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ソノキスタンプ ~小さな魔女となりゆきの弟子~ 第10話

 主役決定

「おい、泣くなよ」
「伊勢くん!」
 伊勢くんが目を覚ましていた。
「あー、なんかすげぇスッキリした気分だ。やっぱ疲れてたんだな」
「ごめん、ごめんなさい……!」
 私は伊勢くんの手を取り頭をこすりつけるようにして謝る。でも伊勢くんはよせよ、と手を離してしまう。
「謝るなよ。なんだか知らないけど、お前は悪くない」
「悪いんだよ! わたしのせいで怪我したんだよ!」
「いーや、悪くない。俺がお前に頼んで、俺が自分で決めて走ったんだ。なんか操るとか言ってたけどそれこそ舐めんなバカ! 紐っきれで操られるもんか!」
「伊勢くん……」
「でも、さすがにハードだったから少しハードル下げるわ。この足だってちょっとスジが痛んだだけだしよ。一週間くらいで治るってさ。大会には影響無いって」
 伊勢くんは包帯を巻いた足を叩いてぐお、と顔を歪めて歯を食いしばりつつニカッと笑う。
 私は涙をこぼしながら笑い返した。
「とにかく、お前との練習のおかげで考えて走るのが大事なのはよーく分かった。だから俺、もう少し先生の言うこと聞くようにする。それでいいだろ」
「ふふ……。たった数日ですごい進歩だよ」
「おう! やれば出来る男だからな。だから大会見に来い。成果を見せてやるぜ!」
「うん。かならず行くから」
 伊勢くんは強い。私は安易におまじないに頼っていい気になっていた自分が恥ずかしくて恥ずかしくて、逃げるように教室に戻った。
 午後の授業の内容は覚えていない。気づけば放課後で、そのまま帰ろうとしたけど美菜に捕まり劇の練習に参加させられた。
「あの、今日は勘弁していただけると……。今、精神が限界で……」
「ダメ。こういう時こそ練習に打ち込みなさい」
「うん、私もやったほうがいいと思う」
「茉莉ぃ」
 まさかの親友の裏切りに打ちのめされる。
「かなえにやってもらいたい事があるの」
「木でしょ?」
「違う。周りを見なさい」
 美菜に言われて周囲を見る。クラスメイトたちが寄付で集めた着物を好きに着て、てんでんばらばらに台本を呼んだり小道具を作っている。
「……何?」
「あのメイクを見て! リアリティが足りない! 気合が足りない!」
 とりあえず村人役の顔に試しに泥汚れを点けていた子がビクッとした。
「飢餓で苦しんでいる緊迫感がない!」
「そ、それはそうでしょ……」
「かなえ、そのペンシルでメイクしてあげたら?」
「えっ?」
「こういうのがいいのよね」
 美菜はタブレットでミュージカルのメイクを見せてくる。プロのメイクじゃん。
「まぁここまでは無理でも、せめて頬が痩けた感じとか空腹で死んじゃいそうな悲壮感が欲しいの」
「せめてじゃないよ! 何一つ簡単じゃないし!」
「せっかくの晴れ舞台、メイクの腕を見せてご覧なさい。私、あなたの腕前を見てないし」
「腕待ってほどじゃないし……」
 ソノキスタンプはもう使いたくないと思っていた。なのに話を聞いたクラスメイトが寄って来て言う。
「もしかして安芸さんやってくれるの? 正直めんどくさかったから助かる!」
「頼むよ、こいつ、唇にはみ出して塗ったんだぜ。下手くそなんだ。絵の具食っちまった。安芸ならもうちょっとマシなんだろ? 頼むよ!」
「木なんて描いて置いておけばいいからお願い!」
「ええ……」
 みんなの期待、と言うか押し付けの圧がすごい。
「かなえ、おまじないじゃなくてただのメイクだから。得意なことで活躍しなさい」
「……立ってぼーっとしているよりは気が紛れる、かなぁ」
「周りの子をメイクして、良さそうだったら私のメイクもやらせてあげる」
「それが目的かぁ」
 美菜、ちゃっかりだ。真面目な優等生のイメージからだいぶ乖離してきた。
「アプリさんが認めたあなたを私も認めているの」
「いいこと言っているっぽいけどなんか違う……」
「わがまま言わない! さぁさぁ!」
 美菜に急かされ、私は乗り気じゃないながらもクラスメイトにメイクを始める。メイクと言うよりも仮装だけど、堂々と化粧ができるのは意外と気持ちがよく、気づけば最後に美菜が座っていた。
「いいの?」
「合格。さぁ、鳥巫女をイメージして美しくメイクしてね」
