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ソノキスタンプ ~小さな魔女となりゆきの弟子~ 第5話

 ソノキスタンプ

「そこまで言われちゃしょうがない。まずはさわりを教えてしんぜよう」
 化粧道具たちは顔もないのじーっと私を見ている。
 眼のない視線を熱いくらいに感じ、悲鳴のようなあくびのような、とにかく変な声が漏れた。
「あ、あの、け、化粧道具がこっち見てるんですけど?」
「んー? 魔法魔法。魔女の弟子が何を驚いているのさ」
「魔女? 弟子ぃ?!」
 その言葉に化粧道具が一斉にうんうん、と頷いた。
 ──……ああ、これは多分、きっとおそらく、いわゆる占い魔女としての商売的な演出なんだそうに違いない。
 そう思おう。
「とりあえずあなたに……ああもう他人行儀やめ。かなえちゃんでいいよね? かなえちゃんの『使い魔』を選ぼうか」
 めんどうくさい、とアプリさんがぶちゃけた。
「使い魔……!」
 思わずその言葉に反応してしまう。
 使い魔。
 魔女のお供、定番だ。
 黒猫、ミミズク、カラス、ちょっと怖いけどコウモリ。あ、ホウキもだ!
 不思議な使い魔が私に恭しく挨拶をしているところを想像して顔が緩む。
「はい、どの子がいい?」
 アプリさんがコスメボックスを指差す。
「……え?」
「直感でいいよ。あなたはこれから使い魔として選んだペンでおまじないを、『ソノキスタンプ』を使うんだから」
「ソノキ……?」
 ──え? ちょっとダサ……じゃなくて、なにそれ?
「わたしこれでもがんばって考えたんだよぉぉ……」
「わああ! ごめんなさい!」
 よっぽど顔に出てたみたい。私は涙目のアプリさんに平謝りする。
「許す。で? どれにする? まずは持ち運びやすいペンシルから選ぶといいよ」
 だけど次の瞬間にはもうケロッとして改めて聞いてきた。
「あの、どれっていうか、使い魔っていうと黒猫とかミミズクとか……」
「そんなモンでお化粧は出来ないでしょ。ほらほら?」
「お化粧道具限定?」
 使い魔ってなんだっけ? と首を傾げながらコスメボックスを見ると、さっきまで整列して立っていたペンや筆が元通りに寝転がっている。
「あの、アプリさん、ペンたちが動かなくなって……」
「化粧道具は普通動かないよ」
「あ、はい」
 え? 見間違い? 夢? え? どういう仕組み? 頭をグルグルさせながら化粧道具を眺めていると少し短くなった紫色のペンシルが目にとまる。
 使い込んでるのかちょっとでこぼこしている。
 でも、それこそペンシルが私を呼んだ。そんな気がして手を伸ばす。
 するとペンシルが磁石みたいに浮いて指に吸い付いてきた。
「ほうほう、芯の硬さほどほど。気持ち明るめで使い易そう。いいチョイスじゃない」
「そ、そうですか?」
「ちなみに、使い魔とはあなたを導く存在でもあるから、ただのチビたペンシルと馬鹿にしないで、言うことは聞いたほうがいいよ。製造年月日的にはあなたより年上だから」
「言うこと?」
「まぁ、普通は喋らないけど」
 アプリさんが笑う。どっちなの?
