空き巣がくれた50万円で、私は銀座で寿司を食った。
長期休暇明けには必ず、あの日の出来事がぼんやりと頭に浮かぶ。お金の味を知った私は、“価値観”が変わったこの出来事の"価値"を、この先も絶対忘れることはないと思う。
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24歳。12月のはじめ、私は大阪から上京した。といえば聞こえがいいが、実際は一駅で東京に出られる、埼玉県だ。
不動産屋には「あと家賃を1万円上げれば東京の住所が手に入りますよ」なんて馬鹿げた営業を散々に受けたが、大阪人は東京に魂を売らないと決めている。
だがそんな取り決めはメンタルだけのもので、私は埼玉に住みながらも東京という都会にすぐに馴染んだ。新宿で働き、歌舞伎町で飲む。そんな日常のなか、友人に誘われて銀座でお寿司を食べる事となった休日に事件は起きた。まだ何も知らなかったその時の私にとっては、その日が事件の始まりだった。
その頃の私は、上京して5カ月がたち、銀座という場所がどういう街なのかもきちんと理解できるまでになっていた。新宿の喧騒の中で働く若い私には、銀座という街はとてもキラキラと澄んでいる街だった。歩く人すべてがしゃんと背筋をのばして堂々と歩いている。
きちんとおしゃれをして、出かけよう。
街に馴染んで、恥ずかしくないように。
念入りにメイクを終え、服を着替え、スマホを片手に電車を調べながらおもむろにアクセサリーケースを開けた。
……ない。
きちんとボックスにしまったはずなのに。
その隣にある小さなアクセサリーケースもあけてみる。
……ない。
さらに、確認してゆく。
……ない。
その隣も、その隣も、跡形もなく、全て。
どの箱の中にも。アクセサリーなど無い。
イミテーションアクセサリーだけが、アクセサリーケースの中に並んでいる。
「あれ? 私、なんかやらかした?」
至って冷静に、今日までの日の事を、頭の中でじっくりと回想してみる。
新宿の不動産会社に勤めてからというもの、繁華街を通り抜けることが日常で、接待や交際で部下や上司、地元の上京組と、飲み歩くことが多かったが、確かに酔っ払って、歌舞伎町のど真ん中で、我をなくして帰ってきたことは何度かあるが、ファインジュエリーだけを綺麗に全部落として帰ってくるほどの馬鹿じゃない。
…はず。
決まって落としてくるのは記憶だけで、持ち物は鼻をかんだ鼻紙1枚すら持ち帰る、そういう“救いようのあるタイプの馬鹿”だった。
…はず。
よくよく考えるとビジネススタイルでも悪目立ちしない1粒ダイヤのネックレス以外つけてなかったので、他のアクセサリーケースは上京してから一度も開けてなかった。引っ越しの時に忘れたか?とも考えてみたが、実家の部屋は母の部屋にするためにと明け渡したので、私のものはない。
…はず???
夕方18時頃、薄暗い部屋でこういう時はと、おもむろに110番を押して、生まれて初めての通報というものをした。あまりよく状況がわからないまま、ものすごく冷静に。
「こちら警察です。事件ですか?事故ですか?」
密着24時できいたことあるやつだ。間違いない。
これは警察につながっている。
「事件…ですかね。」
「どのような事件でしょうか」
「家の中からアクセサリーが全て消える事件です」
妙に納得がいかない私は、歯切れが悪い口調で答えた。
「空き巣という事ですね」
「それや!空き巣です!!!」
自分とは無縁のものだと思っていた現象にピンとこず、警察の空き巣という言葉に、そう、それそれ!!!という気持ちが全面に出ている小気味よい返事をしてしまった。妙に楽しそうな被害者だったに違いない。そうかそうか、私は空き巣にあったのか。そこからやっと冷静だった私から胸打つ音が脈を通って頭まで登ってくる。
いまから向かいますと電話が切れて、友達に詫びの連絡をいれてからベッドに大の字で寝転がる。頭の中でケースに入っていたものが何個あったのか目をつぶって考えていたら、ものの数分でインターホンが鳴り、男性二人の警察官がきて部屋に上がってもらったらすぐに警察らしい動作を取り始めた。
一人は、私に消えたものの詳細などを聞いてくる。
もう一人は、忙しなく誰かと電話をしながら、ドアや床に粉を振りまいて、指紋や床についているらしい靴の形などを確かめていると、そのあと何人も警察官が来て、部屋中の写真を取られたりした。
より事件が現実味を帯びてきたのは、事情聴取をしてくれていた警察官から家の鍵を持っている人間を聞かれたときだった。
「大阪に住む母と、彼氏に渡しています」
