ソノキスタンプ ~小さな魔女となりゆきの弟子~ 第6話
弟子ポイント
「大丈夫?」
「えっ?」
意識が飛んだみたいに見とれていた。
若狭さんが少し心配そうに私の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫。うん」
「見惚れるのはいいけど気を失ったりしないでよ」
「しないから」
改めてアプリさんを見ると、さっきまでの神秘的な光景はどこへやら。
鳥と戯れているのか襲われているのか良く分からない鳥まみれっぷりで奇声をあげている。
「あきゃきゃきゃ! ぷぷ……。はいはい、オウムくんじゃないよ。探しているのはセキセイインコのぴーちゃんだよ。こらこら、カラスちゃんでもないって。カァカァ。あれ? なんでカエルくんもいるのさ。違うってば、けーろけろ」
アプリさんは体だけじゃなく足元にもぎっしり降りている鳥たちを見渡しながらぴーちゃんを探していた。
鳥たちは私達にも数えきれないくらい止まっている。これだけの数の鳥にとまり木にされて耳元で鳴かれると流石にうるさこわくて、私は涙目になる。
「あ、アプリさん、は、はやくぅ……」
若狭さんも流石にこくこく、と鳥まみれでうなづく。
「はいはーい。あ、いたよ」
アプリさんは私の頭の上を見て手を差し出す。頭の上から一羽の青いセキセイインコがぴょん、と飛んでアプリさんの腕にとま……でかっ?!
「ジャンボセキセイインコのぴーちゃんだよ」
それは名前通りの巨体で、普通のインコの二倍は大きかった。こんなのが頭の上にいたの?
「ありがとうね、かなえちゃんのおかげでずいぶん早く見つかったよ」
「……私がでっかいから鳥がとまりやすかったんですね」
素直に喜べない。
そんな私を同じく鳥まみれの若狭さんがジトッと睨んでいた。
「あの、アプリさん、私だけじゃなくて、若狭さんもいたから……」
「そういう気遣い、ムカつくからやめて」
もう泣きたい。
「鳥巫女はね、まさに今のアプリさんのイメージなの」
心が折れそうになっていた私に若狭さんが静かにつぶやいた。
アプリさんを見るとぴーちゃんを肩に載せ、他のオウムやインコ、セキレイなんかにまみれながら、まるでみんなと会話しているかのように見えた。
「私は鳥巫女をやりたい。完璧な鳥巫女を。だからアプリさんのようになりたい。おまじないも覚えたい。弟子になりたい」
若狭さんは両手を握り、祈るようにつぶやいた。
その姿は自信に満ちているというよりも何かに焦り、必死なようにも見えた。
「どうしてそんなに鳥巫女をやりたいの?」
「聞いてどうするの? あなた、やっぱり主役の座を」
「だからそういうのじゃなくて! 理由も知らないのに勝手に突っかかれても困るって言ってるの!」
一方的に敵視されるのもいいかげん嫌になってきたのでぶっちゃける。
なんだか今日の若狭さんを見て普段の優等生のイメージがだいぶ崩れてきているし、もうこの際遠慮は無しにしよう。
「……それは」
「あ、ごめん」
ちょっと強く言い過ぎたかも。
うつむいてしまった若狭さんが少し前の私と重なる。まさかの弱々しいその姿に驚いて何も言えなくなったその時。
「はーい、とりあえず二人に1ポイント。それからかなえちゃんにはもう1ポイント。ぴーちゃんの分ね」
鳥にまみれたままアプリさんが言った。
「ポイント?」
「そう、今思いついたんだけど、こうやって私が嬉しいことやソノキスタンプでいいことをしたらポイントをあげるっていうのはどう?」
マジシャンみたいに両手に鳩を載せながらアプリさんが言う。
「……勝ったら弟子にしてくれる、ですか?」
若狭さんが神妙な顔で聞く。
「競争じゃ決められないけど、心象は良くなるよ」
「それじゃ頑張る意味が……」
「分かりました! 頑張ります!」
「えっ?!」
なのに若狭さんはぱっと顔を明るくして二つ返事した。
「安芸さん、手加減しないから。主役も弟子の座も、奪えるものなら奪ってみなさい!」
若狭さんの言葉で鳥たちが驚き、ほとんどがばっと飛んでいった。頭の上の鳩は座り込んでいるけど。
「私もやるの決定?」
考えさせて、と言おうとしたけど若狭さんは鳥の羽にまみれながら普段の勝ち気で強気で、でもどこか不安そうな顔で私を見ていた。
一人でご自由に、なんて言ったら泣き出しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「が、頑張ろうね」
そう言った私の笑顔はきっと引きつっていたんだろうな。
「ふふん。私に挑戦するなんて無謀だけどいい度胸ね! 気に入ったわ」
あ、調子に乗った。
「じゃあ、うーん……」
「若狭さん?」
かと思えば若狭さんは突然唸って考え込む。
こういうの、情緒不安定って言うんだろうか?