「でね、基本としてルーン文字を使うんだけど、まずはその意味を……」
「ちょっと待ったぁ!」
 扉がバン、と開き大きな声が響いた。驚いて振り向くとそこには若狭さんが立っていた。見たことのない不機嫌そうな顔で私を睨んでいる。
 少し息が荒くて怖い。
「え? わ、若狭さん?! なんで?」
「それは、私の、セリフ、なの!」
 普段からちょっとキツめの表情だけど今はもう視線で刺されそうなくらいだった。思わず身をすくめる私を見て若狭さんは瞳を閉じてゆっくりと大きく深呼吸し、それから静かに目を開くと見下すような視線で私を見る。
「……なるほどね。安芸さんが主役に立候補するなんて最初から不思議だと思っていたけど……。実はまだ鳥巫女の座を諦めていないんでしょ! アプリさんの力を借りてリベンジする気なんだ!」
「え? ええっ?」
 何が何だか分からない。若狭さんのこんな大きな声も初めて聞いた。
「アプリさんもひどい! ソノキスタンプの使い方を教えてくれるのは私一人だけじゃないの? それも生徒じゃなくて弟子を取るなんて聞いてない!」
「いやいや、そもそも一人だけなんて言ってないし。それにね、ソノキスタンプはもっとかるー」「アプリさんのおまじなは軽々しく扱っちゃダメ!」
 若狭さんの声が響き、店内が静まった。
「……大声出してごめんなさい。でも、ソノキスタンプを軽い気持ちで使うなんて許せない。私はアプリさんのおかげで救われたんだから」
「な、何の話?」
 混乱して頭がぐるぐるしている私を若狭さんがキッと睨む。その顔を見て私のお腹がキュッとした。
「とにかく、なんで安芸さんが弟子なの? 使い魔って何?」
 声の迫力に思わずペンシルを握りしめる。ペンシルがびっくりして震えた気がした。
「いやぁ、なんとなくっていうか。それよりかなえちゃんも美菜ちゃんもクラスメイトなんでしょ? 仲良くして欲しいなぁ」
 アプリさんと若狭さんは知り合いだった。
 つまり……。
「若狭さんにお化粧したの、アプリさん!?」
 若狭さんがどきっとして私を見つめる。
「……そうよ」
 若狭さんが顔をこわばらせた。そんな顔初めて見る。急に若狭さんが小さく見えた。
「なるほど、それならあのお化粧も納得……。あ、私別に何もしないよ。若狭さんが鳥巫女に選ばれるのは当然ってみんな思っていたし」
 おだてるつもりはない。ただ正直に言っただけ。だけど。
「それが嫌なのよ……」
 若狭さんは苦い顔をして、消えるような声で呟いた。
「当たり前なんて、思われたくない……」
 声が震えていた。さっきから見たことのない若狭さんばかりだ。
「あ、そういえばさぁ、何か用事?」
「用事がないと来ちゃだめですか?」
 若狭さんがトゲトゲしい。だけどアプリさんはまるで気にせずふわふわしていた。
「……今朝、チョコシュークリームを渡していなかったから、買い直して持ってきたんです」
「あ、覚えててくれたんだぁ」
 アプリさんが目を輝かせる。
「お礼を忘れるわけないです」
 若狭さんはすねたように口を曲げながらオレンジ色の手提げを差し出す。
 アプリさんはおお! と小さく声を上げ、小さい体をぴょん、と跳ねさせた。
「要冷蔵だから新しいのを買おうと思って、でも売り切ればっかりで遅くなって、やっと買えたから急いでお店に来たら何故か安芸さんがいて、しかも弟子とか言っていたから……」
 だから思わず叫んでしまった、と。
「……何よ」
 ふと、私の視線に気づいて若狭さんが不審そうに聞く。
「あ、えと、意外にかわ……なんでも無い」
 扉の外で焦っていた若狭さんを想像したら可愛いと思いました。なんて言ったら絶対怒るだろうな。
「ああ……おいしいよぉお……」
 アプリさんがなんか静かだと思ったらチョコシュー食べてた。
「なんでもいいけど安芸さん、あなたアプリさんの弟子に本気でなるつもり? 思いつきで? 私を差し置いて。主役も狙っているくせに」
「いや、だから差し置いてとか主役とかそういう気は別に……」
「なら今すぐ帰ってくれていいんだけど?」
 その言い方にちょっとカチンと来た。
「……若狭さんにそこまで言われる筋合いない」
 普段なら目を逸らすところだけど今の私はおまじないの効果発動中だ。臆せず見返しちゃう。
 ちょっと怖いけど。
 そのとき、また扉がバンっと勢いよく開いた。
「うめちゃん! 大変なの! ぴーちゃんがまた逃げちゃったの!」
 大きな声と同時に知らないおばさんが駆け込んできた。
 私と若狭さんはおばさんの迫力にびっくりして、思わずくっついてしまった。
「しーっ! しーっ! アプリですアプリ! で、またですか? いつ頃?」
 あ、やっぱり本名そっちなんだ。
「ついさっき! カゴから出しているの忘れて窓を開けたら、さっと飛んでっちゃったのよぉ! おばちゃん慌ててサンダルで来ちゃった! あらやだお化粧もしてないし。とにかくお願い! ええとはい、まず前金がわり」
 おばさんはアプリさんに大袋入りのチョコレートを渡した。
 え? ペット探し? ここ占い屋さんだよ? あ、本当は時計屋さんか。
「はい、了解です。助手もいるし、すぐ行ってきます」
「助手ぅ?!」
 私と若狭さんの声が重なり、アプリさんは私たちの手を握って立ち上がる。
「あらかわいい助手さんねぇ。それじゃお願いね」
「いってきま~す」
「まって! あのっ!」
 私達は意外に力のあるアプリさんに手を引かれてお店の外に連れ出された。
 何がどうなっているの?
