ソノキスタンプ ~小さな魔女となりゆきの弟子~ 最終話
鳥巫女
それからの四日間はあっという間に過ぎ、あと30分で私たちの演目、『鳥巫女』が上演される。今、壇上の上では別のクラスのトマトの糖度別による料理の使い分けという微妙に興味深い発表会が行われている。
「かなえ、動かないで」
茉莉が私に最後のメイク中。なんちゃってな巫女服を羽織り、空気清浄機みたいに深呼吸を繰り返していると、女子たちが集まってきた。
「安芸さん、緊張してる?」
「してるよぉ。20分後には観客に笑われに登壇しなくちゃいけないんだ……」
「ええとね、私たちが、安芸さんに元気をあげる!」
女子たちがうん、とうなずく。その手にはそれぞれがリップだったりペンシルだったり、自分の化粧道具を持っていた。
私はえっ? と目を丸くする。
「みんなで話したの。安芸さんが私たちにやってくれたように元気をあげようって。着物はこのあとどうせ捨てちゃうし、それなら遠慮なく……こう」
最初の女子がリップで着物の裏に『ガンバレ!』と文字を書いた。女子たちは入れ代わり立ち代わりで文字を書き、少し化粧ができる子は茉莉と一緒にメイクを手伝ってくれた。
思わぬ応援に体が震える。つい涙ぐむと女子の一人が慌ててコットンで涙をぬぐってくれ、がんばれ、と声援もくれた。
今、私がみんなにあげたおまじないの何倍もやる気を、ソノキをくれた。
──アプリさん。私、アプリさんが言っていた意味、わかったよ。
私は嬉し泣きがしばらく止まらず、メイクができない、と最後には叱られてしまった。
「──それでは演劇、『鳥巫女』を始めます!」
ナレーションの子が挨拶し、とうとう幕が上がる。
お話は村の農民が空を仰いでさめざめと泣いているシーンから始まった。
「もう二ヶ月も雨が降ってねぇだ。死んじまうだよ!」
「おっかぁ、おっとぉ、まんまくいてえよぉ」
「──村は飢饉に見舞われ、村人は死を待つばかりでした。その時、一人の村娘が立ち上がります」
「私が生贄になります。神様に村を救ってくださるようにお願いします!」
私は精一杯背を伸ばし、声を張り上げながら壇上に上がった。
スポットライトが当たり、観客の方からおお、とかほぉ、とかわぁ、とか聞こえる。
うう……。きっとなんだあの大根は、とかデッカイ奴だ、とか思われているんだろうなぁ。
「──娘は一人、神の住む山に入りました。両親は泣きながらそれを見送りました」
鳥巫女のお話。それは江戸時代初期、村を飢饉が襲い、餓死を待つだけだった貧しい農村に住む一人の娘が生贄となり山にこもった。村のために犠牲になってもいいという清らかな心に打たれ、山に祀られた御神木に宿る神が応える。娘は神の使いの鳥たちから沢山の種籾をもらった。種が育つまでの間に食いつなぐ木の実や草の事も教えてもらい娘は無事村に帰った。
だけど……。
「神様が種籾をくださいました! そして食べ物も。これできっと大丈夫です!」
「──だけど、村人は欲に囚われてしまいます」
「どうして今まで隠していたんだ!」
「もっと持っているはずだ!」
「そいつの家を壊せ! 床を掘れ! そいつの家族は裏切り者だ!」
「──種籾として渡した種も、食いつなぐためにあった植物も全て食べられ、もっとよこせと村人は娘と娘の家族を責め、とうとう家を燃やして娘も家族も殺してしまいました。そしてとうとう村人は山に向かいます」
「御神木のところにもっと食い物があるにちがいねぇ!」
「切り倒せば食い物が落ちてくるかもしれねぇ!」
「──村人たちは狂気にとらわれていました。山を守っていたご神木に村人が近づきます。その時……!」
「よーし! 御神木を出せ!」
「せーの!」
壁みたいに大きな御神木の絵を男子たちが総出で壇上に押し出す。
最初は私が顔を出す程度の大きさだったのに、気分が高まって限界に挑戦しちゃったらしい。ふらふらと揺れながら本当の木みたいに大きいご神木の絵が壇上の真ん中に出た。