「弟子同士なら、どうせなら、もうちょっと……」
「何?」
「あ、いや。ええと……。そ、そう! 名前!」
「名前?」
「せっかくだから名前で呼ばせてあげる! 私も名前で呼んであげるから!」
「はい?」
「かなえちゃん……はヤダなキモい」
本人を前に何を言うか。
「かなえさん……違う。かなえ……。かなえ。うん! かなえね! はい!」
若狭さんが勝手に納得して勝手に振ってきた。
若狭さんが期待と不安をないまぜにした、思い詰めた顔で私を見ている。
これ、名前で呼べって事?
「み、美菜……さん」
なんとか名前で呼んだ。でも若狭さんは渋い顔のまま。どうやら言うまで譲らない気だ。
私は深呼吸して覚悟を決める。
「ああもうわかった! ……美菜! これでいいの?」
「うん!」
若狭さん改め美菜が、今まで見たことのない笑顔で頷いた。
元がいいからすごく可愛いのが正直シャクだ。
「かなえ! 負けないよ!」
「……はぁ」
「はい、美菜ちゃんに1ポイント!」
「えっ? 本当? やった!」
「今ので?」
「二人が仲良くなるとあたしも嬉しいからね。自分から仲良くなるきっかけを作った美菜ちゃん、偉いよ」
「ありがとうございます! かなえ、これで同点だね」
美菜が朗らかに笑う。
まだ残っていた鳩がくるっくー、とのんきに鳴いた。
仲良く、なのかなぁ? 今のって。
「そうだ!」
そして美菜が畳み掛けてくる。
「ええと、週末に一緒に勝負なんて……どう?」
「週末? 一緒に? 私と?」
話すことも行動も考え方も、教室で見るイメージとかけ離れすぎている。
美菜が何を言い出すか予想がつかない。
クール美人、私なんかとは住む世界が違う……とは言わなくとも、関わりなんてずっと無いままだろうと思っていたのに、その美菜がぐいぐい私に迫る。
「かなえ以外に誰がいるの? 一緒にあっちこっち行って、ポイント勝負して、それから……時間が余るだろうから、ちょっとは、一緒にあそ……」
「あの、明日は友達と遊ぶ約束があるから」
途端に、美菜の顔からすっと表情が消えた。
あ、いつも教室で見る澄まし顔だ。
「ほ、本当だよ? 11時に公園で待ち合わせして、その後は夕方くらいまで遊ぶつもりだから! だからあの」
「ふぅん。11時に公園ね」
……しくじったかも。
「う、うん。そういう事だから……」
「じゃあ、明日ね」
「え?」
「アプリさん、これから塾があるから、私は一旦帰ります」
急に冷静になった美菜がアプリさんに言う。
「はぁい、またねぇ」
「そういうことだから、かなえ、またね!」
美菜はどこかスゴみのある笑顔で言った。
「う、うん……」
応えたけど美菜は動かない。ああ、やっぱり。
「またね、美菜」
絞り出すようにして名前を呼ぶと愛菜はうん、とうなずいて踊るようにくるりとひるがえる。
ようやく鳩が頭から飛び立ち、美菜は飛んでいく鳩を追いかけるように足取り軽く駆けていった。
美菜、意外に落ち着きが無い子?