「鳥巫女……」
 そう言われて、なぜかアプリさんの顔が浮かんだ。沢山の鳥に囲まれて笑っていたときの顔。化粧っ気は無かったけど、とても綺麗だった。
「美菜、ペンシル使っていい?」
「え? 使い魔の? い、いいけど……変な気は込めないでね?」
「変なのは込めないけど、願いは込めるよ。美菜が鳥巫女としてうまく演じられますようにっていう願いはね」
「……ありがとう」
 美菜は微笑み、静かに瞳を閉じる。私はペンシルを構えて深呼吸した。
 『使い魔』。私、魔女の弟子になるかどうかはさておき、美菜のために、美菜が素敵に役を演じれるように願いを込めるよ。美菜が元気に明るく輝けるように。
 ──ソノキになれるように。
 ペンシルがふわりと光った気がする。私はほとんど無意識にメイクしていた。
「……うん」
 メイクが終わる。今できる全ては注ぎ込んだ。
「安芸さん、鳥巫女できた? ……えっ? うわすご!」
 女子が声を上げると、他のクラスメイトも寄ってきた。
「うわ! 素敵!」
「やっぱり元がいいとお化粧もバッチリじゃん! ずるいー!」
「おい、若狭って、あんな可愛かったのか?」
 クラスのみんなが美菜を取り囲み、口々に美菜を褒める。
「え? えっ?」
 今までのどこかよそよそしい褒め言葉とは違う、親しげで気安い言葉を浴びせられ、美菜は戸惑っていた。
「わ、私、お、おかしくない?」
 普段なら胸を張って当然、とでも言う筈が、肩を寄せて照れ笑い。その仕草が可愛くて黄色い悲鳴があがった。
「成功したのかな?」
「大成功だよ」
 いつの間にかとなりに茉莉がいて、すごいじゃん、と肘でこづかれた。
「私、やっぱり茉莉が引っ張ってくれてよかったよ」
「引っ張るだけじゃないよ。私のことも引っ張ってね」
「望むところ!」
「何勝手に盛り上がってるの? 弟子対決はまだ決着ついていないんだからね!」
 美菜もやってきて負けじと反対側から押してきた。おしくらまんじゅうみたいになって思わず笑いが溢れる。茉莉も美菜も笑った。
 その後。
「みんなの前で演技するのが怖い? うん、そうだよね。でも、怖いのはみんないっしょだよ。だから、ちょっとだけおまじないしてあげる」
 私はメイクついでにクラスメイトにソノキスタンプではない、ただ元気になりますように、と願いを込めたおまじないをしていた。
 ペンシルでちょっとだけ爪や衣装の隅におまじないを描き、不安に怯える子の背中を押しながら私はメイク係を続けていた。
 弟子の件はアプリさんと話をしたけど、焦らず追々でいいんだって。ポイントも思いつきだから気にせず、まずは学校の事を頑張れ、とそれこそ優しく背中を押してもらった。
 伊勢くんの事を告白してあやまったら、何も言わずに抱きしめてくれた。背の関係でアプリさんが私に抱きついたような感じだったけどね。でも、おかげで怖さはなくなり、使い魔はいい相棒になった。
 アプリさんいわく、願いの強さは時々奇跡を起こす。珍しくないよ、だって。ごまかされた気もするけどそういうことにしておいた。
 学芸会まであと一ヶ月。このまますべてが順調に進んで。
「いたんだけどなぁ」
『ああ最悪……ほんとに最悪……さいあ……いたたたた……ううう……』
 スマホの向こうで美菜がベッドに突っ伏して呪文みたいに独り言を繰り返している。
 学芸会まであと一週間に迫ったその日、美菜がおたふく風邪を発症してしまい、私と茉莉はビデオ通話でお見舞い中。
「熱はどう?」
『下がってきたけど……顔が……。笑わないでよ?』
 そう言って映った美菜の顔はまさにおたふく。痛々しくてからかう気も起きない。
「とにかくお大事にね」
『ありがとう』
「で、劇は……」
『出来るわけない!』
 スマホが震えるくらいの大きな声が響く。
「だよね」
 耳を抑えながら苦笑いが漏れる。
『くやしいぃ……!』
 美菜が枕を被って泣いていた。
「あのさ、美菜はどうしてそんなに主役したいの? 学芸会なんて少しの人しか見ないのに」
 私の問いかけに美菜はダルそうに顔を上げ、私たちを一瞥してから語り始める。
『二人なら、いいか……』
 私はアプリさんが美菜が自分から言ってくれることを待って、と言っていた事を思い出す。今がその時なんだ。
『……少し前、私、おかしくなっていた。私、友達少ないでしょ』