「──御神木に近づいた村人たちは突然降り出した雨で起きた洪水に流され、濁流は村のほとんどを埋めてしまいました。神の怒りの涙です。御神木は人の愚かさを悲しみ、枝を揺らしました」
ナレーションの通り御神木はグラグラしている。
「だ、大丈夫? 上が折れそうだよ?」
高さを稼ぐために何度も継ぎ足したベニヤと木の棒の支えがメキメキいっている。一回折れたから補強したけど殆ど効果はないっぽい。
「だ、大丈夫だ! 安芸! は早く出ろ! き、キツイんだよ!」
男子たちは後ろで押せだの押すなだのと一生懸命。
「わわっ! 分かった、急ぐから!」
私は慌てながらゆっくりと御神木の前に立ち、深呼吸して大きな声で語る。
「私は神様に蘇らせてもらった。私はこれから巫女としてご神木と共にある。悲しくも欲にとらわれた人ではここにはたどり着けない!」
御神木がまたメキっと軋んだ。私は少し焦る。
「でも、それでも希望はある。心清く、自分のためではなく、誰かを助けようというその気を持つ者が現れたならば、私はその者に手を差し伸べ、そして背中を押しましょう!」
物語ではここでご神木に向かい沢山の鳥が飛んでくる。それはたったひとり清い心を持ち、御神木に近づけた子供をいざなってきた鳥たち。
「──やがて、御神木に向かってたくさんの鳥がやってきました」
「よし、鳥の鳴き声を流せ!」
「あれ? レコーダー無いぞ?」
「おい! クライマックスだぞ! うわ、木の上が折れそうだ!」
「ヤバい! 抑えろ! 前に出ていいから!」
「──たくさんの鳥が……だ、だいじょうぶ?」
後ろからマズそうな声が聞こえ血の気が引く。ナレーションも思わず素になっている。事故なんか起きたら劇どころじゃない。私も役を捨てて絵を抑えようと思ったその時。
「神の使いたる鳥たちよ、心清き者を導き給え。救い給え。支え給え……!」
スピーカーから聞き覚えのある声が静かに響き、閉じていたはずの窓から色とりどりの鳥たちが何十羽、いや、何百羽も飛んできて絵の上に止まり、そして倒れそうな絵を羽ばたいて支えてくれた。
ハプニング? とざわついていた観客はそれを見ておお、と驚いたり戸惑ったりしつつも静観してくれている。
……アプリさんだ!
ここからは見えないけど、どこかにいるんだ。私には分かった。
「──え? えっ?」
「続けて!」
ナレーションの子に私は小さく叫ぶ。
「あ、ええと、うん! ──と、鳥が一人の子供を御神木の前に連れてきました!」
「お、俺、じゃなくておいら、姉ちゃんがくれた種籾を食わなかったよ! ちゃんと育てるよ! だから、ねえちゃん、いや、巫女様! 村に帰ってきてください!」
「──心清き少年は、巫女への捧げものとして貴重な食べ物から一番大きなどんぐりを差し出して言いました。その言葉に、巫女は涙を流して答えました」
「私は神の使いとなりました。もう村へは戻れません。ですが、あなたにこれから先降りかかるであろう試練に挫けることのない強い心を、その気持ちが折れないおまじないを授けましょう。あなたの捧げものに応えましょう。神聖なる文字を与えます」
これってアプリさんのソノキスタンプとおんなじだ、と思った。
美菜はこれに気づいたから鳥巫女をやりたかったんだ。鳥と戯れるアプリさんの姿がまぶたに浮かび、私は無意識にあのときのアプリさんのようにゆっくりと舞う。
台本にはなかったけど、舞わなければならない、そう思った。
ぎこちないだろう私の舞を見た観客からほぉ、とため息がこぼれ、鳥たちは歌うように鳴く。
──今、私は鳥巫女になっている。
アプリさん、本当に不思議な人だな。素敵な人だな。私、会えて良かった。
嬉しくて涙がこぼれた。そしてありったけの笑顔を観客に向ける。スポットライトが涙を照らし、宝石のように輝く。観客は静まり返っていた。
