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ソノキスタンプ ~小さな魔女となりゆきの弟子~ 第3話

 おまじない館へようこそ!

「あの、お名前はアプリさん、でいいんですか?」
「そだよ」
 恐る恐る尋ねると、アプリさんは最初に見たふにゃっとした柔らかそうな顔と口調に戻っていた。
「あ、勝手にすいません。さっきの子たちがそう呼んでいたから……」
「いいよ。名乗ってなかったし」
「……あの、本名ですか?」
「どう思う?」
 アプリさんは大きなタレ目で私をじっと見つめて聞き返してきた。
 外人……には見えない。二世? 帰国子女? いや、どれも違う気が……。
 悩んでいるとアプリさんはけらけら、と笑う。
「ごめんごめん、アプリコットは魔女をやっているときの名前だよ。本名はヒミツ」
 アプリコット? ああ、縮めてアプリなんだ。
「魔女……。つまり占い師ですか?」
「そんな感じ。知らない? 商店街にお店あるんだよ。『アプリのおまじない館』ってね。まぁ、メガネ屋さんの間借りだけど」
 アプリさんは両手の人差し指をくるくる、と回しながら言った。
 何か仕草しながら話すのが癖らしい。
 占い師。
 なるほど、それならアプリさんのその格好も分かる。
 ちょっと名前のセンスが古い気もするけど、その方がらしいのかもしれない。
 心配していた点が腑に落ち、私は胸をなでおろす。そして。
「あの、挨拶が遅れました。私、安芸あきかなえと言います」
 私は安芸かなえ。小学六年生。
 五年生まで陸上をやっていたけど今はやめている。
 得意なこと……特になし。
 後は背が平均よりすこし、ちょっと、それなりに高いのがわりと悩み、かな。
「ご丁寧にありがとう」
 アプリさんもお辞儀を返してくれた。
 そしてまたぐぅ、と音が聞こえた。アプリさんの顔を見ると、知らんぷりして視線を泳がせている。
「スフレ、結局ぜんぜん食べてないですよね」
「いいんだよ。子供こそしっかり食べないとね。…………うん」
 食べ物に執着がありそうなのに、ぜんぜん後悔している感じはなかった。
 未練はあるようだけど。
「でも、形ばかりとはいえ対価取りましたよね。ポリシーですか?」
「無くてもいいんだけどね。でも、人に何かをしてもらうには何かを失う必要があるっていうのは、覚えてほしいんだ」
 ちょっと厳しい気もするけど、アプリさんの真剣な顔を見ると何も言えなかった。
 それは意地悪とかじゃないんだって分かったから。
「じゃあ、やっぱりかわりにこれをどうぞ」
「え? いやいや、もらってあげて、それをまたもらうなんてそんな……」
 と言いつつ視線はスフレに釘付け。
「ならならせめて半分こで。まぁ、四分の一になっちゃいますけど」
「大人として……」
「目の前でお腹空かせている大人を無視するほうが無理です」
「むぅ……。じゃあ……そうだ!」
 アプリさんがずい、とわたしに顔を寄せた。
「スフレのお礼に一つ、あなたを占ってあげる。もらったからには何かしないとね。時間ある? あるよね? お店に来て」
「占い? あの、私、占いは……」
 正直、占いには興味が無かった。
 無い、と言うか実はあまり良い印象が無かった。
 だって、いい結果でも悪い結果でも、実際自分に起きることが変わるわけじゃないんだもの。
「占いは別にあなたの運命を勝手に決めようとするものじゃないよ」
「え」
 気持ちを見透かされたみたいでドキッとした。
「さ、いこっか」
 アプリさんがおいで、と手招きして歩き出す。まぁ、たしかに時間はあるし……。
 私はしょうがない、と興味半分、諦め半分でついていった。
 帰ってふて寝はとりあえず保留だ。

「あほほめあえやんお」
「あそこの眼鏡屋さんですね」
 スフレを食べながらアプリさんがお店を指差す。案内されたのは商店街でも特に古いお店の佐々木メガネ店だった。
 そこは知ってる。ぶっちゃけ開店休業状態のお店で、おじいさんとおばあさんが時々店を開けているだけで、開いてても殆どはご夫婦のお友達がお茶を飲む場所。
