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ソノキスタンプ ~小さな魔女となりゆきの弟子~ 第9話

 友だち

「で、どうだったの?」
 夕方。私と美菜はアプリさんのお店に集まっていた。
 アプリさんは美菜が買ってきた色とりどりなドーナツをもぐもぐと美味しそうに、幸せそうに食べている。
 私たちの前にもドーナツはあるけど、美菜は全然手を付けない。なので私も手を付けてない。
 正直食べたい。
「ええと、伊勢くんはまあ、それなりに自制してくれるようになったっぽいです。目に見える目印があると違いますね」
 ミサンガは一定の効果はあった。
 まだ、ちょっとペースが乱れて気がそがれると忘れちゃうけど、この調子で成長してくれれば来月の大会でいい結果が出ると思う。
「一応、初めてのソノキスタンプは成功したのかなって」
 使い魔?を指で撫でつつごくろうさま、と心の中でお礼を言った。
「美菜ちゃんは?」
 アプリさんが美菜に問いかける。
 きっと笑顔をしていると思う私に比べて、美菜の顔は静かというか色が無いというか、表情が読めなかった。
「……自分がどれだけ空回りしていたのか、思い知りました。能登さんにも嫌な思いさせてしまいました」
 美菜が聞いたことのないような沈んだ声でつぶやく。
「茉莉と何があったの?」
 何かありそうとは思っていた。
 だけど心の何処かで案外私みたいに打ち解けるんじゃないかと楽観的にも考えていた。だけどそうはならなかったらしい。
「能登さんに、あなたの気遣いはおせっかいだって言っちゃった」
 ああ、と胸が締め付けられた。
 正直、たまに私も心の中で思う事はあった。でも言わなかった。言えなかった。それだけでも言っちゃった、と思ったのに、更に。
「能登さんはかなえに対して優越感に浸りたいんじゃない、とも……」
「えっ?」
 今度は思わず声が出る。
「美菜! それはいくらなんでもひどいよ!」
「だけど能登さんはそうかもって、自分で言ったよ」
 美菜の言葉にからかいや嘘は感じない。私は心臓が止まるかと思った。
「まって、なんで……茉莉が……」
「でも、能登さんを嫌わないで」
「そんなの……!」
「外にいるから」
 美菜が小さな声でつぶやいた。
「えっ?!」
 声がひっくり返る。
「帰るって言ってたけど、引き止めた。今全部言わないと戻れないって言って、連れてきた」
「茉莉!」
 私はお店の外に飛び出す。周りを見ると、店の角に隠れている茉莉が見えた。姿が消えたので慌てて追い、店の裏まで来た所で手を掴むと、茉莉はそのまましゃがみ込む。
「茉莉!」
「ごめんなさい! もう余計なことしないから! だから、だから……!」
 茉莉が痛そうなほどの嗚咽を漏らす。
 私も一緒にしゃがんで茉莉の顔を覗き込む。茉莉は尻餅をついて必死に目線をそらし、顔を手で覆ってしまった。
「私、かなえをずっと騙して……」
「そんなのどうでもいい! 私は嬉しかったよ。私、背が高いからそれが嫌で縮こまっていた。それを茉莉は引っ張って」
「かなえを引っ張っている私が! だからかなえよりも上だって気になって! それが嬉しくて、楽しかったの!」
 茉莉が悲鳴みたいな声で言った。
「足も早くない。友達もあんまりいない。若狭さんとも仲良くなっちゃう。それでも自信なさ気なかなえを引っ張れれば、それだけで私、かなえより上だって……。伊勢くんの事もそう。陸上をやめたのは足を痛めた以外に……盗撮されたことが原因って知っていたのに。嫌な思いしたのに……」
 茉莉の言葉にお腹の奥がギュッと痛み、寒気がして汗が滲んだ。
「だけど、かなえを引っ張れれば……そうすれば、自分が生きている意味があるって……。ごめんなさい。ごめんなさい……」
 茉莉は身を縮めてひたすら謝っている。頭を抱え、何も聞こえていないみたいに。前の私もこんな感じで身を縮めていたのかな、とどこか遠い光景を見ているような気がした。
「私、おまじないも占いも信じてなかった」
 私の言葉に茉莉がびくっとして嗚咽が少し収まる。
「人の気分を勝手に決めつけてああしろこうしろって言うものだと思ってた。でもね、アプリさんのおまじないは違ってた。ただ、その人の背中を押すだけ」
「……」
「茉莉のやっていたことも、おんなじだよ。私の背中を押してくれた。だから、ありがとう」
「でも…………でも……!」
「今度は私が茉莉の背中を押すよ」
 えっ? と茉莉が恐る恐る顔を上げる。
「あーあ、可愛い顔が台無しだね」
「変なこと言わないで。私なんて……」
「はい、動かない」
「あっ」