 私と若狭さんはきっと同じことを考えながら顔を見合わせていた。

「ぴーちゃーん、チチチチ」
 私達はアプリさんに引っ張られ、この辺りで一番大きい森のある公園まで来た。
 アプリさんは葉っぱが茂る木々をあちこち見上げながら鳴き真似をしている。けっこう上手だ。
「あの、なんでペット探しなんてするんですか?」
 仕方なく、私も周りを見回しながら聞いてみる。
 若狭さんもムスッとしながらもしっかりとインコのぴーちゃんを探していた。
「んー、さっき言ったよね。おまじないってカウンセリングみたいなものでもあるって」
「はぁ」
「つまり」
「あ、すいません、その前に手を離してもらっていいですか?」
「えー。嫌ぁ?」
「嫌と言うか恥ずかしいというか、さっきから私たち、時々姉妹に見られてますよね? しかもアプリさんが妹で……」
 アプリさんは私と若狭さんを両の手で繋いでいる。
 手を繋ぐとアプリさんが一番小さい。
「二人に挟まると楽ちんだから」
「大人としてどうなんですかそれ」
 アプリさんはしょうがないなぁ、とはにかみながら手を離してくれたんだけど、それはそれで手が寂しいような気がした。
 若狭さんは素直に残念そうな顔をしている。
「つまり人からいろいろな話を聞くのは何かしらおまじないをするためのヒントになるの」
「ヒント? そんなクイズみたいな……」
「案外違わないよ。人の悩みや困りごとは何が原因か、何がきっかけかよく話を聞かないと分からない」
「あ、はい」
 そうなの? という私に対して若狭さんはうんうんと頷いている。
「問題の本質を探るにはただ直接的なことを聞くだけじゃダメ。その時の仕草や関係ないような話題をしたときにポロッと出る言葉にこそ真実が隠されていたりするからね」
「おお……」
 なんかすごくプロっぽい。
 アプリさんは『前金』で貰った一口チョコレートをもぐもぐと食べながら語る。 
 やっぱりおまじないじゃなくてカウンセラーなんじゃ? と首を傾げるとアプリさんが付け加える。
「まぁ、おまじないだけじゃご飯食べられないしねぇ」
 アプリさんがえへっ、と笑った。
「あー……」
 お腹をすかせてコンビニに張り付いていた姿を思い出す。
 アプリさんはちょっと気恥ずかしそうに肩をすぼめてから前に出て、チチチ、と鳥の鳴き真似をしながらちょこちょこ小走りする。
 その姿は年上なのにとてもか弱く細く見え、子犬かハムスターでも見ているかのような、抱きしめたくなるような庇護欲がむらむらと湧き上がってきた。
 隣の若狭さんを見ると、同じように目を潤ませている。きっと同じこと考えているんだろうな。
 ──あ、もしかしたら仲良く……。
「そうだ、安芸さん。絶対に負けないから。主役の座、それから私も弟子になってみせる。ううん、弟子は私だけ。あなたの出る幕なんて無いから」
 なれないかも。
「いや、だから私は別に……。て言うか、ソノキスタンプって何? そのダさ……変わった名前だけど」
「あっきれた。知らずに弟子になろうだなんて、どんだけ考えなし? 知ってたけど」
 若狭さんが鼻で笑う。
 ──知ってたって何?!