 アプリさんはそこに住み込み占いをやっているそうだけど、それは知らなかった。
「ただいまぁ」
 アプリさんが甘そうな色で不思議な波模様のレトロなガラス戸を開いてお店に入る。
「おお、おかえりウメちゃ」「わああああ!」
 奥からおじいさんの声がしてアプリさんはめちゃくちゃ慌てて私の耳を塞ごうとする。だけもう聞いてしまった。
 ウメ? それって……。
 私はアプリさんの顔を見る。
 ええと、アプリコットって日本語で確か……。つまりそういうこと? とアプリさんを見ると、向こうを向いて眼を泳がせている。
「いや、何ていうか……。違うの。ほら、あの……」
 アプリさんはどたどしく弁解しようとしているけど言葉が出てこないでいる。
「あ、いえ。あの、私なんにも聞いてません」
「……ありがとう」
 アプリさんは顔を引き攣らせながらどうぞ、とお店の中へ私を促す。
「わぁ……」
 店に入った私は驚いた。
 初めて入った眼鏡屋さん。木造で少し薄暗い店内の壁には大きな振り子時計があって、周りにはレトロな丸メガネや劇場で使うような金色のオペラグラス、歴史の教科書で見たような顕微鏡まである。
 お店の反対側にあるパン屋さんが見えなければまるで昭和、いや大正時代にタイムスリップしたみたいだと思った。
 見たことないけど。
「はい、そこに座って」
 物珍しくてキョロキョロしていた私をアプリさんが手招きする。
 綺麗なクリスタルの置物が並んでいるカウンターの奥側にアプリさんが座り、前に置いてある古い木の椅子を指差す。
 座るとギィ、と音がした。
 さて、とアプリさんが咳払いする。
「はい、まずは論より証拠。あたしの占いがどういうものかを教えてあげる。あなたは何か占いのこと知っている?」
 アプリさんは両手をカウンターの上にあげて、何もない空間を撫でるような動作をしながら聞く。
 あ、この仕草ってもしかして……。
「ええと……、水晶占い?」
 私が言うとアプリさんはそうそう、と嬉しそうに微笑む。
 やっぱりヒントだったんだ。
 不思議で優しい人。
 私はアプリさん自身に興味が湧き始めていた。
 なんとなく気分が楽になり、頭が回り始める。
「あとはタロットとか星座とか……あ、あとは割り箸みたいなのをジャラジャラってやるのとかですよね?」
「あー、筮竹ね。あれどうやって占うんだろうね? 当たりとかあるのかな?」
「占いに当たりは無いと思いますけど……」
「まぁ筮竹《ぜいちく》、四柱推命《しちゅうすいめい》、紫微斗数《しびとすう》、数秘術、タロット、亀の甲羅、サイコロ、他にも色々あるけど……」
「サイコロ?」
「そういうのもあるんだよ」
「それ、ただの運、ていうか確率……」
 やっぱり占いなんて真面目にやってもらうものじゃないんじゃ? と疑いの気持ちが出てしまう。
「まぁ、あたしはどれも出来ないけどね!」
「そうなん……はい?!」
 私は思いっきり眉をひそめてしまう。
 そんな私を見てアプリさんはケラケラと笑った。
「あたしのはね、占いって言うかおまじない」
 ──おまじない。
 そういえば、と思い出す。
 さっきアプリさんはゆかちゃんにおまじないって言っていた。
 確かに全然占ってない。
「じゃあ占い師って言うのは?」
「お話をするためのきっかけづくりだね。道具があるとそれっぽいから、話を聞きやすいんだ」
 アプリさんはカウンターの横を指差す。
 そこには確かにさっき例えで言った水晶玉やタロットカード、占星術用の星座盤が整然と置いてあった。
 ホコリこそかぶっていないけど、使われた様子もない。
 タロットカードなんてビニールの封を切ってもいないし。
「あの、私、占いとかおまじない、実はあんまり好きじゃ……」
「おやおや、それはどうしてかな? 聞きたいなぁ」
 アプリさんは機嫌を悪くするどころか食い気味に身を乗り出してきた。
「怒らないですか?」
「あはは、大丈夫だよぉ、うん、多分」
 言い方が心配だ。
 でもアプリさんは興味津々。
 お話をせがむ子供みたいな表情を見ているとどうしても言わざるを得ないような気持ちになってしまった。