 ペンを取り出し、茉莉の顔に近づける。私が何をしようとしているのか分かったみたいで、茉莉はおっかなびっくりな顔で震えながら目を閉じる。
「目、開けないでね。あぶないから」
 茉莉はうん、と唇を締める。
 願いを込めるは『バガラズ』
 それは破壊を意味するルーン文字。
 だけど同時に変化、成長の意味も持つ。愛奈には今を、自分を打ち破って欲しい。願いを込めてアイシャドウに連続で文字を書く。細かく、細かく、ひとつづきのラインのように……。
「……出来、たぁ」
 ぷはぁ、と深呼吸。おまじないは完成した。
 あ、なんか疲れる。
 たった二回やっただけなのにこれはけっこう疲れるや。
 恐る恐る目を開けた茉莉の表情はまだ怯えが見えるけど、目線は私をまっすぐ見つめていた。
「……私、馬鹿だったね」
 声の震えが止まっていた。茉莉は照れくさそうに泣き笑いする。
「若狭さんが言っていたけど、これ、本当に魔女の魔法みたい」
「まぁ、まだ弟子候補だけどね」
「かなえ。私、まだあなたの友達でいられる?」
「友達なんかじゃないよ」
 途端にさあっと茉莉の顔が青ざめ、怯えに歪んだ。
「私たち、親友でしょ?」
「かな……かなえぇえ……」
 おもいっきりべそをかいて茉莉が私の胸に顔を埋める。
 しまった、つい意地悪しちゃった、と私は茉莉の頭を抱きしめた。

 翌日のお昼前。
 日曜日は学校が閉まっているので、走り込みができる川辺の公園で伊勢くんの指導をしていた。
 今日は私もジャージ。フォームを教えるのに自分が動けないんじゃおかしいしね。
「かなえ、やっぱり今も早いな!」
 試しに一緒に走ったら伊勢くんが目を輝かせた。
「全然だよ」
「いーや、ペースが変わらない。体幹がいいんだよやっぱり。お前の体のバランス、俺羨ましいんだぜ」
「もう……」
 からかわないで、と足を止める。伊勢くんはアレ? と振り向くけど。
「はいはい止まらない! 今のペースであと五往復!」
「おう!」
 練習には素直に従うから助かる。日曜日を潰しているんだから成果は出してもらわないとね。そのためには……。
「そうだ、伊勢くん! おやつは持ってきた?」
「持ってきたぞー!」
「よろしい! ちょっと先にもらうよー」
「くいしんぼー!」
 後ろ向きに走りながら伊勢くんが茶化す。
「うるさい! 一往復追加!」
「げー!」
 うっかり体育会系な事をしてしまった。そうじゃなくて、今日はもう一段階ステップを進めたい。私は伊勢くんの持ってきたおやつを見る。
「ええ……。女の子といるのにおやつに駄菓子ぃ? これだから男子は……」
 溜息をこぼしながら一番マトモそうな麩菓子を一ついただく。別にお菓子を食べたいんじゃない。ソノキスタンプとして必要だからだ。
 アプリさんはソノキスタンプには二種類あると言った。一つは今までやっていたおまじない。
 そしてもう一つは少し強いおまじない。
 それは相手から何かしらの対価を受け取って施すもの。ソノキスタンプする相手から対価を得るのは、より強い術を施すための儀式的なものらしい。だから私もそうする。まぁ、弟子候補のなんて気休めだけどね。
 伊勢くんは今も指示は聞いてくれている。だけどやっぱり走るのに集中するとどうしても忘れがちになる。ならそれを途切れさせないようにしたかった。
 麩菓子を一本食べ、ごちそうさま、とペンシルと一緒に手を合わせる。それから新しいミサンガに願いを込めて文字を書く。
 それは『ナウシズ』。束縛のルーン文字。ちょっと強い意味だけど言うこと聞いて欲しいしね。私は深呼吸して文字を書き込む。小さく、強く念を込め……。
「ん?」
 ペンシルが僅かに震えた気がする。
 変なところで邪魔しないで。字が書けないよ。きゅっと指に力を込め、文字を書き込む。
「ふー。お? 新しいミサンガか?」
 伊勢くんがウォーミングアップから戻ってきた。早いなぁ。
「そう、私の『おまじない』、効果あるでしょ?」
「ああ、これ見ているとなんかこう、冷静な俺が出てくる感じがしていいよな!」
「いい傾向だね。じゃあ、これも」
 私は伊勢くんの左腕に二つ目のミサンガをつけた。
「ええと、伊勢くんのスタミナなら今のままで行けると思うから、今日はそれをキープできるようにしようか」
「今のペース? ちょっと早めにしているけど」
「伊勢くんならちゃんとやればいけるよ」
「分かった! 行ってくる!」
 伊勢くんは二つ返事で駆け出していった。うん、あの暴走男子がまるで人が変わったみたいに素直。これなら大会はいいところに行けそう。
 いやぁ、ソノキスタンプ使いこなしているなぁ私。
 伊勢くんも喜んでくれるし、才能あるのかも?