「……アプリさん」
「んー?」
「疲れました」
「チョコ食べるぅ?」
「いただきます」
もらったミルクチョコレートは美味しいけどなぜかビターで、今日一番のため息が溢れる。
「それでさ、かなえちゃんはソノキスタンプを使いたい?」
アプリさんがどう? と顔を覗き込んでくる。
「……分かりません。でも」
「でも?」
「興味はあります。不思議だし、ソノキスタンプで実際気分が変わったし。アプリさんに会えたのは嬉しいです。……美菜が学校のイメージと違ったのはびっくりですけど」
「あの子は真面目でまっすぐ、そして熱狂的だからねぇ」
「何があったんですか? やっぱり美菜がアプリさんに何か失礼なことして、それから何かあって、ソノキスタンプを使ったとか?」
「まぁ、アレはちょっと特殊な状態だったねぇ」
「特殊?」
「それはいずれね」
アプリさんが指を唇に当ててウインク。
普通ならオトナな仕草だけど、どうしてもセクシーというより可愛らしいという感情が先にくる。
「知り合ってからあの子はよく遊びに来てくれるよ。お菓子くれるのは嬉しいけど、もっと自分に遊びっていうか余裕を持って欲しいと思うなぁ。まじない師の見立てとしては」
アプリさんは美菜が立ち去った方向を遠い目で見ながら呟く。
「美菜は充分余裕あるように見えます。自信家だしリーダーシップあるし」
「余裕が無い子こそ、余裕があるように見せるものなんだよ」
「えー?」
「あたしはこれでも必要のある子にしかソノキスタンプは施さないから」
アプリさんがキリッとした顔で言う。
「お菓子をもらったからじゃなくて?」
「……人の好意を無下にしてはいけないから」
今度は視線をそらしながら言う。ウソがつけない人だなぁ。
「まぁ、ポイント勝負、一応がんばります。私もソノキスタンプを覚えて、自分を変えられたら、とは思っていますから」
「ん? 自分には使えないよ」
「あ、そうなん……えっ?!」
「ソノキスタンプは誰かのために祈る巫術だからね」
「ええっ?」
「他にも禁忌は色々あるけど、まぁそれは実際に弟子になってからのお楽しみ」
禁忌っておおげさだなぁ、と思った。
だけどさっきの鳥の集まり方は普通じゃない。アプリさんには何かがあるということは分かる。
興味と、それから少しだけの怖さも感じるけど、アプリさんへの興味は揺るがなかった。
「あ、そうそう! 大事なのは。施術者が相手を好きであること」
「好き?」
「相手のことを好きかそうでないかで気持ちの込め方が変わる、でしょ? ここが他のおまじないと違うところかな。ソノキスタンプは自分の心の込め方で効果が段違いだから」
「え? それじゃ初めてのお客さんとかはどうやって?」
「そこはほら、あたしもプロで、お仕事だから」
……オトナだぁ。
「まぁそれはそれとしてね、かなえちゃん、美菜ちゃんを助けて……とまではいかないでも、かまってあげて」
「理由はなんですか?」
「それはあたしからは言えないなぁ。いわゆるプライバシー、個人情報的な? まぁかまってあげれば自分から話してくれると思うよ」
「美菜にかまってあげる、みたいな素振り見せたらひっぱたかれそうなんですけど」
「そんな事無いよ。絶対喜ぶから」
「いやいやいや」
美菜が私に誘われて笑う姿が想像できない。
「さっきだって弟子の座をかけて宣戦布告されたばかりだし。明日は茉莉と遊ぶって言ってもなお邪魔してまで勝負しようとしてきたんですよ?」
「邪魔かぁ。あはは、まぁ、頭はいいけど不器用なんだよ」
嘘だぁ。
それにしても自分にはソノキスタンプは使えないと言う事実が発覚した。それだけでもだいぶテンションが下がってしまう。
「あ、でも大丈夫だよ。人のために使えば使うほど自分のために使ったことになるから」
「なんですかそれ……」
「とにかく、大事なのは相手のことを思って願うこと。このおまじないは、一つ間違うと人の心まで操りかねないんだから」
アプリさんの声が静かで怖かった。
「なんてね! 詳しくは弟子入り後!」
アプリさんはケラケラと笑い、楽しそうに指を回す。
「でも、美菜ちゃんをかまってほしいっていうのは本当だよ。あの子にはあたしなんかより、かなえちゃんがそばにいてあげる必要があるから」
アプリさんのタレ目が真っ直ぐに私を見ている。その瞳がとてもオトナに見え、私の背中が一瞬ぞわっと波打った。
「そんな事言われても知りません」
私はぷい、と視線を外して空を見上げる。
だけどアプリさんは大丈夫だよ、と微笑み、そして。
「チョコ、もう一つ食べる?」
「……いただきます」
「あと、ソノキスタンプの基本的なこと教えてあげる。とりあえずあなたが他の人におまじないできるようにならないとね」
「難しくないですか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。要はココロだから!」
アプリさんは胸を張って手を添える。平たい胸がやや心もとない。
明日どうしよう、と言うかどうなるんだろう。
ミルクチョコはやっぱりほろ苦く、ぴーちゃんはアプリさんの頭の上でよくわからない歌を奏で続けていた。