舞を終え、少年の額に文字を書く時が来た。台本では懐から筆を取り出して額に文字を書くふりをするだけなんだけど、セキレイが花を一輪咥えて私の肩に止まった。
私は花を受け取り、少年の額に花で文字をなぞる。今に相応しい文字。それは『ソウィエル』。光の意味を持つ文字。
「う、うわっ……おい安芸、ちょっ!」
顔が近かったせいか男子が顔を背ける。失礼な。私は顎を掴んで無理やり顔を向けさ文字を書き、最後のセリフを続けた。
「少年」
「えっ? あ、はい!」
「希望を捨てないで。その心を、その気持を捨てないでください。未来に、光を」
男子の額に書いた文字が光る。
そして私に、男子に、御神木にスポットライトが当たる。それは未来への光。
鳥たちが前に進もう、と私の周りを飛んだ。
幕が閉じる。
拍手は鳴り止まなかった。
その後
「ううう……どうしてくれるのかなえぇ」
帰り道、茉莉は未だに思い出しては鼻をすすり、ハンカチで顔を覆っている。
あのあと、鳥たちはちりぢりに飛び去ってしまったのでご神木の絵は結局倒れてしまった。
だけど、みんな離れていたし先生たちが駆けつけてくれて大事にはならなかった。
観客にも大受け。幕が下りても拍手が続いていたのは初めての事らしい。
クラスの女子はほぼ全員、男子も半分は大泣き。先生も大げさに拍手しながら鼻水を出していた。
「主役のかなえがどうしてそんな冷静なのさぁ」
「いや、演技するのに精一杯だったし、自分の演技で泣くのもちょっと……」
『そんなことない! 誇りなさい!』
美菜の家族がスマホで撮っていて、美菜も演劇をリアルタイムで見ていた。スマホの向こうの美菜も泣いている。
『かなえに役を譲って良かった。今日ばっかりは負けを認めるわ……』
「あ、じゃあ弟子の件は」
『それは別』
「だめかぁ」
『それに弟子に興味、本当に無いの?』
美菜がにんまりと微笑んでいた。
『茉莉を巻き込んでおいて、自分だけサヨナラなんて許されると思う?』
「それは……」
そう、今日これからアプリさんのところへ行くのは劇の感想を聞きに行くのと、茉莉を紹介して弟子候補に加えてもらうため。
私と美菜は茉莉にソノキスタンプの事を話し、茉莉はやっぱり興味を持った。それに茉莉にも資格があると思ったから。
「緊張するなぁ。魔女のお姉さんかぁ……」
「あんまり期待しちゃ駄目だよ。普段は低学年と見間違えちゃう、スイーツ大好きな魔女だから」
「なにそれぇ?」
茉莉の期待していた顔に不安がよぎっている。
「そのまんまだよ」
『反論できないのがくやしいのよね……』
「だからコンビニのプリンがおみやげなのかぁ」
「今日発売のマロンクリームプリン、美味しそうだよね。みんなで食べよう」
『もう! あと一日あれば一緒に行けたのに!』
画面の向こうではすっかり顔の腫れが引いた美菜が悔しそうに口を尖らせている。
「また今度ね。あ、あんまり話しているとバッテリーなくなるからこのへんで」
『かなえ! そのプリンは私も含めた三人からだってちゃんと言ってね!』
「はいはい。じゃあね」
スマホを切り、二人で歩き出す。
「かなえと二人っきりは久しぶりな気がする」
茉莉が空を見上げながら言った。
「そうかも。でも、いつでも二人にはなれるよね」
「だね……」
「んー?」
「なんでも無いよ。友だちが増えるんだなって」
茉莉が笑い、少し早足で前を歩く。
「かなえ、その時計屋さんってあそこだよね?」
アプリさんの占い屋さんが見えてきた。
開店中の看板が風に揺れている。
茉莉を紹介しなくちゃ。
話したいこと、聞きたいことがたくさんある。
みんなでお菓子を食べよう。
お化粧を教えてもらおう。
茉莉にも使い魔を紹介してくれるかな?
自然に歩みが早まり、茉莉と並んで手を繋ぐ。
セキレイが一羽、私たちを案内するかのように前を飛んでいった。
小さな魔女さん、新作スイーツの到着だよ!
おわり
