僕には友達がいない
人間関係についての、僕の経験と結論
前回、お金の話を書いた。
お金がなくなる時は、100万円でも100億円でも一瞬だという話だ。
今回はその続きで、お金よりもっと厄介なものの話をする。
人間だ。
うまくいき始めると、人が寄ってくる。これは自然現象みたいなもので、止めようがない。
寄ってくる人間の全員が悪人なわけじゃない。中には本物もいる。
でも、見分けられないと、あなたは確実に壊される。
僕は40年近く、寄ってくる人間を見続けてきた。騙されたこともある。大事な人を疑ってしまったこともある。
その全部の授業料を払った上での、見分け方を書く。
僕には友達がいない
まず、僕自身のことから書く。
僕には友達がいない。
こう言うと驚かれるけど、いるわけがないのだ。親友と呼べるのはひとりぐらいで、そいつのことだって普段は忘れていて、ふとした時に思い出すぐらいだ。
高校や大学の頃は、友達がたくさんいた。
でも、エイベックスを立ち上げた時、その友達の何人かが会社に入った。
昔は言いたいことを言い合って、肩を組んでつるんでいた仲間だ。それが、会社に入って何年か経つと、僕の顔色をうかがうようになった。
お金のためなのか、地位のためなのかはわからない。
ただ、はっきり言えることがひとつある。
いくら昔、対等な友達でも、いったん上下関係ができてしまうと、もう二度と昔には戻れない。
これは戻らない。僕が「昔みたいに話そうよ」と言っても無理だ。構造が変わってしまったのだから。
面白いのは、その中でひとりだけ、今でも友達のままのやつがいることだ。
どういうやつか。
あまりにも仕事に向かなくて、会社に入れなかったやつだ。
利害関係が生まれなかったから、友達のままでいられた。
つまりそういうことなのだ。人間関係を壊すのは、性格でも喧嘩でもない。利害だ。
見分け方1: 「何を」褒めてくるかを見ろ
ここからは、具体的な見分け方だ。
寄ってくる人間は、たいていあなたを褒める。
その時に見るべきなのは、褒められて気持ちいいかどうかじゃない。「何を」褒めているかだ。
あなたの考え方、仕事のやり方、判断。あなた自身を褒める人間と。
あなたの持ち物、羽振り、地位、人脈。あなたの周りに付いているものを褒める人間。
この2つは、まったくの別物だ。
後者は、あなたを見ていない。あなたに付いているものを見ている。
だから、あなたからそれが剥がれた瞬間に、いなくなる。
もうひとつ、見分けるヒントがある。
あなた自身に興味がある人間は、質問をしてくる。
あなたの考えを聞きたがる。ぶら下がりたいだけの人間は、褒めるだけで、何も聞いてこない。
褒め言葉の数より、質問の数を数えた方がいい。
見分け方2: 距離を詰めるスピードを見ろ
危ない人間は、距離の詰め方が速い。
会って2回目で「兄貴」と呼んでくる。やたらと共通の知人の名前を出す。「○○さんとは家族ぐるみの付き合いで」と、聞いてもいない人脈を並べる。
最初から贈り物や接待で入ってくるのも、同じ型だ。こちらが断りにくくなるように、「借り」を先に積んでくる。悪気のない厚意と仕込みの厚意は、中身では見分けがつかない。スピードで見分けるしかない。
本物の関係は、時間がかかる。
疑って、試して、一緒に何かをやって、失敗も見て、それでやっと信用が積み上がる。
そのプロセスを飛ばして一気に懐へ入ろうとする人間には、時間をかけられない理由がある。
たいていの場合、その理由は、早く回収したいからだ。
見分け方3: 断った時の反応が、全てだ
これが一番確実な見分け方だと思う。
何かを頼まれたら、一度断ってみればいい。あるいは、誘いを断ってみればいい。
その時の反応に、その人間の全部が出る。
すっと引く人間。「わかった、また今度」で終わる人間。これは大丈夫なことが多い。
急に不機嫌になる人間。「あんなに良くしてやったのに」と言い出す人間。別のルートからもう一度同じ話を持ってくる人間。
これは、あなたと付き合っていたんじゃない。あなたの「イエス」と付き合っていたのだ。
逆のことも言える。
あなたに対して「ノー」と言える人間が周りに何人いるか、数えてみてほしい。
うまくいっている時ほど、周りはイエスマンだらけになる。あなたが間違ったことを言っても、誰も止めなくなる。
その中で「それは違うと思いますよ」と言ってくれる人間は、あなたの地位ではなく、あなた自身と付き合っている証拠だ。
手放してはいけない。
見分け方4: いい時に来た人間より、悪い時に残った人間
もうひとつ、時間はかかるけど絶対に外れない見分け方がある。
悪い時に誰が残ったかを見ることだ。
調子がいい時に寄ってくる人間は、正直、見分けが難しい。全員が笑顔で、全員が味方の顔をしているからだ。
でも、あなたが落ち目になった瞬間、その景色は一変する。
連絡が減る。返信が遅くなる。会食の誘いが消える。あれだけ「兄貴」と呼んでいた人間が、気づいたら別の羽振りのいい人間の隣で同じ顔をして笑っている。
これは責めても仕方がない。そういうものなのだ。
その時に残っていた数人の顔を、絶対に忘れないこと。
僕からの実践的な提案はこうだ。調子がいい時に、いま自分の周りにいる人間の名前を、頭の中でリストにしておく。
そして悪い時が来たら、そのリストと照らし合わせる。悪い時は、必ず来る。
残った人間が、あなたの本物の人間関係だ。たぶん、リストの1割もいない。
でもその1割は、あなたが何を失っても付き合ってくれることが、すでに実証済みの人たちだ。
こんなに確かな財産は、他にない。