「ええと、自分が何で悩んでいるか、何で困っているかなんて、本人だって百パーセントは分からないはずなのに、誕生日とか血液型だけで区別して今日はこれを持て。どこそこに行け。ああしろこうしろって決めつけられるのが……」
 言ってからやっぱり失礼だと思った。なのに。
「だよねー」
 アプリさんはケロッとして頷いてくれた。
「今日は乙女座が1位! ラッキーアイテムはハンカチ! なんて言われても、何を争ってるんじゃい! ハンカチ持ってないヤツおるんかーい! とかなるよね」
 アプリさんはお笑いみたいに手のひらで宙を叩いて言う。
「ま、まぁ、端的に言えば……。アプリさんは気にしないんですか? 占い師なのに」
「鰯の頭も信心からって言うし、人それぞれでいいんじゃない? それを他人に無理強いさえしなきゃね」
 わりとすごいことをサラッと言った。
「あたしのおまじないはね、前に進もうとしている子が自分の心で一歩踏み出せるように、ちょっと背中を押す事。それだけ」
「背中を押す?」
「例えば、辛いことがあってうつむいている子が、しゃんと背を伸ばして歩けるように元気にしてあげるとかね」
 ──うつむいている。
 その言葉にギクッとなる。
「あの……。それって、さっき女の子にやっていたネイルアートみたいなのですか?」
「そう。気持ちを込めた文字を書いて応援するって感じ。これでもプロのつもりだから道具は色々あるよー!」
 アプリさんは興味出た? と屈んでカウンターの下にもぐる。
 なにかの骨やヤモリの黒焼きなんか出てきたらどうしようと思っていたら。
「ほい!」
 どん、とカウンターの上に置かれたのは大きくて頑丈そうなシルバーのコスメボックス。
 プロのメイクアップアーティストが使うような本格的なヤツ。
 予想外な物が出てきてびっくりしているとアプリさんはバチン、と指を鳴らす。
 ボックスの蓋は鳥が羽根を広げるように無音で左右に開き、デパートの化粧品売り場で嗅いだことのある香りがふわっと漂う。
 中には様々な化粧道具やそうでないものがぎっしり詰まっていて、蓋の鏡にはライトまで付いている。
「うわ! パウダーがこんなに! ティントでこんな色見たこと無い! コンシーラーもすごい。筆なんて何本あるの? うわぁ、これ、いいところのあぶら紙……」
 そこまで言ってはっと息を呑む。アプリさんはニコニコして私を見ていった。
「興味あるよね?」
 アプリさんの問いかけに私はどきっと身を縮め、そして小さく頷く。
「だよねぇこの小さなペンシルを見て一発で分かったくらいだし。おまじないは興味なくてもお化粧は興味あるよねぇ」
 しまった、と思った。誰にも言わない秘密だったのに。
「あの……、実はそのスジでは有名なメイクアップアーティストさんとか?」
「どのスジが知らないけど違うよ。色々必要だからいつの間にか増えちゃっただけ」
 アプリさんは柔らかそうなハケやマユズミ用のペンやらを指に挟んでキリッとポーズを取る。
 かっこいい、と言って欲しそうだったけど子供が背伸びしているみたいに見えて思わず吹き出してしまう。
「あ、ひどぉい!」
 アプリさんがそれこそ子供みたいに頬をふくらませるのでいよいよ笑いが止まらなくなる。
 私は久しぶりに遠慮なく笑った。
「はー……」
 笑った。
 なんだか久しぶりに笑った気がする。
 疲れてカウンターに突っ伏した私にアプリさんがお茶をくれた。あと芋けんぴも。お店のおばあさんからだそうだ。
 私の笑い声は奥にも聞こえていたらしい。
「ごめんなさい、笑いすぎました」
「いいんだよぉ」
 深く頭を下げるとアプリさんは指を波のように泳がせてながら笑って許してくれた。
「さて、これからかなえちゃんにおまじないをするわけだけど」
 コスメボックスを私に向けながらアプリさんがにっこりと笑う。
「これを使うんですか? 私に?」
 占いだってろくに信じる気は無いのにおまじないなんて、と思っていた。
 だけどメイクのようなおまじないというのなら話は別。
 期待と不安が入り混じってのどが渇いてしまった。
 失礼してお茶を一口飲んだとき。
「楽しくないことがあったんだね」
 ごくん、とお茶を飲む音がお店に響いた。