 ペンシルがまた一瞬震える。だけど私はそれを気にしていなかった。
 週明け、教室で会った美菜と茉莉はぎこちなさはまだあるけどお互いに打ち解けはじめていて、私に対しては美菜はまぁいつもどおり。そして茉莉は。
「一度だけ、ほっぺ叩いて欲しい」
「やだよ!」
「うん、そういうと思ったから、形だけ。これはもう、私のわがまま。私がスッキリしないからっていう勝手な理由だから」
「ああもう、吹っ切ってくれたのにどうしてそういう……」
「ごめんね、そこだけは変わらないみたい」
 と言っている間に茉莉は私の手を掴み、自分のほっぺにぺちん、と当てた。
「うん、スッキリした」
「……もうやめてよね、親友」
「もうしないよ。親友」
 見つめ合い、一緒に肩の力が抜け、私と茉莉は笑いあった。
「ちょっと」
 美菜が不機嫌そうな声で言う。
「あ、ごめん。何?」
「何? じゃないでしょう。弟子の件は?」
「あ、そうか、日曜日は私は伊勢くんに付き合って茉莉はお稽古で、結局アプリさんに報告してないんだよね」
「そう。で、今日からは劇の練習が放課後にあるから、また週末に行きましょう」
「それ、私も行ったらお邪魔かな?」
 茉莉が控えめに聞いてくる。
「いや別に……」
「邪魔だから遠慮して」
「ハッキリ言うなぁ……。まぁいいよ。かなえ、とにかく美菜には負けないでね」
 茉莉は美菜の物言いにも臆しなくなっていた。この馴染みの速さはさすがだ。
「そういえば伊勢くんはいいの?」
 そして茉莉はもう話題を切り替えた。
「うん、やることは伝えてあるから。毎日はさすがに付き合わないよ」
「……大丈夫? ソノキスタンプ使ったんでしょ?」
 美菜が珍しく少し心配そうに
「大丈夫だよ。ただのおまじないだよ?」
「……そう」
 どこか浮かない顔の美菜を茉莉が見つめていた。
 そしてお昼休みが終わる頃、茉莉が教室に駆け込んできた。
「かなえ! 伊勢くんが足を痛めたって!」
「えっ?」
 私は伊勢くんが運び込まれた保健室に駆け込む。そこにはベッドに座った伊勢くんがいた。スネに包帯を巻いて冷やしていた。
「伊勢くん! 大丈夫?」
「かなえか。悪い。言うこと守れなかった」
「そんなの! やっぱり私、練習に付いていればよかった……。ちゃんと伊勢くんがペースを守るかどうか……」
「いや、かなえに言われたペースを守りきれなかったんだよ。くそっ」
「待って。ちょっと噛み合ってないみたいだけど?」
 少し遅れて入ってきた美菜が息を整えながら言う。
「え?」
「そう、二人共、ちゃんと話そう」
 美菜の後ろで茉莉はぜぇぜぇと息を切らせながら言った。
「あの、伊勢くんが足を痛めたのはどうして?」
「だから、俺は昨日かなえに言われたとおりのペースを守っていたんだよ。だけど途中から苦しくなって、でもペースを最後まで守ったんだぜ」
「……苦しくなっても、ペースを落とさなかったの?」
「当然だろ。お前に言われたんだからな」
「ちょ、ちょっと待って。伊勢くん、かなえに言われたからって、苦しくても足を痛めるまでペースを守ったってこと?」
 茉莉が目を丸くする。
「ん? 何がおかしいんだよ。それより、腫れが引いたらまた走らないとな。かなえに言われているんだからさ」
 無邪気に笑う伊勢くんを見て、私は背中が冷たくなった。
「君、ちょっと横になりなさい」
 美菜が伊勢くんの頭を抑える。
「お、おい。やめろよ! 俺は言われたとおりに走らないと……!」
「かなえ、ミサンガ切って!」
「やめろおい! それは俺のお守りだぞ!」
「伊勢くんごめん!」
 ハサミを持ち、美菜の後ろから手を伸ばして伊勢くんのミサンガを二つ、一気に切った。
 やけに甲高くハサミの音が部屋に響き、ミサンガが床に落ちる。
「お……ぉお……?」
 伊勢くんの体からくたっと力が抜け、気絶するみたいに眠ってしまった。
「……まさか……」
 私は震える手でミサンガを拾い、握りしめる。
「……このおまじないは使い方を間違うと人を操りかねないってアプリさんは言ってた。そんなのまさかって思ってた。そもそも、私まだ弟子ですらないのに……」
 ポケットに入れていた鉛筆が床に落ち、その拍子に芯が折れた。
「この子、警告してくれていたんだ……。ごめんなさい……」
 私はペンシルを抱きしめ、涙をこぼした。