 文句が喉まで出かかったけどあえて飲み込むと若狭さんは続ける。
「アプリさんのおまじないは本当の本物。他の何と比較するのもおこがましい神聖かつ厳格、そして何よりも優しい、素敵なチカラ。そう、崇めて然るべき……」
「そ、そう?」
 なんか怖いよ若狭さん。
「すこし小さいけど大人の魅力に溢れてるし、落ち着いてて、立っているだけで空気が浄化されるような気持ちになるの」
 若狭さんの目が怖くてちょっと引いた。
「おまじないだって、知っていると思うけどすごいんだから。アプリさんはソノキスタンプにルーン文字を使ってその人やその人の持ち物に想いを込めるの」
「ルーン文字?」
 さっきもアプリさんが言っていた。
「簡単に言えば最古級の文字。文字一つ一つに深い意味があって、アプリさんが描くと文字が力を持つの。それによってやる気を奮い起こさせたり、落ち込んだ気分を変えてくれる」
 ああ、と思った。まさにさっきアプリさんがやってくれたことだ。
「それ、やっぱりカウンセリングじゃ……」
「そんなだから安芸さんはアプリさんのシロウトなのよ」
 アプリさんのシロウトって何?!
「いい? アプリさんは魔女よ」
「そういう設定でしょ?」
 安芸さんは心底かわいそうな表情で私を見る。
「……見なさい」
 そして大げさにため息を漏らして視線で誘導する。
 視線を追うと、少し遠くに離れていたアプリさんが立ち止まり、両手を広げて空を見上げていた。
 私は思わずあんまり遠くに離れると危ないよ、と思いかけたけどいや大人だった、と言葉を飲み込む。
 若狭さんも心配そうな顔で手を出しかけていた。
 崇めろとか言っといて私と同じこと考えてない?
 それはさておき、アプリさんを見ると空に向かって何かを喋っていた。ふと、アプリさんの方、と言うかアプリさんからそよ風が吹いた気がする。
 すると周囲の木という木から無数の鳥の鳴き声が響き始めた。
「……まさか、アプリさんが呼びかけたから?」
「そうよ」
 若狭さんは真剣な瞳でアプリさんを見つめている。
「アプリさんの呼びかけなら、動物だって花だって、石ころだって応えるの」
 石ころは無いだろうと思うけど、若狭さんは至って真面目な顔だった。
 鳥の鳴き声は増え続けている。もう十や二十じゃない。百も二百もいるように声が増える。
 アプリさんがチッ! と大きく鳴くと、木の上から色とりどり、大きさもバラバラの鳥たちが降りてきてアプリさん、そして私や若狭さんの頭や肩、とにかく留まれそうなところに一斉に降りてきた。
「うひゃあ!」
 ハト、カラス、スズメにセキレイ、ムクドリ、インコ、オウム。
 うわ、トンビに……ハヤブサ? なんでケンカしないでこんな密集してくるの?
 あ、痛い痛い! 爪がけっこう痛い!
 アプリさんはケラケラと笑いながら羽を広げるように両腕を広げ、鳥たちを目一杯自分に留まらせる。
 無邪気に笑うその姿は可愛い。
 だけど。
 鳥に囲まれ、色とりどりの羽吹雪の中で舞うような仕草。
 人の声に聞こえない、鳥のような美しくて心地よい鳴き真似。
 野鳥がまるで訓練されているみたいに規則正しく波打って周りを飛んでる。
 ふと、アプリさんがこの世のモノではないようにも見え、きれいで可愛いのに、なぜかぶわっと鳥肌が立った。