というと、そこにいた警察官全員が私を見た。何か悪いことを言ったような気持ちになってドキッとする。
「彼氏さんのご職業は?」
「プロボクサーです」
私をみていた警察官は全員がそっと私から視線を外すのがわかったが、私の目の前にいた警察官だけは調書を書く手を止めたまま、私をまだ真っすぐに見つめてこういった。
「彼氏さんの可能性もありますよね」
……コナンでもこんな展開は早すぎる。真実はいつもひとつだけども、あと2パターン位は考えてくれないと。眠りのコゴローだって登場する余地がないじゃ無いか。
あまりにも強い眼差しで言われるものだから、少し固まってしまいながらも普通に気分は良くない。
「彼がファイトマネーで買ってくれたネックレスもあるのに?」
と単調なトーンで言ってはみたが、調書を取る警察官以外はもう誰一人としてこちらをみなかった。
初めてのファイトマネーを握りしめて買ってくれたネックレスは、これまでの支えを言葉じゃなく形にした“ありがとう”だった。あの小さな石に、ふたりのこれからの未来が乗っている気さえしていた。
「試合の時には力をかりるつもりで付けていた、祖母の形見の指輪もあったのに」
そう言いながら、胸の奥でじわりと熱がにじんでいた。
あの指輪は、父方の祖母の形見でもあったし、彼の試合を応援するたび、私はあの指輪に小さな祈りを込めていた。それも彼は知っている。
「あ、疑っているというわけではなく、まずは近しい人間から当たるのが捜査の基本ですので…」
「父が母に初めてプレゼントしたルビーの指輪もあったのに」
と言った時、最後までこちらを見ていた調書を取る警察官の体でさえ、もう私の方をむいていなかった。
母が「この指輪、お父さんが付き合っているときにくれたんよ」と言いながら、今の二人を見て想像できない青い日のロマンチックを何十年も大事に引き出しにしまっていた。私が上京するときに、託してくれたそのルビーのあの赤い光は、夫婦という目に見えない縁を照らしてくれてるような指輪だった。
その日は結局それ以外の話はなく、こんなものかという捜査?みたいなもの?は終わり、2時間程度いた警察官はみな帰っていって、銀座の寿司を食い損ねた私だけがそこにいた。今後どうなるのかも、わからないまま。
勿論、彼にもすぐ電話をしてこの全てを話した。一人暮らしをするとき、1階はダメ、オートロックの物件にしろ、だのなんだの、うるさかった彼を無視して、一階角部屋のこのアパートにきめた。十畳ワンルームで、風呂トイレ別。それだけでも好条件なのに、ここにオートロックを加えようものなら、夢見る結婚式への貯金額が月に1万円減ってしまうではないか。不審者が現れようものなら、私は戦うぞ。と思っていたが、実際は戦う術もなく、留守にやられた。
彼は、ほれみろと言わんばかりに、引っ越さないとねぇと言った。20歳から4年間付き合ってきたプロボクサーという夢を追う彼氏と、いつか結婚を夢見て上京したのが¨私の上京ライフ¨の始まりなのだから、犯人は絶対彼ではない。私はただ黙って、彼氏が犯人だと言わんばかりのその空気に「ちがう」とはっきり言えなかった。こんな心配をしてくれている彼を心から守りきれなかったのも、なんだかやるせなかった。
信じていた彼を疑われ、祖母の形見や母と父の思い出の指輪がなくなったというのに、まだ現実のようには感じられないまま、普通に日常は過ぎていった。と思っていたその週末の金曜日、仕事から帰宅するとポストに茶封筒が入っていた。
差出人は警察署。
埼玉の警察署に届け出たのに、東京の警察署からの封筒だったので、いよいよ歌舞伎町で何かを落としてきたのかな。なんて気持ちで開けてみる。
「数日前に確保しました空き巣が、あなたの部屋にも入ったと供述しており、事実関係の確認に伺いました。下記にご連絡下さい。」
のような文面の下に、捜査課と担当者の名前が明記されていた。いよいよ、事件らしくなってきたではないか。と、先日のやるせない虚無感などなくなったかのように
犯人の顔は拝めるのかな?
慰謝料はもらえるのかな?
なんて馬鹿げたことを考えたりもして、家に入り急いでなんだかわくわくしながら電話をかけ、文面通りに問い合わせるとすぐに担当者が電話口にでた。
電話で話しているとどうやら私が空き巣に対する被害届を出していることをその担当者は知らないようだったので、受理番号などを伝える。
「少々確認して、折り返します」
といったのにその日は待てど暮らせど、折り返しの電話はなく。晴れやかな華の金曜日とは思えない、どんよりとした夜が続いた。
でも心の中ではもしかすると形見が手元に戻るのではないか?
