すべきだと思っている。
きれいごとの貯蓄論や、他人の受け売りの投資論は、世の中にあふれている。足りないのは、実際に大金を持ち、実際に失いかけた人間の話だ。
だから今日は、それを書く。
3,000万円の怖さを知っているか
まず、僕とお金の関係の原点から話したい。
エイベックスを創業した時、資金は3,000万円だった。
いまの僕から見れば、正直、大きな金額ではない。でも当時の僕にとっては、失敗したらどうにもなってしまう大金だった。
しかも僕は、大学在学中から商売を始めている。就職という保険もない。うまくいく保証なんて、どこにもない。
あの怖さは、リスクを背負った者にしかわからない。
夜中にふと「これが全部飛んだらどうなるんだろう」と考える。考えても答えは出ない。それでも朝になったら店を開けて、動き続けるしかない。
お金の価値というのは、金額では決まらない。「それを失ったら自分がどうなるか」で決まる。
3,000万円が人生を賭けた大金である人間もいれば、100億円が誤差である人間もいる。だから他人の金銭感覚をとやかく言っても意味がない。
ただ、ひとつだけ言える。リスクを背負って始めた人間が、成功した時にそれなりの報酬を得るのは、おかしなことじゃない。
成功しなかったら、報酬なんてゼロなんだから。
「もらいすぎ」と言われて考えたこと
昔、上場企業の社長だった頃、有価証券報告書で僕の年間報酬が公開されたことがある。4億800万円。
世の中的には「もらいすぎ」と言われることは、わかっていた。
社員だって、ひょっとしたら同じように思っていたかもしれない。「なんで社長はあんなにもらってるんだ。だったら俺たちにもっとくれ」と。
でも、僕の考えは逆だった。
社長の報酬が1億円ということは、その会社の社員は、どんなに頑張っても1億円以下ということだ。
それって、さびしくないか?
上が天井を低くしてしまえば、下で働く人間の夢の上限も、自動的に低くなる。「しっかり働いて成果を出せば、この会社ではここまで行ける」。それを見せるのも、トップの仕事のひとつだと僕は思っていた。
もらうことを恥じる文化より、稼ぐことを堂々と語れる文化の方が、働く人間は強くなる。
これは40年商売をやってきて、変わらない実感だ。
金銭感覚は、使った金額でしか育たない
ついでに言うと、僕の金銭感覚の原点は、レコードの仕入れだ。
学生時代、貸しレコード店で働いていた。限られた資金で、どのレコードを何枚仕入れるか。それを毎日、真剣に考えていた。
仕入れを外せば、在庫の山。当てれば、店が回る。自分の判断に金がかかっている状態を、毎日毎日、繰り返す。
いま思えば、あれが最高の訓練だった。
金銭感覚というのは、「金を使う判断」を繰り返すことでしか育たない。
貯めているだけの人は、金の使い方がうまくならない。当たり前だ。練習していないんだから。野球のバットを買っただけで素振りをしない人が、打てるようにならないのと同じだ。
だから若い人に何か言うとすれば、こうなる。
少ない金額でいいから、自分の判断で金を使って、結果を自分で引き受ける経験を積んだほうがいい。
飲み会に使うのか、本に使うのか、移動時間を金で買うのか、誰かにごちそうするのか。正解はない。ただ、「この使い方は生きた」「この使い方は死んだ」という手応えだけは、必ず自分の中に残る。
その積み重ねが、いざ大きな金額を動かす立場になった時に、効いてくる。
3,000万円で会社を始めた時、僕に度胸があったわけじゃない。仕入れで鍛えた「使う判断」の筋肉が、多少はあっただけだと思う。
「貯めておけば安心」という幻想
「将来何があるかわからないから、貯めておく」という人がいる。
気持ちはわかる。でも、僕の経験から言わせてもらうと、お金はいくら持っていても安心材料にならない。
たとえば100億円持っているとする。
「100億もあれば、そうそうなくならないだろう」と思うでしょう。
なくなる。一瞬で。
なぜか。あなたが100億円持っていると、近寄ってくる人間は全員、あなたを「100億円の人」として値踏みしてくるからだ。
持ってくる話も、100億円サイズの話になる。投資の話も、事業の話も、トラブルも、全部その金額なりのスケールでやってくる。
100万円しか持っていない人のところに、100億円の話は来ない。でも100億円持っている人のところには、100億円が動く話が来る。
だから、お金がなくなる時は、100万円でも100億円でも同じ。一瞬だ。
これは本で読んだ話じゃない。僕自身が通ってきた話だ。
僕は昔、信頼していた友人に自分の財産管理を任せていた時期がある。
信頼していた、というのがポイントだ。疑わしい人間に任せる馬鹿はいない。任せるのはいつだって、信頼している相手だ。
結果、さまざまな事情で、僕は多額の借金を抱えることになった。
その借金を返すために、必死で働いた。あの時期の僕の仕事のエネルギーの何割かは、間違いなく借金が生み出していた。人間、追い込まれると働くものだ。