失って初めて分かるものは多いけど、人間関係だけは、失う前にこの方法で棚卸しができる。
誘えない、という孤独
ここで、少し正直なことを書く。
僕は、社員を食事に誘えない。
誘えばいいじゃないかと思うでしょう。でも、できない。
僕が社員の誰かを誘ったら、そいつは絶対に断れないからだ。
もし別の用事があったとしても、キャンセルしてでも付き合うかもしれない。それが申し訳ないから、誘えない。
仕事の会食なら、いくらでもある。でも、今日は会食もない、好きな店にふらっと行ける。そういう夜に、仕事抜きで気軽に誘える相手がいない。
正直、寂しいと思うことがある。
図々しい社長なら、土日でも社員を強引に呼び出してワイワイやるんだろう。でも僕にはできない。相手のことを考えてしまうし、何より、裸の王様にはなりたくない。
断れない相手を集めて騒いでも、それは友達がいることにはならない。断れない人間の「イエス」には、何の意味もないのだから。
これは経営者に限った話じゃない。
あなたが上司になった時、先輩になった時、有名になった時、金を持った時。あなたの周りの「イエス」は、少しずつ意味を失っていく。
その分だけ、本物の「ノー」の価値が上がっていく。
対等でいられる相手は、どこにいるのか
じゃあ、上に立つ人間は誰とも本音で付き合えないのかというと、そうでもない。
僕にも、友達「的」な存在はいる。仕事で知り合った経営者仲間だ。
何人かとはよく会って遊ぶし、人としても好きだ。バカな話もするし、自分の恥ずかしい面をさらけ出すこともできる。
なぜその人たちとは対等でいられるのか。考えてみると、条件は2つある。
上下関係がないこと。そして、利害関係が薄いこと。
相手も自分の城を持っているから、僕にへりくだる理由がない。業種が違うから、僕から何かを取る必要もない。だから、対等な口がきける。
ただ、正直に言うと「友達か?」と聞かれると、少し戸惑う。子供の頃からの友達じゃないし、利害関係がゼロとも言い切れない。本当の友達というのは、やっぱり利害関係があると無理なんじゃないかと、僕は思っている。
それでも、この「対等でいられる相手」の存在は大きい。
あなたに置き換えるなら、こういうことだ。
自分の居場所とは別の場所に、対等の相手を持て。
会社の中だけで人間関係を完結させると、全員が利害関係者になる。上司か、部下か、同期というライバルか。
でも、別の業界の人間、別のコミュニティの仲間、昔の学校の友達。あなたから何も取る必要がない人間とは、いくつになっても対等でいられる。
そういう場所を、意識して残しておいた方がいい。うまくいけばいくほど、そこが最後の避難所になる。
一番怖いのは、寄ってくる人間ではない
ここまで、寄ってくる人間の見分け方を書いてきた。
でも本当のことを言うと、一番怖いのは、寄ってくる人間じゃない。
おだてられているうちに、感覚がずれていく自分だ。
うまくいくと、会う人の態度がまるで変わる。丁寧になる。持ち上げられる。
でも、それが嬉しいわけじゃない。「こんなに変わっちゃうんだ」という寂しさの方が大きい。
そして怖いのは、多分、自分だってとっくに、どこかで勘違いしていることだ。いい気になっている部分が、きっとある。
前回、「僕の中では、何も変わっていない」と書いた。正直に言い直すと、そう在ろうと意識し続けているというのが本当のところだと思う。それでも完全には防げていない。
人を見分ける目と同じぐらい、鏡を見る目がいる。
寄ってくる人間は選べない。でも、それに舞い上がるかどうかは自分で選べる。周りに気をつけるより先に、勘違いし始めた自分に気をつける。これが、この話の一番難しいところだと思う。
それでも、寂しさと引き換えでいい
最後に、結論を言う。
こんなふうに人を見分けながら生きるのは、正直、寂しい。
決断の時は、誰にも相談できない。「最終的に右か左か」「間違えたら会社がどうにかなる」という場面では、全員が「お願いします」と、こっちを見てくる。その孤独はつらいし、土日も寂しい。
でも、それは今の自分の立場との引き換えだ。
土日が楽しくなるから、友達ができるから、今の自分を捨てろと言われたら、やっぱり嫌だと思う。
それぐらいなら、寂しくてもいい。
人間関係についての、僕の結論
まとめる。寄ってくる人間の見分け方は、結局この5つだ。
1. 人間関係を壊すのは、性格ではなく利害だ。
利害のない場所にいた人間だけが、友達のままでいられた。逆に言えば、利害を挟まない場所を持っている人は、それだけで豊かだ。
2. 「何を」褒めてくるかを見ろ。
あなた自身を見ている人間は、質問をしてくる。あなたに付いているものを見ている人間は、褒めるだけで何も聞いてこない。
3. 距離を詰めるのが速い人間には、速いだけの理由がある。
本物の信用は時間がかかる。そのプロセスを飛ばしてくる人間は、早く回収したいだけだ。
4. 断った時の反応に、その人間の全部が出る。
あなたが「ノー」と言える相手と、あなたに「ノー」と言ってくれる相手。残すべきはこの2種類だけだ。
5. 悪い時に残った人間が、本物だ。
いい時に周りの名前をリストにしておき、悪い時に照らし合わせる。残った1割が、あなたの本当の財産だ。
だからあなたも、人が寄ってきたら、疑うことを恐れなくていい。
疑うのは、人間嫌いになることじゃない。見分けた上で残った少数の本物を、ちゃんと大事にするための作業だ。
全員に好かれる必要はない。
それが数人いれば、人間関係としては、もう十分すぎるほど豊かなのだ。