という期待もうずめいていただけに、電話がかかってこないもどかしさが心を曇らせていく。顔も知らぬ犯人どころか、警察までもが恨めしくなってきた。日付が変わるころには諦めて、明日の朝もう一度電話をかけてみようと思って眠った。
翌日、インターホンで目覚めると電話をかけてこなかった警察官が家にやってきて、こういった。
「犯人は1月1日にあなたの部屋に入ってアクセサリーを盗んだといっています」
私が上京して1ヶ月も経っていない時だ。しかも気が付いたのは4月なので、4ヵ月も気が付いていなかった自分のまぬけさと、それに気が付いてすぐに犯人が逮捕された時系列に驚いて何も言えずにいると、続けて警察官は淡々と状況を説明する。
「犯人は、プロの窃盗グループでした。貴金属の買い取り業者で年末年始などに帰省するであろう一人暮らしのマンションを狙って、全国を移動していたようです。そしてあなたの部屋にも、確かに入り、届けに出されているものを盗んでいったといっています」
私はその空き巣が狙っている¨単身者一人暮らし¨そのものだった。ワンルーム物件に暮らし、泥棒の思惑通りに、1月1日は大阪の実家へ帰省して母の作った雑煮を食べて、ごろごろとお笑い番組をみて笑って過ごした後は、地元の飲み会で、朝見たクールポコの真似をして、ウケを狙っている頃に犯行が行われていたなんて。
「ちなみに、犯人はあちらの窓から入ったといっていて」
と警察官が指をさしたほうを見ると、小さな小さな窓だった。あの窓は内見の時に開けて見せられた、隣の家の壁がすぐそこに見えるだけの窓。
「鍵が開いていたといっています」
「鍵が?」
「はい、鍵が」
驚いて窓に近づきぎこちなく窓をスライドさせていく。空き巣に入られたと気がついた時、空き巣が捕まったときいた時、どんな時でもこみ上げてこなかった恐怖の音が胸と腕を震わせる。
引っ越してから一度も明けたことがないこの窓は、ずっと空いていたのだ。東京の住所はいらないのかといってきた不動産屋と、内見に来たあの日からずっと。事件はすでに始まっていたとでもいうのか。
そのあとは警察官はほかにも被害者が沢山いて、今から何件か説明に回るので、またご連絡します。と言って帰って行った。私もそれ以上何かを質問する気力もなかった。警察が返ってすぐ窓の鍵を閉めて、この気持ち悪いなにかを消すために、窓を念入りに拭いた。
部屋にいることが気持ち悪くなったり、気分がずんと沈んだり、犯人に対する怒りが込み上げてきたり、そんな心と向き合うことも出来ずに考えぬようにして過ごした3ケ月、案の定1度も警察から連絡はなかった。
早く私の大切なアクセサリー達を手元に戻してほしい。犯人が捕まって私の被害と一致したのだから証拠として置いておかなくても、もういいだろう。そんな怒りがだんだんとこみ上げ、こちらから警察へ電話をかけた。
その怒りは彼を疑われた事からか、進展が何一つ掴めないもどかしさからか、犯人への怒りなのか、どこから来るのかも、もはやわからないほどの時間が流れていた。
「お伝えを忘れていたようですが、犯人は貴金属買取業者でプロの窃盗集団です。貴方が被害に遭われたアクセサリーは全て溶かされていて、お手元に戻ることはありません」
アクセサリーは、全部、もう存在していなかった。戻ってくると思っていた私の大切なアクセサリー達は、もうこの世に形として存在していないのか。鼻の奥がツンとして、痛い。
「犯人から謝罪の連絡なども来てないんですね」
そもそも誰だかも知らない犯人は、逆にわたしの連絡先をしっているのか?犯人は捕まって拘束されているわけではないの?最早何もわからない。
こちらから犯人について聞けばよかったが、これまでや、この後のなにかについて話すこともない警察側のなれた対応に、もうどうでもよくなって、なんて言ったか適当に電話を切る。
この事件はあちら側ではもう終わったことなのだと理解した。私には人生でたった一回起こるかもわからないような出来事が起こってしまっているというのに、警察はさらりと断言する。そんな冷たさを感じながらも、やっぱり心のどこかではまだ現実味がなかった。
でも、貴金属買い取り業者なら、金属を溶かすことなど容易いので、手元に証拠を残すような危ない真似はしない。事件として考えると、とても現実的な内容だ。きっと1月1日に中には溶かしていたんだろう。雑煮を食べてた時間かな。あーめでたいね。