 私たちが黙って聞いていると肯定するな、と美菜が睨んだ。
『で、勉強のこと。両親のこと。学校のこと。色々悪いことが重なって……誰にも相談できなくて。おかしくなっていた』
 美菜とは思えないくらい喋る声が弱々しい。こっちまで不安が伝染し、私と茉莉は手を握りあった。
『ある日、気がついたら橋の欄干に立っていた』
 私と茉莉がはっと息を呑む。
『水も流れてない岩だらけの川がなんだかおかしくって、体がふわって浮き上がりそうに感じて……』
「み、美菜……!」
『そしたら、いきなりたくさんの鳥が前を横切って、私はびっくりして後ずさった。でも足が滑って欄干を踏み外した。その瞬間、背中から誰かに抱きしめられて、私は落ちなかった』
 その光景が見えるようだった。私と茉莉は文字通り手に汗を握っている。
『助けてくれたのがアプリさん。私を抱えあげて一気に引き上げて、抱きしめてくれた。あの時の柔らかくて温かい感触は今も覚えている。アプリさんに抱かれて足がぷらぷらしたままだったけど、私もアプリさんを抱きしめ返して、わんわん泣いちゃった』
「良かった……」
 今いるから助かって当然なんだけど、まるでたった今起きた出来事のように感じ、私はドキドキしている心臓を抑えて息を吐いた。
 そして少し落ち着いた私はん? となる。
「ねぇ美菜、アプリさん、美菜よりすこし小さいよね?」
『ふふ。それはね、私とアプリさんだけの秘密よ』
 うわ、久しぶりに見る超自信満々の笑顔だ。
『で、馬鹿な考えは消えちゃった。それから私、自分で言うのも何だけどアプリさんにべったり。そのうち、アプリさんが伝承の鳥巫女にどこか似ているなって思い始めた』
「勉強している子は目の付け所が違うなぁ」
 鳥巫女のお話なんて忘れていた、と私と茉莉は顔を見合わせる。
『だから私は鳥巫女になりたいと思うようになった。でも普通に考えたらなれるわけない。だからせめて役で、って』
 いじらしいとすら思える憧れが美菜を突き動かしていたんだ。
『私は意地でも鳥巫女をやりたかった。……このまま、1週間後には出来るはずだった』
 美菜がほっぺを抑えながら肩を落とす。
『さぁ』
「え?」
 美菜が何かを促す。
『私の秘密は話したわ。ここまで聞いたらやることは分かるわね?』
「そう言われても……」
 少しの沈黙の後。
『はぁあ……。かなえ、あなたここまで言ってもまだトボけるわけ?』
 突然凛々しい声と顔に戻った美菜が言う。とてつもなく嫌な予感がする。
「私? 何を?」
『だから! 役を譲るって言ってるの! 察しなさい! そして受けなさい!』
「無理!」
 反射的に断る。
『あなたの都合は聞いてない! こうなったら鳥巫女をなんとしても上演し切るの! 主演が誰であろうと! 手段は問わない!』
 なんかもう美菜がヤケうんちだ。
「でも、そもそも私セリフなんて……覚え……あ」
 そう呟いたとき、スマホの向こうで美菜がにっこりと笑ったのが見えた。久しぶりに見る怖い笑顔だ。
『メイクしながら何度も読み合わせに付き合ってもらったもの。まぁ覚えちゃうよね』
「かなえ?」
「……覚えちゃってる」
 茉莉がうわぁ、と眉をしかめた。
「いやでも他に相応しい候補はいるし! みんなに聞いてくるから!」
 だけど画面の向こうの美菜は自信満々に微笑んでいた。

 翌日のホームルーム。
 美菜の鳥巫女を見て自分も主役をやりたいと思ってくれる女子は必ずいる、と一縷の望みにすがったのだけど。
「はーい、満場一致で安芸さんに決定!」
 時間もないし挙手で決めようとなり、最初に私の名前があがると一斉に全員が手を上げ、十秒で終了という悪夢の展開になってしまった。

「と言うわけでもう、美菜がそれこそ魔女に思えました……」
「あはは、これはぜひ見に行かないとね」
 放課後、お店でその事を話すとアプリさんはそれは楽しみ、とわくわくしていた。
「でも、学芸会は生徒の父母と関係者しか……」
「ここのお店の子が生徒だから連れてってもらえるよ」
 ああ、見られちゃうのかぁ、私のお大根な演技を。
「今のかなえちゃんには勇気のおまじないが必要かな」
「あの、かるーくで……」
「それはこの子たち次第だね」
 コスメボックスの中から化粧道具たちがこっちを見てニヤニヤしていた。ああもう鬱陶しいったら! ポケットの中の使い魔も笑うんじゃない!