金額の大小の問題じゃない。「持っている」ということ自体が、リスクを引き寄せる。
これがお金の本当の姿だと思う。
お金は、人間関係を勝手に書き換える
お金を失いかけてから、僕は人をより信用しなくなった。
だって、「会いたい」と連絡が来て、いい話だったことがない。
これは冗談じゃなく、経験則だ。向こうから会いたいと言ってくる時点で、たいてい向こうに用件がある。そしてその用件は、たいていこっちの財布に関係している。
アポイントを取る時に「○○の××と言ってもらえればわかります」と言われても、こっちはどこの誰か、さっぱりわからない。それでも人は「知り合い」の顔をして近づいてくる。
お金は友達関係も変える。
昔、喧嘩していたようなやつが、ペコペコして寄ってくる。周りの人間との上下関係が、勝手に書き換わっていく。
僕の中では、何も変わっていない。向こうが勝手に変わっていくのだ。
もう慣れた。何とも思わなくなった。
でも、正直に言う。あれはとても嫌な感じで、そして、切ない。
だからもし、あなたがこれから成功してお金を持つなら、先に覚えておいてほしい。
変わるのはあなたじゃない。周りだ。
そして周りが変わった時に、自分まで一緒に変わってしまった人から、壊れていく。ちやほやされるのを実力だと勘違いした瞬間、転落は始まっている。
僕が今まで見てきた「お金で壊れた人」は、全員このパターンだった。お金そのものに壊されたんじゃない。お金が連れてきた人間関係の変化に、壊されたのだ。
「あるだけ使っちゃうじゃない」
昔、周りの人間に聞いたことがある。
「なんで俺はこんなにお金がないんだろう?」
返ってきた答えがふるっていた。
「だって社長、あるだけ使っちゃうじゃない」
そのとおりだった。
でも、僕は後悔していない。何に使ってきたかというと、自分の知らないことを知るために使ってきたからだ。
行ったことのない場所に行く。会ったことのない人間に会う。食べたことのないものを食べる。見たことのない世界を見る。
これは全部、金がかかる。そして全部、あとで仕事の判断材料になった。
貯金通帳の数字は、何も教えてくれない。でも、使った金は経験になって、自分の中に残る。
「将来のために貯める」のと「将来のために使う」のと、どちらが本当に将来のためになるか。僕は迷わず後者だと思って生きてきた。
若い時は、それは物欲だった。
「あれが欲しい、これが欲しい」が仕事の原動力だった。お金は、ものを手に入れるための道具でしかなかった。
でも、たいがいのものは買ってしまった。
そうすると、次に何が楽しくなったか。
人のためにお金を使うことだ。
たとえば、食事をごちそうする。自分がうまいものを食べることより、人がうまいものを食べて喜んでいる姿を見るほうが、今の僕には楽しい。
こう書くと博愛主義者のきれいごとに聞こえるかもしれないが、そういう上等な話ではない。
自分が何かしてあげたことで相手が喜ぶ。その姿を見て、こっちが快感を得る。ようするに、そういう体質なのだ。
考えてみれば、エンタテインメントという産業自体がそうだ。
お客さんを喜ばせて、その喜ぶ姿を見て、こっちが快感を得る。
僕は結局、根っからエンタテインメントの人間なんだと思う。
残す金より、使い切る金
最後に、少し先の話をする。
自分が死んだあとのことを考えたことがある。しかるべきところに相談もした。
結論はシンプルだった。
多く残せばいいというものではない。
下手に大きな相続なんかあったら、残された人間は必ずもめる。仲のよかった兄弟が、金額の話になった瞬間に別人になる。そういう例を、僕はいくつも見てきた。
つまり、死んだあとまで、お金は人間関係を書き換え続けるのだ。
だったら、今いろんな我慢をして無駄に残すことはやめよう、と僕は考えている。
生きているうちに、知らないことを知るために使う。人の喜ぶ顔のために使う。それで残った分だけ、身近な人が困らない程度に残す。それでいい。
お金についての、僕の結論
まとめる。40年近く商売をやってきて、お金について僕がたどり着いた結論はこうだ。
1. お金の価値は金額ではなく「失ったらどうなるか」で決まる。
3,000万円が人生を賭けた大金の人もいる。だから他人の金銭感覚と比べることには、何の意味もない。
2. お金は安心材料にならない。
いくらあっても、その金額なりのリスクと、その金額なりの人間が寄ってくる。「貯めたから安心」という状態は、この世に存在しない。
3. 変わるのは自分ではなく、周りだ。
それを先に知っておけば、周りが変わった時に、自分を見失わずに済む。お金に壊されるのではない。お金が連れてくる人間関係の変化に壊されるのだ。
4. お金は「向こう側」を見るための道具だ。
お金で買えるのは、もの、時間、経験、そして人の喜ぶ顔。お金そのものを目的にした瞬間、人生の順番が狂い始める。
あると便利、ないと不便。だけど、すごく怖いもの。
それがお金だ。
だから僕は、今日も貯めずに使う。
自分の知らないことを知るために。そして、誰かの喜ぶ顔を見るために。