プロの貴金属泥棒が“お年玉”を取りにきただけのことで、警察官にとってはこんなことは日常茶飯事なのだろうな。
どうしようもないこの現実を消化しなければと、不動産会社に勤める私はずっと頭の片隅にすんでいた、家財保険の申請の為に、書類を隅々まで確認していた。
申請書類は紙を書き殴ってやった。保険会社の事務員さんと何度か電話でやり取りをしたが、また電話しますと言えばすぐかかってきたし、こちらの心中を察して、言葉を慎重に選んでくれた。警察とは全く違った対応になんだかまた心が辛くなった。警察官が感情を脱ぎ捨てて淡々と仕事をしなければいけいほど、この世界は事件に満ちているのだろう。
被害届を出していたことや、犯人が捕まっていて物が戻ることもないので、比較的スムーズに祖母の形見と両親の思い出と彼の贈り物は、お金に代わることとなった。
私にとっては大切なものが、ただの金になり、形も、色も、重さも、思い出も、とけて、なくなった。形があるものってとかせるよなあとおもった。
盗まれたものたちに、どれだけの思い出がつまっていたか。「いつかちょうだいね」と言い、母親からねだり受けた指輪も、彼が命を削って買ったネックレスも。それだけではない。死んだ人のものだけは、気持ちを新しく塗り替えられない。私の中で、形見が1番もどかしかった。
ものの価値はお金ではきまらないとは、よく言ったものだ。
でも「金額」で査定額が記され、価値をつけられる。それが、家財保険というものだった。悲しんでも仕方ない。査定されたのは、石の価値と金の重さだけだ。
通帳に目をやると、あのぬくもりが一瞬で薄れてゆく。私の思い出の査定金額は50万円。この数字一括りで全てが終わった。
お金が戻ってくるなら、それでいいだろと誰かが自分に言っている気がした。形がなくなっても、心は残ると、自分に言い聞かせてはいたが、ほんとは、ただ負けを認めたくないだけかもしれない。
私はその金で、銀座で寿司を食った。あの日に食い損ねたその寿司を食べながら思う。
この澄んだ街、銀座で、澄んだお金で寿司を食う人間は何人いるのだろう。
カウンターの隣に座る身なりの綺麗なスーツの男性は、何で稼いだ金で寿司を食うというのだ。他人の貴金属を溶かした金で寿司なんて食ってはなかろうな。とあり得ない感情のフィルターでぼんやりと眺めていると、目があったが、向こうも、まさか、私が形見でウニを食っているなんて想像もしないだろう。
そんなことを考えながら食べるお寿司は、お金の味がした。贅沢でもご褒美でもない、これこそが現実の味なのだ。なんだか涙が滲むのに、笑えてくる。
あんなに楽しみにしていたウニの軍艦が、今日は磯の香りがするどころか、ほのかに金属の香りがする。時価とされるお寿司屋で、いつものように会計を少し恐れながら好きなものを控えめに食べる私などいない。だって私は、空き巣からもらった50万を持っている。
お金の価値の味を知った私は、祖母の形見より、両親の思い出より、彼氏からの気持ちより、この寿司に価値があるのかどうかを、咀嚼していく。ウニの甘さが、いつもより際立っていた。この経験に、この味に、私が価値を与えなければ。
家に帰ってから、うわんうわんと声をあげて泣いた。これまでは淡々と過ごしてきたのに。もう終わったことだと、そう言い聞かせながらも、心のどこかで、まだ自分のことでは無いような感覚でいたのに。ウニの味はしっかりと思いだせる。私はあの金でウニを食った。
事件が起きていたのは¨上京を決めた日¨だったのだ。人生の門出に立って、失ったものは沢山あった。でも形の無いものは、消えずにここにあるという人生を、これからの為に学ばせてもらったのかもしれない。きっと開いていたのは、鍵だけではなかった。
あれからずっと犯人から謝罪がくるかもという期待もあったが、八年経ったいまも犯人の名前も知らない。期待していた犯人の顔を見る事は叶わないまま。知る術もあっただろうが、知ったからと言ってどうなるのかと留まりどうもしなかった。なんて非情な犯人に、なんて日常な警察よ。この気持ちはどこにくれてやればいい。たとえ価値が奪われてしまっても、私の心の価値は私が決めて生きてゆくしかない。
たった一貫のウニに人生を込めて食らったのは、この世界にたった一人、私だけだと思う。
